#11 ミヤナギ・マホという女
しばらくの間縮小運転中。毎週の切れ間に迷っております。
「あら。まだ居たんだ、まなみちゃん」
ひとりステージ脇に立ち、何をするでも無く黄昏れる辰巳高チア部リーダー、美柳真帆。
ここに来たのがワタシだったのに驚いたようだけど、直ぐに居住まいを整え、いつも通りの笑顔を向ける。
「練習お疲れ様です。明日は本番、私、楽しみ過ぎて眠れるかどうかっ。先輩の演技、滅茶苦茶楽しみにしてますからっ」
などと、世辞を交えて話題作り。キッカケなんてどうでもいい。何を話すにも、向こうが乗らなきゃ始まらない。まるきり素人みたいな顔をして、取っ付きやすい単語を端々に混ぜてやる。
「それは、ちょっと買い被り過ぎかもね」
何に乗ったか知らないが、向こうの重い口が僅かに開いた。
「私が私でいられるのは皆が居てくれるからだもの。私一人だけじゃないわ」
「え……」
妙だな。聞いた話じゃ、「皆は美柳先輩が居てくれるからって」
「知ってる」先輩は目線を床から体育館の先に伸ばすと、「私が、皆の重荷になってることもね」
向こうは先輩に居なくなるなといい、此方は自分は重荷であるという。食い違っちゃいないが、何故だか会話が噛み合わない。
「長年センター張ってるとね、言葉を交わさなくても解るんだ」先輩は遠くを見たままそう呟き。「なんて言うのは半分ホントで半分冗談。チームの皆には、内緒にしてくれる?」
「は、あ」
矛盾している。ワタシみたいな部外者に毛の生えた人間に、口外無用の話をするなんて。
などと突っ込めば、話はそこで終いになる。ここは堪えて小さく頷き、美柳先輩の言葉を待つ。
「みんな、辰巳のカンバンを背負えるくらい成長してるのに、私に引け目を感じて縮こまっちゃって。同世代が先に抜けちゃったからかな。大丈夫だよって褒めても、私の口からじゃ本気と取ってくれないの」
なんとなく、ぶすくれる後輩たちのキモチが分かって来た気がする。先輩としては激励のつもりだったんだろうけど、県内屈指のセンターって肩書きが重なれば、それはもうただの世辞だ。自信を付けて一本立ちさせるどころか、余計な不安を植え付けているだけだろう。
「だから、一抜けすることに決めたの。荒療治だけどさ、ウチのチームが前に進むためには、ずっと一人に縋ってるべきじゃないのよ」
「そう……だったんですね」
(こいつ、本質的にナルシストだな)
格好いいこと曰って、どこまでも自分本位で。友達に居たら表面上親密なれど、裏では陰口叩かれてるタイプと見たね。
自分に酔うのもいい加減にしろ、と突っ込みたくなるキモチと葛藤していた頃だろうか。話は『でもね』と続き、こちらも訊く態勢を整える。
「本題はこっち。いつもシューズで隠してるんだけど……」
言って靴紐を緩め、美柳先輩はソックスの下に隠れた足首をワタシに見せ付ける。成る程、これが突き放しとラストステージの真相か。
たった一度演技を終えただけだと言うのに、美柳真帆の右足首は朱に染まり、時折ぴくっと脈を打っている。
「三年間、学校と部に尽くして来た結果だよ。痛み止めで誤魔化すのももう限界。医者からはチア止めるか、一生松葉杖って二択を迫られてる」
(ふう、ん……)
練習にしては気合いが入ってると思っていたけれど。成る程、終わりを決めてそれまではって歯を食いしばってたワケ。
「なんで……。他の子たちに相談しないんですか?」
気に入らない。なんかちょっと、気に食わない。
「言えるわけないよ」美柳真帆はまたも俯き。「私が居なきゃって不安がってる子たちだよ。これ以上、心配させたくないんだ」
「既にガチ心配ですよ」もやっとしていた何かが熱を帯び、"演技"に徹していられない。
「先輩が皆を思いやるキモチはわかります。でも、何もかも言わなきゃ伝わらないんですよ」
ああ、まずい。まずい。ワタシが『私』でいられなくなっちゃう。
「自分可愛さに目ェ瞑って耳を塞いで。あの子たちのキモチ、ちゃんと考えたことあるんですか? 向こうの辛さ、それで考えてるって言えるんですか!?」
葛葉まなみのフリをかなぐり捨て、ナマの感情を呆けた顔の美柳真帆に叩き付ける。
ナンデ? そんなのワタシが知りたい。ただ、なんだか癇に触ったのだ。解ってくれるヒトが居るのに、何も言わず黙っているコイツの姿が。
ボクには、そんな機会、与えられなかったっていうのに。
「言いたいことは解る……。分かるよ。けどまなみちゃん、キミは今日入って来たばかりでしょ。なのに、何もかも分かったような口振りなのは」
「ナンですか! ワタシですか! ワタシが悪いと仰りたいのですか!!」
いや、そうじゃないなんて弱気な弁解など知るか。沸き立つ怒りか止まらない。
「あぁそうですかそうですよ。先輩からみればボクは外様もいいとこ。そんな奴の言うことなんて必要ないですもんね」
でもね、ボクは自分に正直になれないヒトなんか大嫌いだ。センターが辛いならとっとと下りてしまえばいいだろ。悩んで迷って決めたフリして、その実誰も喜ばない結末に、自分自身酔い潰れりゃあいいさ。
あは。言ってやった。言ってやったぞ。ざまあみろナルシストのチアリーダー。お前なんてワタシにかかれば全ッ然凄くないんだからなっ。
「ねえ、まなみちゃん。キミさ……」
「はい?」
「今、その……『ぼく』って、そう言った?」
「ふ、え!?」
思いの丈をぶつけてスッキリした。したのはいいが、ヒートし過ぎて自分が今、葛葉まなみというキャラを演じている最中だってことを失念していた。
声はひどいダミ声だし、赤渕の眼鏡は振り捨ててステージの下。一番最初に纏っていた庇護欲をくすぐる雰囲気なんてどこにもない。
まずい。
やばい。
まずやばすぎる。
考えたところで妙案は浮かぶわけもなく。美柳先輩の目は不審の色を強めている。打つ手なくこの場に居座るのは悪手極まる。
(どうする……どうしよ……?)
発想を、逆転させろワタシ。考えても浮かばないというのなら。考えるのを、やめればいい!
「すみません、ワタシ今日これから塾があるのでっ! 失礼しまあああああ」
「えっ?! ちょ、ちょっとまなみちゃん!!」
まだ話したいことが、という先輩の言葉を振り切り、全力疾走でステージから遠ざかる。
もう追ってこないかな。追ってこないよね? 日の落ちた住宅街で周囲を見回し安全確認。
「屈辱……。屈辱屈辱屈辱屈辱屈辱屈辱屈辱屈辱屈辱屈辱屈辱屈辱ぅ〜〜〜〜ッ!!」
ムキになってナマの感情をぶつけてしまったのは自分の手落ちだ。それは理解している。けども、ドツボに嵌ってキャラを忘れ、『ボク』と聞き返されるなんて。あり得ないポカミス。なんという失態。
「それもこれも、全部。あいつのせいだ……」
美柳真帆。手前勝手な都合で他を惑わし、不安ばかりを植え付けんとする人気者め。もうヒガシのことなんか知るもんか。復讐してやる。この屈辱をやつにも味合わせてやるんだ。
「辰巳高不動のセンター、美柳先輩。そんな人がラストステージで派手にすっ転んでしまったならば、皆何て思うだろうねぇー?」
待っていろよ美柳先輩。ワタシから去り行くあんたに餞別をくれてやるよ。
「とっておきの、やつをさ……」
うひ。
うひひひ。
うひひひひひひ。




