表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/61

#19 かえしてよ、アタシの顔!!


 ――アタシの姿で何してんの? 女装癖の変態オカマ野郎。



「やめろって……言ってんだろ!」

 もう、なりふり構っていられない。スカートに忍ばせた制汗スプレーを掴み取り、アイツの元へと全力ダッシュ。

「やっぱ、そう来る?」

 けれど、ワタシの手は何も掴めずにすり抜けて。前のめりに突っ張っている自分がいて。そうか、足を引っ掛けられたのか。上体を横に反らして躱し、交錯するワタシを転ばせて――。

「ひきょうもの。どうせそうだと思ってたわ」

 転がるスプレーを蹴っ飛ばし、稲森ユウはワタシを仰向かせ、馬乗りになって体重を掛ける。

「やっぱり。ここから色が違う」

「ちょっ、何してんだよ」

 淡い桃色のネイルがワタシの首に食い込み、徐々に顎まで迫って来る。待てよ待て待て。これって、まさか!

「あんたのその顔、学校中に拡散させてやる。そのマスクを引っ剥がした上でね!」

 クソっ、糞糞糞糞糞糞ッ。ふざけんなクソ女。そんなこと絶対にさせない。膝でスカートの上から奴の尻を突き、自由になる両手で向こうの顔を鷲掴む。

「痛ッ、手ェ離せケダモノ。アタシの顔に触るなっ」

「そりゃあワタシの台詞なんだよ。はーなーせーよーっ」

 カワの奪い合いはチカラ任せの暴力へと変容。ユウはワタシのこめかみに三本線の傷跡を残し、ワタシはユウの柔い唇に指を突っ込んで、死ぬ気で口角を引き伸ばす。


「この顔はアタシに与えられた、アタシだけのものなんだ。あんたみたいな変態には絶対に、渡さないッ」

「けっ、何が読モだ。みっともなく口から血ィ流してさ。もう二度と表舞台には立てなくしてやるッ」

 一進一退。互いに退く気はまるでなし。なら見せ付けてやるしか無い。ワタシに逆らえばどうなるか、その身を以て!

(さっきのスプレーで終わりだと思うだろ)

 右で爪を立て、左でワタシの後頭部を固定する稲森ユウ。動けないからと守りを捨てたその姿。甘いんだよバーカ。左袖を振って四角いハンカチを手に取り、開きっぱなしの口元に押し付ける!


「ん!? あが! ん、んーっ!?」

 薬品の染み込んだハンカチを『吸い』、両腕のがっちりホールドが僅かに緩む。そのスキに横回転で身体を入れ替えて、文字通り立場を逆転してやった。


「違う、違う違う違う! これはもうワタシの顔だ。お前に指図される筋合いなんてない。ワタシの! ものなんだッッ」

「手前勝手な、理屈をおおおおおっ」

 この期に及んでまだ止めないか。ワタシの『顔』を半分以上も剥がしやがって、何がそんなに気に入らない。悪いことなんてしていないのに。ワタシはただ、皆にチヤホヤされたいだけなのに。

「ふ、ざ、け、ん、なあ、あああああ」

 苦し紛れと放たれた膝蹴りが、ワタシの股の間に不意打ちヒット。いい加減にしろよもう。お前なんて……。

 えっ。ちょっと待って。股の間? それってつまり、つまりつまりつまま、まま。

「い、痛っううぅあああっ」

 股を、開いていられない。脚ががくがく揺れて下腹がひくひくする。畜生この女ア、なんてことを!

「認めなさいよ。あんた、やっぱり男じゃない」

 ボクの傷口に塩を塗り込むように、稲森ユウが得意気に言ってのける。

「アタシはね、自分偽ってヒトを騙すやつが一番キライなの。どんなに顔を変えたって、あんたが男であることからは逃げられないの」

「違う」

「違わない」

「そんなわけ」

「いい加減、認めろ」

「ぼくは……ボクは……」

 崩れてゆく。信じていたものが。これでいいと思っていたものが。

 現実が荒波みたいに押し寄せて。ボクという歪みを呑み込んで。

 いやだ。いやだよ。ボクが『ワタシ』じゃなくなっちゃう。

 助けて。

 怖いよ。

 救けて。

 お願い……、だから……。



「セぇイ、セイセイ! 何やってんだよお前ら!」



 歯噛みして涙を堪えるその最中、見知った声が背中に響く。どうにもならないこの瞬間、胸中で救けを願ったあの声が。


「ヒガシ君」そして同時に、同じ顔をした人間を押し倒しているという事実に思い至る。

 彼はやさしい。ボクにとっての共犯者。けれど彼は、理由はどうあれ、女の子を押し倒し、乱暴を働いた『ワタシ』に温情を与えてくれるだろうか。


「チアキ。お前、一体何やって……」

「ああ、あう。うう」

 駆け寄って来たヒガシと顔を合わせ、覆い被さる稲森ユウを解放し、ニの句も告げず言葉にならない声、声、声。

「何やってるんだって聞いてるんだよ。幾ら『ホンモノ』が現れたからって、押し倒してどうしようっていうんだお前は」

 やめてよ。やめてくれよ。なんでキミまでそんな顔をするんだ。ボクは、ワタシは、ぼくは。


「違う。違うんだ。僕は。ボクは。ぼくは!!!!」

 もう、同じ場所で目を合わせていることすら出来ない。歪んだカワを引っ張り戻し、もつれる足でこの場から逃げ出した。どこへ? 二人がいないどこかへと。



※ ※ ※



「あいつ……。なんで逃げ出すんだよ」

 イヤな予感がビビッと的中。チアキとこの転校生は水と油みたいに反発し、結果双方痛み分け。

 しかも向こうさんは何も言わずにスタコラサッサ。当人らが何を話したか、それは二人にしかわからない。

「ええと、稲森さんだっけ。大丈夫?」

「チアキ」

「はい?」

「今あなた、アイツのことを、チアキって」

 ああ。そこまで織り込み済みってわけね。彼女の目に敵意の色が宿る。

「知り合い? 友達? 共犯者? あいつがあんなことしてて、あなた目を瞑ってたってこと?」

「セイセイ。少し落ち着けっての」面と向かって話した以上、こうなるとはわかっていたが。

「質問は一つにまとめてくれ。全部は無理だ」

「解った」稲森は急に冷めた目と声で応を返し。「じゃあひとつ。あなたは奴にとっての何」

「キミの挙げた単語で言うなら……」友達、と言いたいが、多分納得はしないだろう。「共犯者、みたいなものかな。弱み握られて、迂闊なこと話せない系の」

「へェ」

 どうやら、この説明で納得してくれたらしい。が……。

「それなら、アタシと似通った境遇って訳よね。話してよ。アイツのこと、キミのこと。これまでの全部」

「うむむ」

 そうなれば、必然的にこうなるか。あいつにゃ固く口止めされているが、相手が相手だ。許せチアキ。


(しかし……)

 これが、苅野忍の本来の顔の持ち主・稲森ユウ。見知ったチアキと同じ顔なのだが――。


「何よ」

「あっ、いや。なんでも」

 鼻の下から顎先に出来た『シミ』、いや、染みって言うのか? なんというか、他のとこと色の感じが妙に、違うような――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ