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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー


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43/61

#40 俺は俺、お前はお前。で、フツウは普通

正直もう、この子の性別がわからなくなってきた。

※※※ 遡ること、十三時間前 ※※※



 羽織のパーカーにオレンジ色のパレオ。日焼け止めは……。必要ない、他だ他。熱中症対策の保冷剤、冷湿布。凍らせたペットボトル。

「『顔』は、このくらいでいいかな」

 気持ちが浮つき、頬の緩みが止まらない。好きな子と遊びに行ける。カレから行こうと誘ってくれた。こんなこと、一生ないと思ってた。絶対ムリだって諦めてた。


(ホントウニ?)


 ああ、駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。幾ら頭を振ったって、片隅に追いやったネガティブが湧いて来る。うっさい。出て行けこの野郎。ワタシは楽しむんだ。ヒガシ君と夏を満喫するんだよ。ワタシを好きと言ってくれた、あいつと。


(ウソツキ。イッテクレタ? 言ってナイジャン。『好き』ダナンテ、一言モ)


 うっさい。そんなのイチイチ言葉にしなくても分かるの。ワタシたちは繋がってるの。もう絶対に離れたりしないんだ。


(怖インデショ。焦ッテルンデショ。コレハ一時ノマボロシデ。イツ消エルカワカラナイモノネ)


 黙れ。黙れ黙れ黙れ。そんなわけない。そんなはずない。消えろ、消えろ消えろ消えろ! ワタシの準備の邪魔をするなーーーーーっ!



※※※ そして、現在 ※※※



「畜生、なんで俺がこんな目に……」

 怒って去った筈のチアキがLINEメッセに『来い』と現在地付きマップを寄越して来た。土地勘もなく、茹だる暑さと人の波に揉まれながら、進み続けて早五分。

 パーク中央の温度計は本日最高の三十七。せめて麦わら帽子くらいは残してけっての。こちとら日光の当たる面積が多くてもう……。



「おやおや珍しいね。ひとりかい」

 これは熱中症寸前に観た幻か。腰まで伸びた長い黒髪を後ろで結び、むしろ女ウケしそうな端正な顔立ち。

 春季で辰巳のチア部を勇退したはずの美柳真帆先輩が、ホルターネックビキニにオレンジ色のパレオを巻いて、ヤシの木陰で俺に手を振っている。


「奇遇だね。私も丁度一人なんだ。もうお昼だろう。日なたは暑いし、中で少し話さないか」

「はあ……」

 とてもフレンドリーに接してくれているけれど、生憎俺は『本物の』美柳先輩とは面識がない。つまりこれは。

「一旦離れて何をするのかと思えば。なんで仕切り直しなんてするんだチアキ」

「誰それ。知らない子だけど」などと、涼しい顔で嘘をつき。「お昼ごちそうするよ。部活の子たちを誘ったんだけどドタキャンされちゃって。お弁当だけ余ってるんだ」

 此方のツッコミを平とかわし、あれよあれよと木陰の中に引き込まれ。この流れを待ってたのか。そのための仕込みなのかチアキ。だがまるで意味がわからんぞ!


「ほーら、あーん。美味しい美味しいカツレツだよ」

「待って、それ」

「ここまで来て、抵抗するなんてらしくないんじゃない。自分で言うのも何だけど、こんな機会滅多に無いのに」

 辰巳の男子らにこんなとこ見られたら殺されちまうよなあ、とぼんやり考え、どうしてこうなったと思案を巡らす。

 奴は即座に俺を『捕え』、横に置いた重箱を開き、メシを食えと差し出して来た。嬉しくない? そりゃあ嬉しいさ。これが『ホンモノ』じゃないと解ってさえいなければ。


「ほ、お、ら。お姉さんをあんまり困らせないで」

 正座した俺に美柳先輩チアキが少し背伸びし、『あーん』を受けろと目で急っつく。あのね、一応俺彼女持ちなんすよ。こんなことすると怒られるんですけど!


「解った。わぁったよ。食べます……食べるから……」

 などと言って止まるわけもなく。色んな疑問を脇に放り、差し出されたカツに口を付け。

「どう? 美味しいでしょ。自信作なんだ」

「うん、まあ……美味いよ。美味いけど」これ、近所のスーパーで売ってる298円のカツなんだよな。卵でとじて印象変えてるけれど、使った油のせいで丸わかりなんだよ。


「良かった。キミが笑顔だと、私も嬉しい」

「そりゃあどうも」このまま『ままごと遊び』に付き合うべきかどうか逡巡し、「で? この茶番はいつまで続くんだ。あんたが本当に美柳先輩だって言うんなら、俺の『彼女』はいつ戻る?」

「むぐぐ……」痛いところを突いたのか、"美柳先輩"は渋い顔で爪を噛む。

「どうもこうもない。キミの彼女はここにいる」

「はあ?」

「ごめんね。ちょっと急用を思い出しちゃった」

 俺が待てよというより早く、美柳真帆はヤシの木先の茂みに消えた。これでようやく元鞘か、と思っていたのだが……。どうやらこの怪異はまだまだ序の口らしい。



「よーっす。なんだよアズマぁ。こんなとこで暇してんの?」

 丸きり今来たって体を成し、藍色のキャップを浅く被り、クリーム色の前開きパーカーを羽織って現れた、茶髪に黄の差し色を入れたあの女。

「美柳先輩の後は三軒茶屋の登場か。最近見なくなった奴ら持ち出して、一体何しようってんだよ」

「やめようぜ。そういうつまんねー話」つまんねえ、か……? 「大事なのは今だろ、いーまっ、ほらぁこっちの煮物もうめェーぞ。ほら喰え、さあ食え!」

 別人って設定のはずなのに、美柳先輩の重箱を勝手に広げ、下段の煮こんにゃくを喰えという。さも自分で作ったって体だけど、これも398円の惣菜だよな? こっちはまじで手ェつけてないよな?!

「うまいだろ? うまいよな? なっ、なーっ?」

「あーはいはい、美味い美味い。でも、三軒茶屋晴海ってそんなキャラだったか?」

「キャラだろ」おっ、ちょっと顔が曇った。「幼馴染で同級生で甲斐甲斐しい世話焼きだろ。それが三軒茶屋晴海だろーがよ」

「だろうが、なんて言われてもな」

 まあ、ヒトにモノ言える立場じゃないけどさ。それでもやっぱり違和感あるよ。何をそんなに焦ってるんだか。

「なんだよ。何が不満なんだアズマ」不満はあっという間に盛り上がり、晴海(チアキ)の顔から笑みが消える。「幼馴染で! 美人で! 我が強くてグイグイ来る女だぞ! 何が不満だ! さてはお前Sだな? 振り回されるよりする方が好みなんだな!? そうなんだな!?」

「セイセイ、落ち着けお前」

 何だ。また雲行きが怪しくなって来たじゃあないの。必死に抑え、宥めすかすも、『晴海』の不満は頂点に達し……。

「あぁわかったよ! 消えるよ! 消えればいいんだろ!? アズマの馬鹿野郎! もう寝坊したって起こしてやんねーからな!」

 待てって、という言葉を無視し、三軒茶屋晴海もまた茂みの奥に姿を消した。何となくパターンが読めて来たぞ。次はどこだ。何を『纏って』現れる。警戒センサーをびんびんに働かせ、周囲を見回るその最中、俺の背後に体育座りをした華奢な人影。



「あ……。いたんだ。北西、久しぶり」

「うぉえっ!?」

 チアキのと同じ麦わら帽子を目深に被り、先の薄手パーカーには得体の知れない缶バッチが散りばめられ、ボトムスは黒のショートパンツ。目線は俺でなく、手にした最新の携帯ゲーム機に向けられている。

「御厨……才華、か?」

「当たり」あくまでひどく気怠げに。「うんざりだよね。この人の波。これじゃあ海に入っても芋洗いだ」

「そう……だな」いい加減、言葉が出なくなって来た。

「はい」そんな俺を狙ってたかのように、御厨チアキは俺に何かを手渡して来る。

「貸したげる。先月発売のリズムゲー。キミならこっちの方が向いてそうだし」

「でもお前これ」

「買い替えたの。それは私のお古」

「ああ、そう……」

 断ろうとしたけれど、使えよ二三催促され、仕方無く手に取って。旧作移植バーチャル・コンソールされた一昔前のリズムゲーを起動する。


「あのさ、チアキ」

「チアキじゃないって言ってる」ゲームをやれとにべもなく躱し、「振り回されるのはお嫌いなんでしょ。ならこれで良いじゃん」

 前と後で会話が矛盾してやがる。お前らそれぞれ別キャラなんだろうが。だのに一つ前のハナシを引き継いで来るんじゃあない。

「だいたいさ。こんなことやってて楽しいか。騙すでもなくコロコロ変わって、今自分が誰だか解ってる?」

「楽しい、ってなんだよ」クール気取った仮面も剥がれ、負の感情が溢れ出す。

「そんなの関係ない。私はキミの彼女なんだ。らしくなきゃだめなんだ。キミが付き合ってて楽しくなきゃ意味無いんだ」

「またそんな訳のわからんことを」何となく、この着ぐるみショーの理由が見えて来た。「違うって言ったらプライドがどうのって話で返すのか? お前ホント面倒臭いよ」

「だから、それは……」

「お前は俺のカノジョ。それは良い」だが、逆もまた然り。「お前はもうひとりじゃない。つまらん矜持に縛られて、したいことから目を背けるんじゃねえ」

 怒っている風に聞こえるだろうか。才華(チアキ)は先にもまして曇り顔で、ゲーム機から目を離さない。それでいい。どうせ真正面からは聞いてもらえないだろう。

「らしくあれってんなら、いつも通りで良いじゃねえか。なぜそうもキャラを盛る。お前はお前のままで良いんだよ」

「ぐぬ、う」

 あ。だいぶ涙目だ。参ったな、責めちゃあいるが、叱咤するつもりはないのだが。

「手前勝手なのはどっちさ」表情をこちらに向けず、恨み辛みを含んだ声で、チアキから反論が飛んだ。

「『じぶん』って何? ボクにとっては外見カワこそが自分なんだ。誰に向けた言葉なの。ヒガシ君はどの『ワタシ』がいいの? 言わなきゃわかんないよ」

 傍から聞いてりゃ、意味不明にしか取れないこの返し。けど、このわけのわからんセカイを生きてきたのが、目の前で頬を濡らすこのオンナ(?)なのよな。

 俺はその彼氏だ。この意味不明さを呑み込むと決めた。故に答えはシンプル。まくし立てるチアキを手で御して、「分かったから」と静止を求める。


「じゃあ質問を変えよう。らしくなんて考えなくていい。お前が、一番『ラク』出来る格好は何だ」

「え……」

 予想だにもしなかった、って顔だな。まったく、チアキってやつは。

「忘れてるかも知れないが、これはデートなんだぜ。そんな風に肩肘張られちゃ、誘った甲斐が無くなるだろうよ」

 俺が誘い、お前が承けたこのデート。見栄を張りたい気持ちは分かる。俺だって恰好悪いところは見せたくない。けど、それを気にして縮こまって何になる。外面で中身潰して何になる。

 そうだ。最初からこう言えば良かったのか。


「ラク……」御厨才華のカワの下で、この言葉を何度も呟く。やがて何か納得したように席を立ち、『らしい』冷ややかな目で俺を視ると。

「分かった。私は消える。でもさ、ひとつだけ聞かせて」

「何」

「これまでの中で、どの『私』が好きだった?」

「去り際に言うのがそれかよ……」何を今更と返したいが、言葉にしてよと言われた手前、なあなあにするわけにはゆかない。

 そんなの、最初から決まっているよ。「全部。どの姿も中身がお前なら、選ぶことに意味なんてない。違うか」

「か、あ、あ……!」しょげた顔に朱が差し、唇をぶるぶると震わせて。「そーゆーとこ! お前ホントそういうとこだぞ!! あぁもう、あぁもうあぁもうあぁもう!!!!」

 最早キャラをかなぐり捨てて、三度茂みの中へと消えるチアキ。流石にもう打ち止めかな。性懲りもなくまた来るか? そんなことを考え、木陰でそちらを凝視していると。


「た、ただ……いま」

「おお。遅かったじゃねえの、『チアキ』」

 銀のミディアムショートに大きめの麦わら帽子。黒のホルターネックビキニを纏った苅野忍のご帰還だ。今の今まで他のキャラを引きずっていたせいか、気恥ずかしさで覇気がない。


「どこで道草食ってたんだよ。こちとらレアキャラに遭遇しまくってさ。手料理にゲームと飽きなかったぜ。まぁったく、こういう場にゃあ何処に知り合いが居るか分かったもんじゃねえな」

「ぐぐ……ぐぬぬう……!」

 それはまるで熟れたリンゴかトマトのよう。薄カワ越しに頬が恥辱で染まり、への字唇がひくひくと振れ出した。

「解って! 解って言ってるんだろ! 何だよオマエ! ボクを馬鹿にしてんの? アレだけ言って、結局馬鹿にしたかっただけなん?!」

「そう悪い方に考えなさんなって」あんまり弄ると元の木阿弥か。この不安定メンタルめ。「お前の意図通りかは知らんけど、楽しかったよ。俺、お前の彼氏で良かった」

「に……にになっ!」

 何語だそれは。恥辱一辺倒の朱に喜色が混ざり、抱えたボストンバッグを俺の脇腹に打ち付ける。

「そーゆーとこ! お前ホントそーゆーとこだからなっ!! ワタシを! なんだと! 思ってるッッッッ」

「痛ッ、痛ててて! どうもこうもないだろ! 結構クるから! 地味に効くからぁあっ!」

 お前は俺のカノジョで、俺はお前のカレシ。他に何がある? 何でもない。なんて言って締めようと思ったのにこいつ! 痛い、まじで痛い! いい加減にしろチアキ! つかこれ何入れた? なんでこんなに効くんだよぉおおお!!



※ ※ ※



 空を照らす太陽も地に下り、月にその役目を託さんとする夕暮れ時。ワタシたちもその波に追随する。

 ヒガシもワタシも、何も言わずに前へと進む。仲違いしたんじゃない。したんじゃないけど、今は話すよりもこの沈黙に浸っていたい。何となく心地よい距離感。


「チアキ」

 まったく、空気が読めないなヒガシってば。こっちを見ず気恥ずかしそうに。

「今日はその、ありがとうな。俺も、久々に楽しかった」

「まるで、今まで楽しくなかったみたいじゃん」そういう意図じゃないのは解ってる。けど、いたずらっぽく返してみたくなる。

「ワタシというものがありながら、それはちょっと欲張りなんじゃないのー」

「ちょっ、違ぇよ! そうじゃねえって!」

「あっはは、解ってる解ってる」本気で焦っちゃって、図体がデカいくせに可愛いんだあ。

「あれ。なんか隠したでしょ」

「は? なな、なんでもねえよ。ねえってば」

「ムキになるとこがアヤしーなー。ねぇねえ、ねえってば~~」

 なんてね。ワタシから目を逸らそうと、スマホに顔向けた時、ちらっとディスプレイが見えたのだ。

 へえへえ。カレンダーアプリのその○は。丸は――。


 えっ。ヒガシお前、八月十三日誕生日なの?!

 待って、それってもう来週じゃんさ……。

 ナンデ? なんでそれを言わないの?

 い わ な い の ??

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