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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー
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#2 お前の人生、メチャクチャにしてやる

週刊連載に憧れ、先んじてストックを書き溜め、週3〜6000字での展開を行う本シリーズ。

言いたいことがなかなか伝わらず、早くもこのペースで良いのか悩んでいます。

「ねえ」

「は、はい?!」

 聞きたいことは山ほどある。何もかも異常なこの光景を前に、何から尋ねるかと思い悩んでいた矢先、先んじて会話のマウントを取ったのは彼女だ。

 膝上で引っかかっていた薄桃のショーツを引き上げ、捲り上げたスカートを下ろして整え、決断的な足音で俺の元へと迫り来る。


「見たか、って聞いてるの」

「みた、って何を」

「とぼけないで」

 実際、今あの子が求めていることなんてひとつしかないだろう。解ってて誤魔化してるんじゃない。衝撃の展開の釣瓶打ちで、アタマの方が付いてきていないのだ。


「キミ、名前は」

 言うより早く懐に潜り込み、制服の胸ポケットにしまった生徒手帳を引っ手繰られた。見開きのページを流し見て、そこと俺の顔とを交互に視やると。

「北西東……? あのさあ、こっちは方角なんて聞いてないの。生徒手帳にまで偽名書いてるの? まさかこれ自体がダミーってわけ?」

「いや、いや。北西が名字。名前がアズマ。東って書いてあずま」

「へェ……」

 納得してるんだかしないんだか。苅野忍は怪訝そうな目で俺を睨むと。

「名前はどうでもいいや。ここでアホヅラぶら下げてることは、観てたってことでいいんだよね? ぜんぶ」

「うん、まあ」

 敵意に満ちて声は濁り、どこまでも威圧的なこの態度。

 俺の中のイメージが。清純で、皆に愛され、クラスイチの高嶺の花ってイメージが、ばらばらと崩れてゆく。


「おっけー、話はわかった」

 何がどう解ったのか説明は無いが、苅野さんは奪った生徒手帳を胸ポケットに戻すと、俺の手を引いて男子便所から連れ出した。

「待てよ、一体どこに」

「つべこべ言わずに付いてこい」

 あの可憐な忍さんの面影は何処にもない。薄皮のような外面がぺろんと捲れ、攻撃的な態度と悪辣な口調が顔を出す。

 ある意味、それは言い得て妙だった訳なのだが……。当然今の俺は知る由もない。



※ ※ ※



「ここには、誰も居ないね」

「まあ、元々廃校だし」

 上の階と下の階しかない小さな高校だ。場所を変えたところで特段の違いはない。意図的か偶然か、結局俺は自分のクラスに呼び戻され、教壇に腰掛け足を組む彼女を見上げている。


「ヒガシくん、キミに聞きたいことが幾つかあります」

「あっ、それなら俺も」

「他に仲間は?」

 くそっ、俺に質問権は無いのか。「いない。ダチは両方辰巳高からの知り合いだし、此方に入れることは教えてない」

「そう」彼女は無感情に俺を見ると。「他に、此処に入れると知っているのは?」

「鍵のかかりが不完全だと知ったのはつい数日前だ。俺が見つけ……」

「いいえ。それは『こっち』でやった。誰も居なくて都合がいいから」

「はあ」

 さっきからヒトの話に被せてばかり来やがって。そもそもなんでこいつが威張り散らしてるんだ。だんだんとムカッ腹が立ってきた。

「あのさ。いい加減俺の質問に答えろよ。だったらお前も話をしてくれよ。それがマナーってもんだろう」

「フン。まあ、正論よね」苅野は艶やかに足を組み換え、自らの顎先を人差し指ですっと撫でると。

「ね、ヒガシくん。江戸川乱歩の明智小五郎シリーズ、そこに出て来る『怪人二十面相』って知ってる?」

「二十……なに?」

「教養のないヤツ」なんだか知らんが呆れられてしまった。「じゃあミッションインポッシブルのイーサン・ハント、チャーリーズ・エンジェルの三人は。んああじゃあ、ルパン三世。それならどう」


「そりゃあまあ、人並みには……聞いたことあるけど……」

 具体例を出されたところで、意味不明なのに変わりはない。向こうの意図を読めずにいると、彼女は妖しく嗤ってこう言った。

「あの人たち、ボイスチェンジャーとゴムマスクでまるきり別人に変わっちゃうじゃない? あんなのただの特殊撮影で、トリックありきって思うでしょ」

 何気ない、意味の分からない無駄話のその最中。気でも触れたか彼女は自らのうなじに爪を立て、ずぶずぶと指を沈み込ませてゆく。


「でも、違うんだよなあ。映画はフィクションでも、『ワタシ』はそうじゃないんだなあ」

 柔く細い首筋に、指の第二関節までが吸い込まれてしまった。苅野さんは両指を互い違いに開き、活きた魚を捌くかのようにそれを更に拡げてゆく。


 自分で自分の見たものが信じられない。


 首筋に生じた綻びはあっという間に肩甲骨へと達し、彼女の背に楕円状の孔が出来た。ボレロとワイシャツに覆われた右腕が衣擦れめいた音と共に『しぼみ』、孔の中から三本目の腕が生えてくる。

 苅野忍の素肌は混じりけのない健康的な小麦色だった。だが背中から伸びたるこれはどうだ。細く筋張っていて、病的なまでに蒼白い。


「そうだよ。これがワタシの『なかみ』」

 苅野さんの優しく柔らかな声質が、低くくぐもったものに塗り潰されてゆく。

「ワタシは『苅野忍』ってカワを被った、全く別の人間ってわけ」



※ ※ ※



 漫画か何かで見たことはあった。

 非常に精巧なゴムマスクやタイツを纏い、時には性別すらも偽って、別人に成りすます異能の存在。

 でもそんなのはフィクションで。荒唐無稽なのも現実じゃないから可能であって。だからこそ憧れすら抱いて楽しく見ていたのに。


 頬を抓り、チャンネルを変えるようにまばたきを続けても、眼前に在るモノは変わらない。クラス一番の美少女が制服を薄っすらはだけ、うなじの下から三本目の腕を生やし、素肌と違う病的なその手で自らの頬を撫でる、異常極まりないその光景は。



「苅野さんはどうしたんだ」

「はい?」

 眼前のこいつは、苅野忍のフリをした別人だと言ってのけた。じゃあオリジナルは何処にいる。

「とぼけんな、本物の彼女をどうしたのかって聞いてるんだよ」

「あー、それね。そう来る。つまんないこと訊くねえ」

 怒気を込めて問うたのに、向こうと来たら「そうそうそれな」くらいに軽薄な返し。奴は蒼白い方の手でボレロを探り、赤色の携帯端末を取り出すと。

「ホンモノ……本物ね。強いて言えば、これかな」

 見たら返せよと前置いて、俺の手に渡ったその端末。細長の画面に躍るのは、全国読者モデルランキングベストテンを記したサイト。

「え」

 いや。いやいや、セイセイセイ。ランキング一位の『稲森れいか』……。


「稲森、れいか……。れい、かぁ!?」

 同じだ。銀色のミディアムショートも、眉目秀麗なこの顔立ちも、何もかも。

 自分の目が信じられず、教壇と画像とを行ったり来たり。向こうも味を占めたらしく、わざと画像と同じ表情とポーズを取り、すまし顔で俺を見下ろしている。


「そ。この姿はその読モのコから拝借したの。だから、ワタシは会ったことも無いし何処に住んでるかも知らない」

 少し情報を探ってみると、『本物』が使っているSNSも特定できた。俺とコイツが対峙するその最中、稲葉れいかは読モダチと共にアイスクリームを食んでいる。

 目の前のこいつが人気読モを食い物にしたんじゃないのはわかった。けどそうなると、別の疑問が湧いて出る。

「キミ。まさかさ、苅野忍なんて名前の娘がホントにいると思ってた? "世を忍ぶ仮の姿"で苅野忍だよ? どこからどうみても偽名っしょー」

 言われてみれば確かにそうだが……。いや、突っ込むとこってそこ?

「じゃあ、お前は。女の子のフリをして正体隠して、何をしようってんだよ」

「やめてくれる、そういうつまんない質問」"苅野"は失望したような口ぶりで俺を見ると。「そんなの、この姿で学校生活を送りたいだけだよ。クラス一番の美少女演じて、男女から称賛を浴びてリア充として生きる。他に何があるの」

「他、って……」

 思ったより平和な理由で拍子抜けしてしまった。

 いや……セイセイ、冷静に考えて平和な訳あるか。幾ら愛らしい姿をしていようとも、股の間に俺とおんなじモンぶら下げて、オトコであることを意図的に隠し、それをカゲで嘲笑ってやがるんだぞ。


「さあて。キミをここに呼んだ目的だっけ」

 話すことはもう無いと言いたいか。苅野は垂れ下がるカワの右腕に芯を通し、スカートのポケットから細長いカッターを取り出した。

「えっ、ちょっと待って。刃物?!」

「exactly(その通りでございます)」

 引き出し式の刃をいっぱいまで伸ばし、悪辣さをたたえたあの微笑み。何かやばい。机を二三散らしつつ飛び退くが、その刃先は俺ではなく、自分自身に向いていて。


「北西ヒガシ。お前の人生を破滅させてやるよ」


・アズマという名前も、チアキという名前も。男女どちらに付けてもよさそうな名前、というものから選定しました。

 双方が今のに落ち着いたのはほぼ偶然で、逆ないしもっと別のものになっていた可能性もあります。

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