#0 プロローグ・踏切前にて
この度は拙作をご覧いただき、誠にありがとうございます。
本章は本編に入る前、拙作の性格を2500文字ほどで大まかに表したものです。
以降読まれるかどうか、合うか合わないかの指標としていただければ幸いです。
※ ※ ※
『ヒガシ』。明日の日本史中間考査、勉強してる?」
「今、改まってそれ聞くか? どうせ答えは出てるんだろ」
「まぁねー。そんなことだろうと思った♪」
「じゃあなんで言わせた」
「勿論、その自信無さそげな顔が見たかったからさ。どもどもー、あざぁっす」
「お前……」
銀のミディアムショートを蠱惑的に揺らし、誰もが見惚れるその顔でにかりと笑う。
紫紺のジャンパースカートに黒のボレロを上品に羽織ったその姿は、美しい髪色と相まって、傍目にはとても魅力的に映ることだろう。
『チアキ』はいつもこうだ。意味もなく俺をからかって、無愛想な俺から色んな表情を引き出そうとする。
同じ高校に通い、同じクラスで勉学を共にする間柄。片やクラスの日陰者、片やクラスの人気者。こうして肩を並べて歩いているだけでも、同級生は疑念の目を向けることだろう。
なんでそんなヤツとこんな親しげに話をしているかって? それはあんまり話したくない。キライとかそういうわけじゃなく、色々込み入った事情がある。そういうことだ。
「こら、ぼーっとしてんな。踏み切り・踏み切り」
「お、おう」
物思いに耽ってて、危うく人身事故の被害者になるところだった。チアキに襟を掴まれて、遮断器の一歩後ろに引き下がる。
「ホント、ヒガシはワタシが居なきゃ駄目なんだから。注意力散漫すぎーっ」
「『わたし』って。お前そんなガラじゃねぇだろ」
「ガラなの」ヤツの端正な顔立ちに、幾らかの怒気が帯び。「いい加減認めてほしいな。自信無くす」
「嫌だね。絶対に褒めてやるもんか」
ヒトは誰しも他人に語れぬ秘密を持つイキモノだ。そこを攻められると誰だって腹が立つ。取り分け、チアキが持つそれは強力だ。それを知っているからこそ、俺はこうしてこいつと肩を並べているわけなのだが。
「あ。あれ、三橋じゃない?」
「うん?」
沸点が低いのか、忘れっぽいんだか。チアキの目は俺ではなく、向こう際で電車の通過を待つクラスメートの方へと向いていた。
「おうおう、隣のあのひとは……。隣のクラスの西ノ宮さん」
薄っすら赤髪に、いつも冷ややかな目で人を見ているクールビューティー。隣にいるこいつとは別ベクトルで俺たちの学年の人気者。同年代のオトコになびくとは思ってなかったのだけどなあ。まさか、三橋みたいなのとくっつくなんてよう。
「くっそぉ、この距離じゃ声が聞こえねえ」
「ね、読唇してみせようか?」
「出来るん?」
「それくらい、ラクショーよ」
隣り合うふたりに目を凝らし、たどたどしい唇の動きを追う。まるで忍者かスパイかってなもので、チアキはその単語に逐一頷きながら、意味を理解し反芻している。
「『西ノ宮さん。ぼくと、付き合ってくれませんか』、『ダメよ三橋くん。私には心に決めた大事なヒトがっ』『いいじゃないか。昔のオトコなんて、ぼくが忘れさせてやるよぅ』『ちがうの。違うのっ。私が好きなのはカレじゃなくて』」
「ちょっ、ちょっと待てぃセイセイセイ」
俺は読唇を頼んだんだ。だのに芝居かかるのはノーサンキューだぜ。
お前のその『声色』じゃ無駄に芝居かかってて、あのふたりが本当に喋ってるみたいでやたらと怖い。
「なんだよぉ、これからがいいとこなのに」
「読唇で話を盛るんじゃないよ。真実を伝えろよ真実を」
「けーっ。つまらないの」至極まともな回答をしたはずなのに、向こうは頬を膨らませ、あからさまにむっとして。
「真実なんてどうでもいいでしょ。今キミが見ているもの。それがホントのことなんだよ」
「俺と同年代があの西ノ宮さんとくっつこうってしてるんだぞ。これが放っておけるかよ」
「ちぇ……」
珍しいな。こいつが諦めて引き下がるなんて。いやいや、そんなことはどうでもいい。
西ノ宮さんだ。三橋なんてやつになびくなんてあり得ないだろ。絶対裏があるに決まっている。
何だ。何が狙いだ。何を思ってその隣に、いぃいいっ!?
――だーかーらっ。ワタシは三橋君なんてどうでもいいの。あなたが此処に居てさえくれればね♡
「うっ、お、わぁ!」
遠目に見ていたその人が、俺のすぐ隣で蠱惑的に微笑んでいる。ドッペルゲンガー? 分身の術? 違う、ちがう。こいつはコイツ。チアキの悪質な”いたずら”だ。
最早見慣れた光景ではあるが、それでも不意打ちされると背筋が凍る。声はもとより、雰囲気も、息遣いでさえホンモノと同じなのだから。
「お前、構ってもらえないからってタチ悪いぞ」
「ふふふのふ。どうよ? どうよ? あんな子より、ワタシの方がカワイイでしょ? でしょォ?」
「スカートの下にとんでもないもんぶら下げといてよく言うぜ。バレて困るのはお前だろうが」
春先にポカミスでよりにもよってこの俺にバレたってのに、コイツの危機感はどこへ行った。親の胎内にでも置き忘れて来たってのか。
「ヒガシも頑固だなあ。”ボク”が女の子だって認めてしまえば楽なのに」
「馬ぁ鹿。誰がお前なんて認めてやるもんかよ」
「けけ。言ってろ」
普段は女の子らしい優しい声なのに、俺と話すときだけトーンダウンしダウナーな声。これが懐いてるってのはわかる。友達として気の置けない仲なのは否定しない。
けど、喜んでいいんだか悲しむべきか、変態だって糾弾すべきか。反応に困るだろ。
「ね。今日もヒガシの家に行っていい? 新しいの仕入れたからさ。ちょっと”試着”したくてえ」
「ホラー映画の真似事なら自分家でやれ。あれごまかすの大変なんだぞ。見られたとき、お袋が毎度毎度難しい顔しちまって……」
「あっ、それいいね。だったらもう開き直って告白しちゃおっか。どもどもお母さまぁ。ワタシが息子さんの七番目の彼女でーす。なーんて★」
「やぁめぇろぉ! まじでやぁめぇろぉ!!」
踏切が上がり、向こうさんも気付かないまま、俺とこいつの時間が過ぎてゆく。
これが、俺の日常。こいつのせいで『ふつう』からすっかり外れてしまった、俺の日常。
・『俺の彼女は《カノジョ》じゃない』