#30 稲森れいかという偶像・上
前回、何やら話がだいぶ動いたような気がしますが、もろもろの事情で今回は幕間。
最近あんまり出番のない稲森ユウさんメインのおはなしです。
今週から序・破・急の三部構成。いつもより少しながめ。
下地は薄めの紫で。眉毛を書いて形を整え、アイラインをすっと引き、ほんのり桃のチーク。お気にのリップを塗って完成。
鏡を見るたび憂鬱になる。ちゃんとウケるかとか、ダメ出しされないかなとかもそうだけど、何よりこの顔を凝視しなきゃならないのがイヤでイヤでしょうがない。
ずぅっとメイクのままでいられたらなって思う。そんなの無理だって分かってる。肌荒れ起こして潰れたら、もうきっと誰もアタシのことを見てくれなくなる。
もう一度鏡を見て表情を変えてみる。口角をぐっと上げた笑顔。きらきらのリップを突き出しアヒル口。頬を膨らませて困り顔。眉を引っ張ったり、伸ばしたり。
今日もカンペキ。稲森ユウは皆から好かれる高校生読モ。外に出ても大丈夫。誰もアタシを笑わない。
不細工で、気弱で、臆病者な稲森ユウはもういない。大丈夫。アタシはカワイイ。十六歳のイケてる女の子。
※ ※ ※
「ゆーさん、ゆーさん。今月号見たよー」
「またメチャクチャキマッててさー。また服選びに誘ってよう」
「どもどもさんきゅー。それじゃ、次の日曜皆で行こっか」
自分の座す窓際の席からドア側の喧騒を遠巻きに見つめる。台風の目は今日も稲森ユウ。都会から地方に転校してもなお、ギョーカイは人気高校生読モを逃すようなことはしなかった。
今もなお、奴はスタジオへと足繁く通い、同世代の憧れで居続けているらしい。収録が終わり、雑誌が売られれば、話題は総て彼女が独占。さぞ気持ちの良いことだろう。
「そーでしょ? だよねだよね! ゆー姉ってばめっちゃカッコいいよね! わたしも鼻高々で」
「こらこら。出しゃばっちゃ駄目だぞしのォ」
「ユウゆが来てからすっかり幼くなっちゃって。もう高校生だよ? もちょいオトナになんなくちゃ」
そんなユウと同じ顔をしたチアキさまにとっても、彼女の人気は死活問題のようで。『顔を借りた』を『年下の従姉妹』という設定でやり過ごした以上、苅野忍は稲森絶対肯定ウーマン(?)と成り果てた。
チアキの可愛こぶりっ子を前にし、読モ女王は曖昧な笑みを浮かべて流す。慣れたものだ。あの中に如何な情念が流れ込んでいるのか、気になるが訊きたくはない。
「でもさゆーさん。最近髪型変えたよね?」
「ヘアピンでおでこ出して、毛先ふわっとさせちゃってさ。最近の流行り?」
「アー……。うん、そんな感じ」
少し前まで、ユウにとってのチアキは肖像権侵害のオカマ野郎でしかなかった。けれど同じ顔を許容し、姉として振る舞う以上、融和しなきゃ自己評価にも関わってくる。
顔を変えることが出来ないなら、髪型で個性を示すしかない。それがユウの出した結論のようだ。女の子らしい解法であるが、よくあぁも我の強いユウが納得したな。
「いいなあ。わたしも真似したいなあ。ね、ね? そのヘアピン、わたしにも貸して?」
「こらこら、駄目よしのぶ。そしたらまた見分け付かなくなるでしょー」
「むー。ゆー姉のケチぃ。わたしだって髪の毛弄りたーい」
「我が儘言わない。また今度やってあげるからっ」
傍からみれば従姉妹同士の仲良し会話に見えるだろう。先入観さえ無ければ俺だってそう思う。しかしまあ、女子ってのは平気な顔で逆なことを宣うわけで。これが人目に付かない場所にゆけば……。
◆ ◆ ◆
「なァにが『弄りたあい』よオカマ野郎! あんたが折れないからこその髪型でしょうが! 当て付けか? アタシに対する当て付けか、あぁ?」
「そっくりそのまま返してやるよ厚化粧! こちとら万年ウィッグなんだぞ! 目の前であんなにちやほやされやがってぇええ、当て付けなのはそっちだっつーの!!」
学校が終わり、戌亥校の旧校舎に来てみれば、仲良し従姉妹シスターズが売り言葉に買い言葉の大喧嘩。俺とチアキの秘密基地は、いつの間にだかユウの耳にも入っていて。今じゃ学内ストレスの発散場所として機能している。
良かったな、戌亥の校舎。俺の居た去年じゃこんなに騒ぐことも無かったろ。余生を賑やかに過ごせることだろう。
俺個人としては迷惑極まりないのだが。
「ヒガシくん! 君からもがつんと言ってやってよ! 明らかに向こうの方が悪いんだからさ!」
「寝言は寝て言えオカマ野郎! アタシは無実! 罰せられるのはあんたでしょーが!」
あぁあ、またこのパターンか。勘弁しろや美"少女"双子姉妹。家族間のいざこざを外野に振るんじゃねーっての。
眠りたい。好きなだけ惰眠を貪って過ごしたい。ほんの少し前まで、容易く叶えられてた願いなのにな。
まじでさあ、お前ら……。
「そーゆーの、何て言うか知ってるか? 『ケンカップル』って言うんだぜ」
「『はあ!?』」
ほらさ、そうして声まで被るだろ。ふたりしてチャペルの鐘を鳴らす時にゃあ呼んでくんな。手を平と振って俺は腕枕で床についた。
※ ※ ※
(お。珍しい名前)
七面倒な会合からの帰り路に、ふとスマホを弄ってみれば。ミカとアオイから連続メッセ。学校移ってそれっきりだと思ってたけど、一体なんだろ予告もなしに。
・ミカ:ユウ、ちょっといい?
『はいはい、何』
・アオイ:今度うちの知り合い同士で合コンやろうって話になってさ
『合コン?』
・ミカ:一緒に来るって誘った子がドタキャンってさ
・アオイ:困ってる時にユウの話したら、向こうめっちゃ乗り気でさ
・ミカ:電車代こっちで持つから、今週の日曜、いつものファミレスに来てくれない?
「え、え……」
返信を躊躇い、数分画面を眺めていたら、お願いしますのスタンプ縦断爆撃。
合コン。合コン、かあ。あの子ら、自分たちだけじゃロクなのが釣れないからってアタシをダシに使うでしょ。
やめときゃいいのに。そんなのどっちの為にもなんないよ。釣り餌にオトコが食い付いたら、二人して惨めなだけでしょーに。
(なんて、断れる訳もないか)
ミカもアオイも読モ仲間。既読スルーで下手な噂立てられちゃたまらない。気が進まないが、予定がないのもまた事実。
『はいはい。じゃあ飲み物もそっち持ちね』
・ミカ:よかったあ、助かるう
・アオイ:恩に着ます。マジ着るっす"れいか"さん
『オフの日にその名前で呼ぶの止めて』
あー、行きたくないなあ。でも行かなきゃならないんだろうなあ。よそ行き用の化粧って面倒くさいんだぞ。あんたらナチュラル美形にはわかんないだろうけどさ、こちとら一際準備がかかるんだぞ。
解ってて請けたのアタシだけど。そうするしかないって解ってたけど。
※ ※ ※
「おーい、ユウ」
「ファミレスこっち。ぼーっとしてたら遅れちゃうーっ」
友人ふたりに曖昧に返事し、この周囲をぐるりと見やる。怪しげな人影なし。見覚えのある人影なし。それでも周りを見てしまうのは、単にアタシが神経質なだけなのか。
よそう。居ないものに怯えたって何にもならない。アタシはアタシの人生を生きる。あんなオカマやその腰巾着なんて関係ない。関係ないんだ。
「ごめん。転校引きずって疲れてた。もう平気」
「いーよいーよ」
「あんまり無理しないでよー。向こう行ったって仕事が無くなるんじゃないんだし」
ショーウインドウ越しに映るふたりとアタシを見、舌を出して睨みつける。大丈夫。アタシはアタシ。今日もイケてる。笑われたりヒかれたりすることなんてない。
稲森ユウは、今日もカンペキ。
…………
……
…
『――ヒガシ、目標が見えた。五百メートル先三時の方向。此方にはまだ気付いてない』
「あの、さ。ひとついいか」
『――今は目標に集中しろ。四の五の言ってる場合じゃない』
日曜の昼下がりを唐突に潰されること程嫌なものはない。俺は今、チアキのやつに呼びつけられ、渡された高精細双眼鏡を覗き見、オフの日の稲森ユウを追っている。
きっかけは、何でもない世間話だった。
「えー。ユウゆ『ミカ』ちゃんとも友達なのー?」
「『アオイ』ちゃんともなんでしょー? 凄いなあ、向こうの地方のトップ3が同じ高校だったなんて」
俺は近付かず聞き耳を立てているだけだったが、ユウの奴が他の読モと知り合いだという話は伝わって来た。
改めて、雲の上の人間なんだなあとあのチヤホヤ具合を見て思う。オトコを寄せ付けず、それぞれコミュニティーを作る女子たちが、今じゃユウの話で持ち切りだ。
「や、や。そんなじゃないって。二人とも忙しいし、同級生って言ってもクラス違うし〜」
「またまたあ、そんなこと言ってえ」
「紹介してよー。私達も雑誌載りたーい」
「む、む、むう」
平手を振って謙遜しているが、顔に浮かぶはニヤけ面。同じ顔したチアキさますら、ホンモノの前じゃその他大勢。声を上げられず苦い顔して睨んでら。
「ねね。ユウゆ今週の日曜ヒマ?」
「もし良かったらさ、読モクイーンに着合わせテク伝授してほしいんだけどー」
「あ……あ」女子たちの誘いに、ユウは困惑した声を出し。「ごめんねみんな。その日はさ、ちょっと先約入っちゃってて」
「先約?!」
「それってもしかして、あのふたり?」
「えー。なんで分かっちゃうかなあ。実を言うと、そうなの」
イマの女子たちよりも、過去友を選んだという訳か。アテが外れて、取り巻きの中から不満げな嘆息。
「ちょっと待って」
そんなことなど知ったものかと、同じ顔した苅野忍が大手を挙げた。
「ゆー姉、私それ聞いてないんだけど」
「しのぶ。あなたとは何でも話す仲だっけ?」親しみを込めつつも、返す言葉は冷ややかで。「アタシにはアタシの付き合いがあるの。何でもかんでも一緒じゃだーめ」
「そ。そりゃあ……そっか……」
しゅんと俯き、見た目弱々しい声色で同情を誘っているけれど、その実鳶色の瞳は憤怒に燃えている。何がそんなに気に食わないのか知らないが。
「あなたにはあなたの友達がいる。ついて来ないでよ? おんなじ顔が二つ重なってちゃ、ミカたち混乱しちゃうから」
オフの日を邪魔するな。ついて来たら秘密をバラす。あの会話を翻訳機に掛けるとこんなところか。本音に出さずオブラートに包んだ脅しつけ。女子ってこえーな、改めて。
「わ、分かったよゆー姉。ごめんなさい……」
「うん。こっちこそごめんね。また何か、埋め合わせするからさ」
口じゃそう言いつつ、腹の中で何を思っているんだか。その日はそこでお開きだったのだけど、チアキの奴が諦めるわけもなく。
『――あぁも執拗に隠すんだ。何かある。弱みを握って黙らせてやる』
「はい、はい……」
言っても無駄だと分かっちゃいるが、こんな調子じゃいつまで経っても友達なんか出来ねーぞ。
「ところでチアキさん、その恰好は」
『――尾行用に目立たないのを選んで来た。文句ある?』
「や、ない。無いけどさ」
黒のミディアムショートにモスグリーンのベレー帽を被り、薄紫のノースリーブブラウス。膝下丈ホットパンツに少しヒールの高い白のサンダル。どう見ても尾行向けじゃないその装いはユウへの対抗心故か。気にはなるが、聞いてみる勇気はない。
『――来たぞ来たぞ。やっぱり人と会うのか』
「まあ、順当だわな」
柱に身を寄せ、スマホを弄るユウの下に、オシャレめな女子がふたり。聞いていた話から察するに、あれがミカとアオイなんだろう。
『――辰巳で駄目なら外部に協力取り付けようってか、ふざけやがって』
「言葉が汚いぞ。もうちょいガワに合わせた台詞を選べ」
チアキ本来のだみ声じゃ、美人のお姉さん気取ってるのが台無しだ。お前って奴は何故、俺が好みな時ばかりやらかしてしまうのだ。
などとげんなりしているうちに、三人は動き出し、人だかりを抜けて大通りへ。
『――こらっ、何ぼーっとしてんだよヒガシ。追うぞ、どこに向かうか突き止めるっ』
「もう滅多なことは言わないけどさ、警察沙汰にだけはするなよな。そこまで来たら止めるからなっ」
なーんて言っては見たものの、実際そうなったら自信無い。頼むから、おかしなことは起こさないでくれよ……。両方とも。




