#21 これからもずうっと一緒だよっ
「今更何を驚いているのさ。全部お見通しなんだろ」
片やカンペキな顔、片や『メッキ』が剥がれ、不細工極まりない素顔を晒したふたりが、互いの目を見て向かい合う。
「な、なによ……なんでよ……」
いや。睨んでるってのは違うか。既に向こうの目は威嚇ではなく、人畜無害な草食獣めいて揺れている。
「やめてよ……そんな顔、向けないでよ……」
じわじわと後ろに下がり、ドアノブに手を掛ける。さっきまであぁも威勢が良かったのに、急にブルブル震えやがって。
「逃げるのか」
「え」
「その顔を隠しておきたいなら、むしろ此処から出ない方が懸命じゃないかな。幾ら授業中だからって、誰かが出歩かないって保証は無いよ」
「う……」歯をぎりりと噛み締めて拳を握り、扉から二歩三歩此方に歩み寄る。ワタシの忠告を妥当だと判断したらしい。
「閉じ込めて……何するの」
顔を見られたくないと、俯き不信に塗れた声で紡ぐ言葉。女は化粧次第で如何様にも変わるって話は真実だね。メイクが落ちる前と後ととじゃ丸きり別人だ。
「あんたの勝ち……。そう、あんたの勝ちよ。良かったわねオカマ野郎、アタシも強請るの? お仲間のでくの棒みたいに」
「ヒガシの奴に、聞いたのか」
「ええ。大体は」
あの口軽め。幾らワタシと同じ顔だからって最重要機密をぺらぺらと。今度きっちりお仕置きしてやるからな。
なんて与太は取り敢えず頭の隅に置いておいて。「"ボク"のことはもう聞いたろ。なら今度はお前が話せ。その顔は何なのさ」
「嫌だって、言ったら?」
「言える立場?」
聞いては見たがって奴。こう返せば向こうが反論する訳がない。ユウは暫く間を置いた後、『この顔が嫌いだった』と話を切り出した。
「ヒトは外見より中身なんて言うけど、あんなの恵まれた人間の大ウソよ。外見が良くなきゃ、中身なんてそもそも見てもらえない。
アタシは昔からこうだった。男からも女からもブスだオカメだって馬鹿にされて、いや……囃し立てられる方が良かったか。次第に皆の輪から外されて、気付いたらひとりぼっち」
親近感が湧く話じゃないか。ワタシに付け入るための嘘? ならもっと大袈裟に被害者振るはず。
これはきっと実体験。なんとなくそうだと思う。
「中学生になって、自分を変えようと思って、従姉妹のれいか姉に化粧を教わったの。アイラインを引いて、唇にリップを塗り、肌を覆って……。鏡に映る自分を見た時の感動は今になっても忘れない。
気持ちよかったなあ。誰も彼もがアタシの方を振り向いて。読モの仕事も何度もこなして。ぱぁっとセカイが開けたんだ」
どこかで聞いたことのある話。他人事だと思えない話。突っかかって行きたくなる訳だ。だって、こいつは……。
「解るよ」
「何がよ」
「何もかも。その気持ち、ワタシも同じだったもん」
自分の顔が気に食わなくて。自分を変えたくて。偽って、目を背けて。その『顔』に縋るしかなくなって。
「それ、皆に秘密にしてるんだろ。バレたらまた『ひとり』になる」
「そうよ。だから、返してって」
こいつの気持ちは良くわかった。同情してやりたくもなる。けれど……。
「駄目だ。この顔は渡せない」
「は、あ?」
「ワタシにはワタシの生活がある。捨てたら生きられないのは此方も同じ」
「ふざけないで。今更そんな道理が」
そりゃま、怒るよな。立場が逆ならワタシもそーする。でもさ、流石にそこまで鬼じゃないよ。スカートのポケットを軽く弄り、中のものを押し付ける。
「ハイこれ」
「ナニコレ」
「見て解るでしょ。スペアのカワ」
人生にハプニングは付きものだ。何があって駄目になるかは神のみぞ知る。使わなければそれで良し。あって困るものじゃない。携帯用のスペア、これが最後の一枚だ。
「は……はぁあ!? 何よ何これ馬鹿じゃないの!? なんでアタシにこんなのを!」
「こんなの、とは心外だな」その反応は予想通りだけども。「同じ顔した人間が、授業をサボって帰って来ない。騒ぎを起こしたくないのはそっちも同じでしょ」
「ぐぬ……」元々酷い顔が苦悶に歪み。「それは良い。解った。でも、だからってこれは」
「キミの顔だろ。被ればいい。イチから化粧し直すより手っ取り早いだろ」
「被れ、って」
半信半疑ながら、ユウの目に納得の二文字が浮かんできた。自分語りで熱したアタマに、現状という冷たさがようやく滲みてきたらしい。
「これで、チャラにしようってワケ? 貸しにするから目を瞑れと?」
「さっきまでのキミなら、躊躇なくそうしたけどね」ヒガシが聞いたら、丸くなったと驚くだろうか。「別に許してもらおうなんて思ってないよ。好きに恨んでキレればいい。交換条件さ。お互い、心穏やかに暮らすためのね」
ワタシはお前に手出ししないし、そっちも咎めようなんて思うなよ。提示した案はとってもシンプル。こっちは『ヒミツ』を握ったんだ。断れる訳がない。
「信用……出来ない」だいぶ譲歩してやったのに、お姫さまは今もなおむくれ顔。「あんたみたいにヒトのカワ被らなきゃ話せないひきょうものを、どうしてアタシが信じられると思うのよ」
「この状況でよくそんなこと言えるね」
肝の据わった奴だ。ヒガシでさえすぐさま条件を呑んだというのに。
黙って睨んで見るけれど、向こうの顔に淀みはない。信用させろとその目が迫る。
しょうがない。お望みとあれば見せてやる。多分それが一番のクスリだろう。
「解ったよ。だったらさ……」
うなじに両の四指を突き入れて、互い違いに引っ剥がす。鏡に目を向けぬよう、視線は前に、眼前の怯え顔をじっと視て。
「これでアイコだ。ボクと、取り引きする気になったかい」
「それが……。あんたの素顔」
「親以外は殆ど知らない。ヒガシ君だってね」
「だから、アタシの顔を?」
「同情は要らない。ずっとこうして生きてきた」
引き攣っていたその顔に、ほんの少し喜色が差した。哀れみでも蔑みでもない笑みが、ユウの口元に現れる。
「は。は、は、は。そう……そういうこと。そりゃあ、カワが無きゃ話せない訳だわ」
なんで『顔』を見せようと思ったか。ワタシ自身ちょっと自分に戸惑っている。自ら弱みを曝け出し、間抜けだなあと自嘲する。
「そっか。そうか。そりゃそうだわ。あんたのそれ、アタシよりひでーわ。は、は、は」
でも、それが間違いだとは思わない。初めてだったんだ。同じ悩みを内に秘め、隠して生きる人間と出逢うのは。
「いいよ。乗った。もう返せなんて言わない」
「そう言うと思ってた」
剥がしたカワを元通り被り、向こうもそれを『貼り付けて』、鏡合わせに同じ顔が向かい合う。
「で、どうする? 出て行った手前、何も無しじゃあ帰れないけど」
「任せろよ。考えがある」
ワタシには全部お見通し。こういうアドリブには慣れっこさ。同じ顔に耳打ちし、今しがた思いついたアイデアを打ち明ける。
「はあ……ぁあああ!? じょ、ジョーダンでしょ?」
「これが、冗談言う顔だと思う?」
「思わない。思わないけど……」
「お互い、心穏やかに高校生活したいだろ。同じ顔同士、協力し合うのが筋だと思うんだよね」
真っ赤な顔でNOを突き付ける、その様までぜーんぶね。
※ ※ ※
「おー、戻ったかお節介焼き」
「美少女二人はどーしたー?」
弱り果ててよろよろしながら、帰ってみれば友人どもに囃されて。
やばさを覚えてトイレと叫び、行ってみれば双方の怒りを股間にぶつけられ。俺って全くいいとこなし。痛みを堪えて探しに出たが、向こうは息を潜めて隠れていやがる。
一時間目を丸ごとすっぽかし、今頃連中はどうしているだろう。結局両人たちの問題で。俺はのけものでしかないって話。
(心配するだけ無駄なのか……)
俺がどうかしていた。案じたところで、何が変わるわけでもなし。然らば座して待つのが肝要。
「知らん。俺はもう知らん」
「何よ何何ー。むくれちゃってエ」
「苅野さんらに何された〜? や、むしろ、しちゃったかー?」
外野の声も既に遠く。俺の意識はとっとと涅槃へ。考えるのはもう沢山。早く眠ってやり過ごし……。
「あっ。しのの奴、帰って来た」
なんて逃避を許してくれる筈もなく。その声に飛び起きて、教室の出入り口に目を向けて見れば、チアキさまのご到着。こちらの気持ちも知らないで勝手なものだ――。
「わ。転校生も一緒だ」
「というか、どっちがどっち?」
や、や。ちょっと待って。金太郎飴みたいに同じ顔が後ろから出て来やがった。お互い見た目に外傷なし。
「ごめんね、ゆー姉。まさか辰巳高に来るとは思ってなくてえ」
「ううん。アタシこそ、びっくりさせようって気持ちばっかり逸っちゃってさ。もっと早く言っとくべきだったね。しのぶちゃん」
ゆー姉?
しのぶちゃん!?
セイ、セイセイセイ。なんだそれは、姉妹にでもなったつもりかオノレらは。
いや、もしかして『そういうこと』?! 同じ顔が居ても怪しまれないって、そういうこと!?
「し、しの。知り合いなの……?」
「んー。あぁ、言ってなかったっけ。親戚の稲森ユウちゃん。幼馴染で読者モデルやっててさ。昔っから憧れのひとなんだア」
ゴマすり全開。カワだけでなくネコまで被って、ニヤけ面で仲良しアピール。
「だからって、そっくりそのままはやり過ぎでしょ。見なよほら、クラスの子たち、びっくりしてるじゃん」
チアキの妄言に、向こうさんはナチュラルに乗って見せ。ありゃ強請られたもんじゃない。あいつまさか、交渉でこれを勝ち取ったワケ!?
「おいおい、何しょぼくれてんだよアズマくん」
「あれ見ろよアレ。二人の苅野さんがべったりくっつき両手に華だぜ?」
それ用法間違ってるからな。なんて突っ込む暇すらもう失せて。なんだよ畜生、心配して損した。
「ゆー姉。これからずぅっと一緒だねっ」
「なんだよぅ、いきなり尻尾振って来やがってー。愛いやつめ、このこのっ」
周囲からすれば血の繋がらない姉妹の久々の再会。仲睦まじいやり取りに見えることだろう。しかし事情を知る俺には解る。あの鉄面皮の下、ふたりして牽制の火花を散らしあっていることを。
仲間が出来たと歓迎すべきか? ヒトの股間を蹴り上げる奴だぞ。秘密の為とはいえ……。
「俺は知らん。もう何も知らん……」
考えども答えはまとまらず。だったらもう、おやすみなさい。
・ここのところの四編はここを起点として書き始めました。ヒトのカワを被ったヒロイン(?)と対局に居る人間ならこうだよね、と割と真面目に考えた結果です。




