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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー


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55/61

#52 サヨナラなんて、言わないで

ス、襲来

◆ ◆ ◆



>『遅くなってごめん』

>『連絡すべきか迷ってた。だいじょうぶ?』

 アタシ(チアキ)が蒼い顔してスタジオを逃げ出した話は、このスマホを通してミカとアオイから真っ先に伝わった。

 二人の怯えた様子から、何が起きたかを察するのは容易い。テキトーに誤魔化して会話を切り、チアキの端末にメッセを送る。


>『ホントだよ。まじで遅い』

>『峠は越した。もう平気』

 夜も更けて日付が変わる頃。ようやく返ってきた妙に明後日な返答。心配した自分が馬鹿みたい。一体何なのと会話を繋げて行くと、『そんなわけない』ことが直ぐに解った。


>『ばいばいだよ、ゆー姉』

「はあ?」

>『親がワタシを連れ戻しに来た。今はアパート引き払って、ヒガシの家に居候』

「待って。何を言ってるのか分かんない」

>『説得はする。してみるけど、正直この先どうなるか』


 理解がまるで追いつかない。主語を飛ばすな。ワケを話せ。ふざけんじゃないわよオカマ野郎。仕事押し付けたその先で強制送還って、それ全部アタシの責任じゃない。


「このままサヨナラなんて許さない。落ち着いたって言うんなら、ちゃんと理由を話しなさい」


 それから数分間をおいて、『長くなるよ』と再度の前置き。

 衣更着みちる――、か。可愛い名前してるじゃん。それがアンタの呪縛だったってワケ。

 だったらどうする。決まってる。それはきっと、同衾どうきんしたでくのぼうと同じはず。

「明日なんだっけ? アタシも行くから、場所と時間を教えなさい」





※ ※ ※





「いらっしゃいませ」

 開店直後にも関わらず、新名店長は変わらぬ笑みで俺たち三人を受け入れた。

「おはよう店長。僕たちの他には」

「いえ。本日は貴方がたがはじめてです」

 チアキは据えた目で周囲を見回し、敵意が無いのを確認すると。

「オーケー。じゃあブレンド三つ。まだ朝も早いし、アップルパイは要らない」

「かしこまりました」

 俺とユウを手招きし、入り口から見て右端の窓際を陣取る。チアキが手前の窓、俺達が入り口側の窓。それぞれを見張り、『敵』を待ち伏せる。


「成る程。ここがアンタの城ってわけ。みちる」

「何。文句あんの」

「イチイチ喧嘩腰になりなさんな。良い雰囲気じゃん」

 此処に来た時点でユウは粗方の事情を知っていた。あの告白から夜中まで、チアキがずっとスマホの画面にご執心だったことも。

 事情や素性を聞いてなお、まさかチアキの側に回るとは。弱み握って握らされの関係だ。これを楯に脅すものだと思っていたのに。

「何よ」

「別に」

 指摘すべきか逡巡し、何でもないよと取り止める。彼女は自分の意思でここに居る。大切なのはその一点のみ。



「はーい、珈琲三つお待たせしましたーっ」

 気を張った俺たちの真中に、どんと置かれたブラックコーヒー。配膳する新名さんの朗らかな笑顔がささくれた心に一筋の癒やしを――。

 いや、待て待て。ちょっと待って?!

「うそ……だろ……?」

 俺がイチイチ指摘する間でもなく、チアキが目を剥き、歯の根をかたかたと鳴らしている。そりゃあそうさ。盆を持ってにこやかに微笑む『オンナの』店長と、カウンターバーで此方を見やる『オトコの』店長。

 新名一海はただ一人。そうでなきゃ、彼らが片側だけでなく、同時に店内に存在できるはずがない。

「つまり……!」オトコの方も一緒だ。店に入った時のあの雰囲気は既にない。先に行って待ち構えるつもりだった。それは、向こうも同じだったっていうのかよ。

 ナニが、どうして、こうなった? 続く選択肢はそう多くない。『オンナの』新名店長は貼り付いた笑みで俺たちを見、項に両の指を入れ、勢いよく捲り上げる。


「元気そうねみちる。さあて、どちらがあなたのツレなのかしら」

 長い赤髪に端正な顔立ち。真っ当に女の子として育ったなら、チアキはこんな風になったのか。相応に歳を重ねてなお、その美しさに陰りはない。

「あまり、お父さんたちを怒らせるものじゃあないな」

 続き、『オトコの』方も顎下に指を入れて引っ剥がす。顔の感じは店長に似ている。整った目鼻に薄い口ひげ。鳶色とびいろの瞳がチアキを真っ直ぐに見据えている。

 話には聞いていたが……。想像以上にやばい奴ら。これが、衣更着みちるの父母か。



※ ※ ※



「お父さん。お母さん……」張った虚勢が瞬時に失せ、チアキとしての姿が保てない。こうなることは予想出来ていたさ。出来ていたけど段階が二・三段早すぎた。

「ひどいじゃないのみちる。連絡一つ寄こさずに、相談もなく一人暮らしだなんて」

 白シャツに黒のカマーエプロン。長い髪を後ろで無造作に一つ結び。それでもなお、醸し出す大人の魅力に一切の揺らぎなし。

「て、てて……店長」動転し、裏返りまくる声を上げ。「新名店長は。店長をどこにやったんだ母さん」

「酷いな。私たちを前にして、いの一番の心配がそれかね」

 その疑問に答えたのはカウンターバーの店長だ。否、店長ではなく、チアキの父親か……。

「安心しなさい。息子を拐かした人間を、我々がむざむざ殺す訳がないだろう」

 言ってカウンターの裏に潜り、隠してあったそれを俺たちの前に掲げる。

 そうさ。他に居場所が無いのは誰だって解かるとも。気付かない俺たちが迂闊だったのだ。

「あぁ……あぁあ……!」

 口に轡をされ、海老反り状態で固まったままの新名店長。ここに至るまで何度も抵抗したのだろう。手足の縄が肉に食い込み、患部が薄紫に変色している。

「なんで……こんな……ひどい……」

 衣更着みちるにとって、新名店長は三人目の『親』だ。それを手前勝手な都合でこうも痛めつけられて。続く感情は察するに余りある。


「永く家を空けてしまったね」動揺するチアキに対し、涼しい顔で放つ言葉。「親の不在が、ありもしない幻想を抱く要因になるなんて。軒並みな言葉だが、本当に……すまない」


「忍さん。良いのよ、もういいの」

 向こうで勝手に盛り上がり、此方の事情はお構い無しで。

「また三人で暮らしましょう。そうすれば、こんなこと、二度と言わなくなるわ」

「あぁそうさ。そうするとも千明。今日からはずっと一緒だ」

 こちらの目も構わず駆け寄って、抱き合って。チアキの意志も聞くことなく、まるでもう一切合切完結したように。

 ふざけるな。未だ何も終わっちゃいない。拳を震わせ、我慢が限界に達したその瞬間。


「ふざけんな……! ふざけんなふざけんなざっけんな! アンタらチアキの何なのよ! 親? 親だって言いたいワケ?! ンなわけあるか。子どもここまで蔑ろにして平気なやつが、親であって良い訳がない!」

 言いたいこと、全部取られちまったな……。隣に座す稲森れいかが席を立ち、激情に駆られ、有無を言わさぬこの説教。

 効いた? 否、これでまとまるならユウに助けは頼まない。第三者の叫びを聞き、両者共にキョトンとした顔をして。


「『ちあき』……。お母さんの名前で学校に通っていたのかみちる」

「別に偽名なんて使わないでいいのに。みちるはみちる。あなたはあなたよ」

 指摘をしたのはユウなのに。衣更着夫妻の目は今でもチアキの方を向いている。だから何だ? と無言で圧を掛けているかのように。


「知ったような口で何よその言い草! その他人事がこいつをどれだけ傷付けたか分かってんの? 分かんないでしょ! それなのに」

「うちの子が、勝手に『顔』を使って。それで受けたいざこざにはお詫びします」父の冷ややかな声がユウを遮り。

「ですがこれは家庭の問題。滅多な物言いで掻き回さないで頂けますか」

 どこまでも自分本位。非を認める認めないではなく、本気で悪いと思ってない物言いだ。矢面に立つユウでなくてもカチンと来る返答。夫妻を前に唇を噛み潰し、奥歯を軋ませたユウは、手提げの鞄から桃色の小さなポーチを取り出すと。


「今更……。そんなのとっくに今更よ。アタシがそんなことイチイチ根に持つ程、器のちっさいニンケンだと思ってたわけ?」

 クレンジングオイルの染み込んだシートで肌をやんわり叩き、その最中も自らの主張を訴え続ける。何のため? 何故化粧? 反論と並行する意味は? 俺が抱いた疑問は、剥がれゆくユウの『顔』を目にし、文字通り瓦解(・・)する。


「チアキは。あんたたちの”娘”はね。こんなアタシを笑わずにいてくれた。互いに文句を言い合う友達でいてくれたんだ」

 自分の目で観たものが信じられない。拭いた前と後は舗装中のペンキのようで、まつ毛を外し、アイシャドウを消し、唇のグロスを拭き取って。現れたのは素とは似つかぬ没個性な高校二年生。

 ずっと、稲森れいかの美貌は当人のものだと思ってた。けれど、そうじゃない? チアキと同じく、ユウも努力で『それ』を維持してたっていうのか?


「口を出すな? 何ァに眠たいこと言ってんのよ。出させなさいよ。友達が泣いて困ってんのよ? アンタら家族で何もかも完結してんじゃないっつーの!」

 正論。二人が辿った道を考えれば、正論以外の何者でもない。最初はぶつかり合い、如何に秘密を奪い合うかの仲だった。それが今じゃ相互幇助の親友か。世の中本当にわからない。


「成る程。仰りたいことは良く分かりました」

 それまで見もしなかったユウの方を向き、衣更着婦人が冷たくあしらう。

「ですが、貴方は我が子を知らなすぎます。『ふつう』に生きるということが、この子にとってどれだけ苦しいか、理解出来ますか?」

「そんなの……!」

「理解、出来ないでしょうね」持論を述べる暇すら与えられず、婦人の言葉が続く。

「たとえ顔が地味だったとしても、貴方は『地』で世間と接して生きてゆけるでしょう?」

「だが、みちるは違う」次いで夫が口を開く。「誰かのカワを被ってそれらしく振る舞うことでしか、他とコミュニケーションを保てない。そういう風に産まれ、そういう風に育って来た」

「でも、それはあんたたちが」

「この子を想い、口を出されるのは理解できます」無理矢理会話の糸を抉じ開けたユウを、強い口調で諌めた婦人は。「ですがここから先は家庭の問題。友達『くらい』の距離感で、気安く声を掛けないでいただけますか?」



 モンスターペアレンツ、ここに極まれり。本当に息子の事を思うなら、そんな言葉が出るワケない。

 ユウからすれば意味不明の返答だろう。事情を知らなきゃ俺だってキレてたさ。

 だが、俺は昨日チアキの過去を知ってしまった。あの夫妻がどうやって育ててきたかを知ってしまった。

 形はどうあれ、チアキという人間をこの歳まで育てて来たのだ。愛がなきゃ出来るもんじゃない。


「もういい」半端なままじゃ終われない。俺が何とかしなきゃ駄目なんだ。

「何よでくのぼう。あんた向こうの肩持つの?」

「違う」そんなワケない。だって、俺は、チアキの――。

「ありがとうユウ。お陰で覚悟決まった」

 ユウを後ろに下がらせて、衣更着夫妻に睨みを利かす。

「ヒガシ……」

「ちょっと待ってろ」怯えたチアキを横目に見、何をすべきか再確認。あぁそうだ。もう迷いはない。


「何かな、キミは」

「彼女にも言いましたが、部外者は引っこんでいてもらいたいのですが」

「部外者。はッ、部外者ときたか」だったら猶更退けないな。「昨日の今日じゃ聞けるわきゃないか。そうだよなァ」

 関係あるから口を挟んだ。それは違うと言う権利なら俺にだってある。何故って? そりゃあ。



「俺は衣更着みちるの……。いいや、チアキこいつのカレシ、だからだ」

 

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