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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー


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23/61

#21 これからもずうっと一緒だよっ

「今更何を驚いているのさ。全部お見通しなんだろ」

 片やカンペキな顔、片や『メッキ』が剥がれ、不細工極まりない素顔を晒したふたりが、互いの目を見て向かい合う。

「な、なによ……なんでよ……」

 いや。睨んでるってのは違うか。既に向こうの目は威嚇ではなく、人畜無害な草食獣めいて揺れている。

「やめてよ……そんな顔、向けないでよ……」

 じわじわと後ろに下がり、ドアノブに手を掛ける。さっきまであぁも威勢が良かったのに、急にブルブル震えやがって。

「逃げるのか」

「え」

「その顔を隠しておきたいなら、むしろ此処から出ない方が懸命じゃないかな。幾ら授業中だからって、誰かが出歩かないって保証は無いよ」

「う……」歯をぎりりと噛み締めて拳を握り、扉から二歩三歩此方に歩み寄る。ワタシの忠告を妥当だと判断したらしい。


「閉じ込めて……何するの」

 顔を見られたくないと、俯き不信に塗れた声で紡ぐ言葉。女は化粧次第で如何様にも変わるって話は真実だね。メイクが落ちる前と後ととじゃ丸きり別人だ。

「あんたの勝ち……。そう、あんたの勝ちよ。良かったわねオカマ野郎、アタシも強請るの? お仲間のでくの棒みたいに」

「ヒガシの奴に、聞いたのか」

「ええ。大体は」

 あの口軽め。幾らワタシと同じ顔だからって最重要機密をぺらぺらと。今度きっちりお仕置きしてやるからな。

 なんて与太は取り敢えず頭の隅に置いておいて。「"ボク"のことはもう聞いたろ。なら今度はお前が話せ。その顔は何なのさ」

「嫌だって、言ったら?」

「言える立場?」

 聞いては見たがって奴。こう返せば向こうが反論する訳がない。ユウは暫く間を置いた後、『この顔が嫌いだった』と話を切り出した。


「ヒトは外見より中身なんて言うけど、あんなの恵まれた人間の大ウソよ。外見が良くなきゃ、中身なんてそもそも見てもらえない。

 アタシは昔からこうだった。男からも女からもブスだオカメだって馬鹿にされて、いや……囃し立てられる方が良かったか。次第に皆の輪から外されて、気付いたらひとりぼっち」


 親近感が湧く話じゃないか。ワタシに付け入るための嘘? ならもっと大袈裟に被害者振るはず。

 これはきっと実体験。なんとなくそうだと思う。


「中学生になって、自分を変えようと思って、従姉妹のれいか姉に化粧を教わったの。アイラインを引いて、唇にリップを塗り、肌を覆って……。鏡に映る自分を見た時の感動は今になっても忘れない。

 気持ちよかったなあ。誰も彼もがアタシの方を振り向いて。読モの仕事も何度もこなして。ぱぁっとセカイが開けたんだ」


 どこかで聞いたことのある話。他人事だと思えない話。突っかかって行きたくなる訳だ。だって、こいつは……。


「解るよ」

「何がよ」

「何もかも。その気持ち、ワタシも同じだったもん」

 自分の顔が気に食わなくて。自分を変えたくて。偽って、目を背けて。その『顔』に縋るしかなくなって。

「それ、皆に秘密にしてるんだろ。バレたらまた『ひとり』になる」

「そうよ。だから、返してって」

 こいつの気持ちは良くわかった。同情してやりたくもなる。けれど……。


「駄目だ。この顔は渡せない」

「は、あ?」

「ワタシにはワタシの生活がある。捨てたら生きられないのは此方も同じ」

「ふざけないで。今更そんな道理が」

 そりゃま、怒るよな。立場が逆ならワタシもそーする。でもさ、流石にそこまで鬼じゃないよ。スカートのポケットを軽く弄り、中のものを押し付ける。

「ハイこれ」

「ナニコレ」

「見て解るでしょ。スペアのカワ」

 人生にハプニングは付きものだ。何があって駄目になるかは神のみぞ知る。使わなければそれで良し。あって困るものじゃない。携帯用のスペア、これが最後の一枚だ。

「は……はぁあ!? 何よ何これ馬鹿じゃないの!? なんでアタシにこんなのを!」

「こんなの、とは心外だな」その反応は予想通りだけども。「同じ顔した人間が、授業をサボって帰って来ない。騒ぎを起こしたくないのはそっちも同じでしょ」

「ぐぬ……」元々酷い顔が苦悶に歪み。「それは良い。解った。でも、だからってこれは」

「キミの顔だろ。被ればいい。イチから化粧し直すより手っ取り早いだろ」

「被れ、って」

 半信半疑ながら、ユウの目に納得の二文字が浮かんできた。自分語りで熱したアタマに、現状という冷たさがようやく滲みてきたらしい。

「これで、チャラにしようってワケ? 貸しにするから目を瞑れと?」

「さっきまでのキミなら、躊躇なくそうしたけどね」ヒガシが聞いたら、丸くなったと驚くだろうか。「別に許してもらおうなんて思ってないよ。好きに恨んでキレればいい。交換条件さ。お互い、心穏やかに暮らすためのね」

 ワタシはお前に手出ししないし、そっちも咎めようなんて思うなよ。提示した案はとってもシンプル。こっちは『ヒミツ』を握ったんだ。断れる訳がない。


「信用……出来ない」だいぶ譲歩してやったのに、お姫さまは今もなおむくれ顔。「あんたみたいにヒトのカワ被らなきゃ話せないひきょうものを、どうしてアタシが信じられると思うのよ」

「この状況でよくそんなこと言えるね」

 肝の据わった奴だ。ヒガシでさえすぐさま条件を呑んだというのに。

 黙って睨んで見るけれど、向こうの顔に淀みはない。信用させろとその目が迫る。

 しょうがない。お望みとあれば見せてやる。多分それが一番のクスリだろう。


「解ったよ。だったらさ……」

 うなじに両の四指を突き入れて、互い違いに引っ剥がす。鏡に目を向けぬよう、視線は前に、眼前の怯え顔をじっと視て。

「これでアイコだ。ボクと、取り引きする気になったかい」



「それが……。あんたの素顔」

「親以外は殆ど知らない。ヒガシ君だってね」

「だから、アタシの顔を?」

「同情は要らない。ずっとこうして生きてきた」

 引き攣っていたその顔に、ほんの少し喜色が差した。哀れみでも蔑みでもない笑みが、ユウの口元に現れる。

「は。は、は、は。そう……そういうこと。そりゃあ、カワが無きゃ話せない訳だわ」

 なんで『顔』を見せようと思ったか。ワタシ自身ちょっと自分に戸惑っている。自ら弱みを曝け出し、間抜けだなあと自嘲する。

「そっか。そうか。そりゃそうだわ。あんたのそれ、アタシよりひでーわ。は、は、は」

 でも、それが間違いだとは思わない。初めてだったんだ。同じ悩みを内に秘め、隠して生きる人間と出逢うのは。


「いいよ。乗った。もう返せなんて言わない」

「そう言うと思ってた」

 剥がしたカワを元通り被り、向こうもそれを『貼り付けて』、鏡合わせに同じ顔が向かい合う。

「で、どうする? 出て行った手前、何も無しじゃあ帰れないけど」

「任せろよ。考えがある」

 ワタシには全部お見通し。こういうアドリブには慣れっこさ。同じ顔に耳打ちし、今しがた思いついたアイデアを打ち明ける。


「はあ……ぁあああ!? じょ、ジョーダンでしょ?」

「これが、冗談言う顔だと思う?」

「思わない。思わないけど……」

「お互い、心穏やかに高校生活したいだろ。同じ顔同士、協力し合うのが筋だと思うんだよね」

 真っ赤な顔でNOを突き付ける、その様までぜーんぶね。



※ ※ ※



「おー、戻ったかお節介焼き」

「美少女二人はどーしたー?」

 弱り果ててよろよろしながら、帰ってみれば友人どもに囃されて。

 やばさを覚えてトイレと叫び、行ってみれば双方の怒りを股間にぶつけられ。俺って全くいいとこなし。痛みを堪えて探しに出たが、向こうは息を潜めて隠れていやがる。

 一時間目を丸ごとすっぽかし、今頃連中はどうしているだろう。結局両人たちの問題で。俺はのけものでしかないって話。

(心配するだけ無駄なのか……)

 俺がどうかしていた。案じたところで、何が変わるわけでもなし。然らば座して待つのが肝要。

「知らん。俺はもう知らん」

「何よ何何ー。むくれちゃってエ」

「苅野さんらに何された〜? や、むしろ、しちゃったかー?」

 外野の声も既に遠く。俺の意識はとっとと涅槃へ。考えるのはもう沢山。早く眠ってやり過ごし……。



「あっ。しのの奴、帰って来た」

 なんて逃避を許してくれる筈もなく。その声に飛び起きて、教室の出入り口に目を向けて見れば、チアキさまのご到着。こちらの気持ちも知らないで勝手なものだ――。

「わ。転校生も一緒だ」

「というか、どっちがどっち?」

 や、や。ちょっと待って。金太郎飴みたいに同じ顔が後ろから出て来やがった。お互い見た目に外傷なし。



「ごめんね、ゆー姉。まさか辰巳高こっちに来るとは思ってなくてえ」

「ううん。アタシこそ、びっくりさせようって気持ちばっかり逸っちゃってさ。もっと早く言っとくべきだったね。しのぶちゃん」

 ゆー姉?

 しのぶちゃん!?

 セイ、セイセイセイ。なんだそれは、姉妹にでもなったつもりかオノレらは。

 いや、もしかして『そういうこと』?! 同じ顔が居ても怪しまれないって、そういうこと!?


「し、しの。知り合いなの……?」

「んー。あぁ、言ってなかったっけ。親戚の稲森ユウちゃん。幼馴染で読者モデルやっててさ。昔っから憧れのひとなんだア」

 ゴマすり全開。カワだけでなくネコまで被って、ニヤけ面で仲良しアピール。

「だからって、そっくりそのままはやり過ぎでしょ。見なよほら、クラスの子たち、びっくりしてるじゃん」

 チアキの妄言に、向こうさんはナチュラルに乗って見せ。ありゃ強請られたもんじゃない。あいつまさか、交渉でこれを勝ち取ったワケ!?


「おいおい、何しょぼくれてんだよアズマくん」

「あれ見ろよアレ。二人の苅野さんがべったりくっつき両手に華だぜ?」

 それ用法間違ってるからな。なんて突っ込む暇すらもう失せて。なんだよ畜生、心配して損した。



「ゆー姉。これからずぅっと一緒だねっ」

「なんだよぅ、いきなり尻尾振って来やがってー。愛いやつめ、このこのっ」

 周囲からすれば血の繋がらない姉妹の久々の再会。仲睦まじいやり取りに見えることだろう。しかし事情を知る俺には解る。あの鉄面皮の下、ふたりして牽制の火花を散らしあっていることを。

 仲間が出来たと歓迎すべきか? ヒトの股間を蹴り上げる奴だぞ。秘密の為とはいえ……。


「俺は知らん。もう何も知らん……」

 考えども答えはまとまらず。だったらもう、おやすみなさい。

・ここのところの四編はここを起点として書き始めました。ヒトのカワを被ったヒロイン(?)と対局に居る人間ならこうだよね、と割と真面目に考えた結果です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] このタイプでスルーされがちな声の問題や体格の問題にきちんと言及されているところが好きです。 [一言] キリが良かったのでひとまず21話まで。 大変楽しく読ませていただきました……。 序盤で…
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