#3 『それの、何が悪いんだ?』
ここまでで、アニメでいう第一話。小説でいう第一章くらい。
切り方が下手でここだけ妙に長くなってしまいました。
今後は3~4000文字が通常回、6000文字前後の回がその章の締めくらいな気持ちでご覧いただければなと。
「セイセイ、お前、なんでそんな……」
「黙って観てなよ」
その刃は躊躇いなく自らの肩口を裂き、上等なボレロに縦一線が刻まれる。けれど驚いたのはその後だ。今までの低い声は失せ、苅野忍の声色に戻し、甲高い声で叫ぶのだから。
「きぃいいやややあっ! やめて! やめてよアズマ君ッ。痛いっ、痛ぁっ、あぁ〜〜あぁ〜〜ん。嫌っ。こんなの嫌ああああっっっっ」
芝居がかった声と振りで、身に纏う制服を切り裂いて。ボレロが落ち、肩口の裂けたワイシャツがはだけ、見せかけだけの小麦色の肌と、乳房を覆う薄桃色のブラが大顕わ。演出の一環か、自分からスカートを半脱ぎし、俺の元へと迫り来る。
「ぐへへ、その白い肌。柔い胸ェ、ああ……ああ、たまんねえ」」
おいおい、今度は俺の真似か? 真に迫ってるけども絶対やらないからね。
すごいな。俺全く参加してないのに、傍からみると画面外でやんちゃしているようにしか思えない。
「はいコレ。ぱす、ぱーす」
「あ。こりゃどーも、ご丁寧に」
などと言って渡されたのは、録画中の携帯端末!? セイセイセイ、破滅させてやるってそういうこと!?
「動画は既にクラウドに渡った」奴の鳶色の瞳に妖しげな光が灯り。「ヒガシ君。キミは今、『ワタシ』を暗がりに誘い、襲い掛かって淫らな行為に及ぼうとした。ワタシはそれを隠し撮りし、然るべき場所へとコレを送る……」
それが即ちどういうことか、言わなくても分かるよね。あぁそうさ。そうだとも。如何なる弁解を並べ立てようとも、続く展開は少年院への送致一本。どう見繕っても希望はない。
「災難だったと諦めな。キミにはもう未来はない。淫行罪でガッツリとしょっ引かれるんだねえ」
「い、いんこう」
辛うじてわかったのは、この状況を法律という括りでシンプルに出来るんだ、ってことだけ。話がかっ飛び過ぎて、何がなんだかわからない。
だが待ってくれ。あの写真が他に出回るその前に。是が非でも聞いておきたいことがある。
「なあ、ひとついいか」
「メイドの土産ってやつ? いいよ、何でも聞いて」
向こうさんは勝ち誇ったとばかりに鼻を鳴らし、続く言葉を歯牙にもかけちゃいない。だからこそ、この言葉に対する反応が見たかった。なんで……。
「なんでオンナなんだ。化けるだけなら、男の方がラクじゃないのか」
「キミさ、ワタシの話聞いてた?」勢い任せのこの質問を受け、苅野の顔にあからさまな怒気が蠢く。
「じゃあ逆に聞くけど、オトコでいるメリットって何。汗臭くて汚くて、体の大きさや力で優劣が決まる男なんて、なるだけ損じゃんガチャのRじゃん」
「その例えはどうよ」
さっき女の子の振りをして、って聞いた時、奴の声は僅かに濁っていた。やっぱり。この感じは嘘じゃない。
「ワタシは女の子だ。お前が見たものは存在しない。お前の存在も消してやる。質問なんてさせるんじゃなかった。胸糞悪いこと尋ねやがって」
今だってそう。自在に声色が変わる分、込められた気持ちがフィルターを通さず、取り留めのない言葉から抜き身で伝わってくる。
「お前さ。何を怖がってるんだ」
「怖い?」カワの下で奴の顔がぞわりとそば立つ。「どうしてさ。今怖がるべきはヒガシ、キミだろう」
「いいや。お前は怖いんだ。正体を知られることじゃなく、自分のその歪んだ気持ちに触れられるのが」
ほんの少しだけ、こいつの内面が見えてきた気がする。男であることを嫌がるのに、女になるのも完璧じゃない自分。
「お前が嫌なのは自分自身。消えるべきは己自身。けど認めたくないんだろ。おかしいのは自分じゃなくて周りなんだって思ってるんだろう」
「あることないこと」「ペラペラ」「と」
もう、真意を隠す余裕もないか。眼前の美少女は声を荒げ、一文ごとに別人の声色で滅茶苦茶に捲し立てている。
「じゃあ何だ」「キミは」『"ボク"を見て何を思う』
眉目秀麗なカワに爪を立て、目元に薄く蒼白の『素肌』を覗かせて。若い女、年老いた男、小さな子供。取り留めなく声色を変えて俺を恫喝する。
「笑いたければ笑え」『ボクはいつだって誰かの真似っこだ』「いつも誰かがせせら笑う」
「昔から慣れてる」『だから隠すんだ』「知られたくない」『認められる訳ない』
いつだってそうだ。自分は社会の爪弾き者。カワの下で涙を溢し、手近な机に顔を埋めて不気味に呻く。
強気なのは見た目だけ。痛いところを突かれると途端にこれか。
俺にはこいつの過去を想像する事しかできないし、下手に同情したって逆効果だろうことは解ってる。
気味が悪い。何を考えてるのかわからない。存在自体が突飛でついて行けない。誰だってそう思うだろう。俺だってそうさ。でもよ。
「それの、何が悪いんだ?」
「は『あ』?」
苅野の声が高低に大きくぶれて、困惑をたたえたまま此方を見やる。
「外野が何言ったって、お前は今そうして生きてるじゃねぇか。俺を含め、他人は好き勝手に物を言う。でも生きる権利までは奪えない。俺は別に良いと思うぜ。そいつでヒトに迷惑をかけないんならな」
なんで、そんなことを言ったのだ自問自答。傍目にあれは異常だと思うし、今まさに実害を受けそうな立場にあるのに。
――アニキの分からずや! オレは……オレは……。
怯える奴の姿に『ヒカル』のことを重ねたか。阿呆らしい。今からじゃ罪滅ぼしにもやりゃしないだろうに。
上手いことを言って得意気か? ナイナイナイ。どうせ奴に食い物にされる未来だ。何を足掻こうが俺の自由だろ。
うん? あれ、ちょっと待って。苅野のやつ……。落ち着いた? 嘘だろ、なんかちょっと、涙ぐんでる!?
「いみ、わかんないよ」『キミはボクの敵なの』「それとも味方?」
頬のあたりが爪痕で歪み、目元にゃ寝不足気味の隈が出来。ベースが読モのトップとはいえ、こうなるとこう、ホラー映画の終盤みたいな怖さがあるな。
「別にどっちでもない。俺は俺の考えを話した、それだけ」
「あっ」『そう』「てっきり、ポイント稼ぎかと思ってた」
だいぶ『発作』が落ち着いてきたらしい。声の歪みが調整され、あの優しげな声色が戻って来た。
と同時に、俺の手からさっきの端末をひったくり。「悪いけど。何言われたってこの動画を手放す気はないから」
「そりゃまあ、そうよな」今更消し去るメリットも無いし。「じゃあ流すのか? ネットの海に」
「うーん、どうしよっかなー」
苅野は奪い返した端末を右の手で弄びながら、「目の届かない場所で『ワタシ』のこと言い触らされても困るしなー。どーしよーっかなア」
俺の顔と端末とを交互に見、焦らす、焦らす。どうせ答えはもう出ているんだろ? もう少年院行きの選択肢は消えた。ならば、俺の行く末は。
「良かったねヒガシ君。キミの未来は安泰だ。ワタシの監視下に於いて、だ・け・ど」
「やっぱり……そうくる?」
「トーゼン」
動画を流されたくなかったら、お口にチャックで下僕となれ。要求はまあ、そんなとこか。
「お嫌なら交渉には応じるよ。キミの立場がどうなるか、それはそれで楽しみだ」
喜んでいいやら、悲しむべきやら。古巣で昼寝をしていたら、好奇心で厄介事背負い込んで、シュールな趣味持ちの配下とはね。流転の運命過ぎて涙が出らァ。
「わかった、分かったよ。それで手を打つ」
「それが賢明。取引成立でワタシも嬉しい」
「畜生め……」
けども、そうなれば解消したい疑問がもう一つ。
「あのさ。苅野忍ってのがお前の作った偶像なら、今後俺は何と呼べばいい」
外面はともかく、こういう場でまで偽名で通されるのは感じ悪い。カワ被った上で何だが、そこは腹を割って話したいんだ。
「そうねぇ」仕方が無いなと視線を空に彷徨わせ。「んじゃ、『チアキ』。ワタシと二人の時はそう呼べ。今はそれでいいでしょ」
「それって、本名?」
「ばーか。こっちも仮の名さ」
「です、よねえ」
圧倒的有利な立場で、俺の頼みなんか素直に聞くはずないか。不本意だが、受け入れるしかあるまい。
「あのさ」
「何」
下世話なことだとは思うが、やはり触れておかねばならないだろう。
「で、結局、お前はどうやって此処を出るつもりだ? 自分で服を切り裂いて」
俺を恫喝するという目標は達したが、その代償が大凡外を歩けぬ恰好とは割に合わん。
「あー。そうね、忘れてた」
けれど、裂いた当人は冷静そのもの。忘れ物を見つけたくらいのノリで己を見やると。
「ちょっと待ってろ。そこを動くなよ」
などと捨て台詞めいて言い残し、教壇の裏側へと潜り込む。うん? セイセイセイ、教壇? 何故だと聞くより早く、その裏にて布擦れの音、音、音。
「ふいーっ。お待たせ、これで『文句ないでしょ』?」
クラスの憧れ、苅野忍の姿はそこにはない。数分と経たず教壇の裏から現れたるは、長い黒髪を一本で括り、赤渕眼鏡にキツめな吊り目、上下黒のタイトなパンツスーツの大人なオンナ。
この姿には見覚えがある。誰が忘れるものか。転入間もなく目を惹かれ、出会う度盛った男子がそういう目で見た、あの女――。
「担任の……蜷川先生!? えっ、お前、これ」
「むふふ、驚いたか」チアキは先生の声色でいたずらっぽく微笑みながら、「ここはワタシが開いたって言っただろ。隠し場所には最適なんでね」
成る程と納得しかけ、あり得ない展開の釣瓶打ちにアタマがくらくらする。そりゃあ制服もびりびりと破くわなあ。こいつに取っちゃ、あの姿自体替えの利く『服』でしかないってわけ。
「私、蜷川明美は廃校になって閉じている戌亥高に入った悪ガキを偶然に発見。教育的指導を施し、同意の上で連れ帰った……。ハイ復唱」
「誰がするか、誰が」
やってくれるぜ、これで合法的にも堂々と出て行けるって寸法か。散々ひどい目に遭わされて、挙げ句向こうのペースってのは癪極まりないけれど。
「あ。そうだ、ヒガシ君」
「うん?」
何の前触れなく振り返り、唐突に俺へと向かって何かを放る。薄桃色の布切れ? ハンカチか何かだろうか。にしてはらしくない肌触り。
「プレゼント。それ、この衣装には合わないからさ」
「あげる……って」
ん。んん。んんん。
待てよ。そういえばチアキのやつ、『苅野忍』の時、スカートの下から薄桃色を覗かせて……。
えっ、ちょっと待って。じゃあこれは。真中にリボンの装飾と、やや生暖かいこの感触は、まさか!!
「ナニに使うかはキミの自由だよ。せいぜい楽しむがいい。ど・う・て・い・くん♪」
してやったりみたいな顔してるけどさ、お前性別上は男だよね? そりゃあこれ女の子の下着だけどさ、お前性別上は男だよね?
(俺に、どうしろというのだ……)
こんなに、反応に困る贈り物も初めてだ。鼻高々に此方を見やる奴の顔を見、俺は何も言ってやることができなかった。
※ ※ ※
「なあアズマ。お前『ドッペルさん』って知ってるか?」
「ああ、うん。女子が話しているのを聞いた」
統廃合になった戌亥高の呪いでか、同じ人間が別の場所で複数目撃されるって噂。
別に誰が犠牲になったでもなし、そもそもその廃校出身者が何とも思っていない時点で眉唾だろ。
「けど、見たってひとは沢山いるぜ」
「ここで談笑していた子が西棟の理科室前にいたり、校庭で走ってた奴が制服着て図書室に籠ってたりさ」
奴らの口調に遊びはない。マジなトーンでこの噂を肯定しようとしている。まったくもって馬鹿馬鹿しい。
「呪いが何だっていうんなら、俺を勘定に入れてからにしてほしいね。ここにいるだろ。廃校からこっちにきても、なーんにも言わないオトコがひとり」
なんてムキに拒絶するのは、昨日の出来事が今も頭から離れないからだろうか。
今でも正直夢だと思ってる。だってありえないだろ? ヒトが、そのカワを被って、まるっきり別人になるなんてホラ話。
待てよ。ドッペルさん。こいつら今ドッペルさんって言ったよな。ドッペルゲンガー。世界中に三人はいるっていう、あの。
与太の与太たる噂話が、ここへきて真実味を帯びてきた。つまり、この、噂は――。
「そうだよね? そうだよね! 私は好きだなあ。ドッペルさん」
背筋がびくつき、飛び上がるように驚いたのは初めてだ。如何な気配も感じさせず、背後から響く優しげな声色。
「ぎょっ! 苅野! さ……ん……?」
「なな、なんで僕たちのところに」
「なんか面白そうな話してたからさー。興味本位で近付いちゃった★」
苅野忍は柏木と三橋を適当に流し、半身屈んで俺を見ると。
「ホント。なんなんだろうねぇ。ドッペルさん、って。ね。アズマ君」
「はは、そう……ですね」
妖しい色気をちらつかせ、いたずらっぽい微笑みで俺を射竦める『共犯相手』。釘差しなのか自らの犯行誇示なのか。あるいはその両方か。
(冗談じゃないっつーの……)
どうやら俺は、本気でヤバいのとお近づきになってしまったらしい。
・これからヒロイン(?)として描かれることになる刈野忍ことチアキちゃん。
声に関してはボイスチェンジャーの類ではなく、生まれつき声帯に異常があり、矯正をしてゆく中で治りきらずにこうなった……。
という設定があるのですが、果たして本編で書けるスペースがあるか否か。