胸糞貴族に粛清を
前回の続きになっています。
気になる方はまずそちらから
外の群衆がざわつく。
それによりいち早く冷静さを僅かに取り戻した王子が、護衛達に唾を飛ばしながら命令をかける。
「だっ、誰だお前は!
何をしている貴様ら! さっさと奴を捕まえい!」
その言葉を皮切りに、周りの護衛――もといチンピラ共がかかってきた。
だが問題ない。
「ぐえっ!」 「ぐあああ!」 「うわああ!」
椅子から立つこともせずに対処する。
剣が振られれば手首を掴んで投げとばす。飛び掛かってきたら顔面にパンチを食らわせて、まだ遠くにいる奴に投げ飛ばす。
10人程度は居たかな? だがチンピラ相手ならこの程度は朝飯前だ。
呻きながら地面に転がされる自分の護衛を見ると、王子はガタガタと震えて懇願してくる。
「ななな、なにが望みなんだ! 金か!? 地位か!?
ある程度なら用意しよう! だから命だけは……」
「生憎と金も地位も間に合ってる」
俺はそう言ってマントのフード部分を取った。
現れた俺の顔を見ると、王子は驚愕で顔を塗りつぶす。
「あ、貴方は……!」
「まさか忘れちゃいないでしょ? なにせ私は王子に懇意にしているのだから」
「当たり前ですとも勇者様! 貴方様を忘れた事など……
そそ、そうです! この店が私の事を無下に……」
店の外がざわついている。
勇者が突然現れたことに驚いているのだろう。それを利用しようとしたのか、この王子は俺の目の前でまたそんな戯言を吐いた。
全く持って……
「不愉快だな」
「そうでしょう! ほらみろ店主! わかったらさっさと「不愉快なのは貴方だ。王子」――え?」
何を血迷ったか、こいつは未だに俺が味方してくれると思ったらしい。
丁度いい。こう言う奴は一度痛い目を見させねばならない。
「この前のオークロード退治。 あれって実は勇者を呼ぶまでの魔物でも無いんですよ」
そうだ、何故この王子を見て名前が出てこなかったか。なおかつオークと呼ぶことにしたかがわかった。
俺がこの王子から依頼された内容は、二足歩行のでっぷり太ったイカツイ豚退治だったんだが、王子と初めて顔を合わせた時にそのでっぷり太った体を見て思わず、
(お前がオークじゃねぇか!)
って心の中で突っ込んでしまったからだった。
それ以降コイツの名前が全く入ってこなかったんだよなぁ……
と、そんな記憶を掘り起こしている最中も、口をあんぐり開けたまま王子は固まっている。
見るに堪えないオーク顔だが、口を挟んでこないなら面倒が省けていい。
「オークロードはギルドの認定ではAランク。しかもその中でも最弱の部類です。
この街に居るAランクパーティーでも十分過ぎる程に対処できる、お小遣い稼ぎ程度の魔物なんですよ」
「えっ……」
「貴方は『私の軍では歯が立たない強力な相手』と言っていましたが、それは貴方の軍が弱すぎるだけです。
あのような烏合の衆を軍と呼ぶこと自体がお粗末極まりない」
俺が矢継ぎ早に述べていく事実を受け止めきれないのか、王子は放心した様子で俺を見てくる。
そう言えばこの世界のランクについてまだ説明してなかったな。
この世界におけるランク指定はF~SSまであり、それを飛びぬけた存在をEXと認定することもある。
それ以上は知らん。が、魔王は規格外と呼ばれてるそうだ。
で、Aランクってのは人間であれば才能のない人間でも、努力し続ければたどり着ける領域とされている。
つまり大した問題ではないって訳だ。
もっとも個体としてではなく、集団として見た場合ランクは上下するものだが、それでも今回のオークロードはAランク。ただのボッチだった。
これらを理解していただいた上で、王子に告げる。
「そうそう。 今この周辺にダイヤモンドゴーレムって魔物が出現しているんですよ。情報によると取り巻きが百体も居るとかって話でしたね。
ここまでなると……推定ランクはssって所ですかね?」
「ss!?」
実はこの王子が治めている土地はここからさほど遠くない場所にある。
コイツがビビるのも無理はないだろう。 ゴーレム種の厄介な所は体力という概念がほぼ無いので、体内魔力の続く限り昼夜問わず動き回ることが出来る事なんだ。
で、この街には俺が居て、もしここで俺がゴーレム共をけん制し続けたらその矛先は……という訳だ。
もっともそんなめんどくさい真似はしないし、そもそも陰険すぎる。
だが今のコイツに思考力なんてあって無いようなものである。
「勇者様! どうか我が領地を再びお守りください!
さすればまた我が領民も……」
性懲りもなく頭を地面に擦り付けながら、いわば土下座をしながら俺に懇願してくる。
だが残念だな、
「はて? 領地? 領民? 何の事でしょう?」
「へ……? ――血迷いましたか勇者様! 我が領地を! 領民を! 見捨てるのですか!!」
「王子。 いえ、元王子。
貴方にはもう領地も領民も居ませんよ」
またも王子が固まる。
頭から抜け落ちているんだろうな、この国にはこんな法律がある。
「領主の権力の不当な行使が発覚した場合、その内容と回数によっては左遷。最悪の場合権力の剥奪が行われる」
「な、私が、一体何を……」
「前回の私達への依頼、必要以上の戦闘力の行使とみなされますね」
「なっ! だって、依頼を受けたのはそちらではないか!!!」
「私達は立場上断れないんで」
そう、勇者の穴とも言える国の貴族に対する協力姿勢。
だが場合によってはこんな使い方ってできるのだ。傍から見たら強制労働みたいなものだからな。
「それと、この店の営業権利を侵し、迫害したこと。
これは周りの皆さんも証明してくれるんじゃないですかね?」
そうだそうだ! という声が群衆から上がる。
こう言う時の民意というものほど心強いものは無い。自分達が圧倒的に有利な立場であれば、彼らは容赦なく民意を主張してくれる。
「さてどうしましょう。 これは大変な事になってしまいましたね」
「だ、だが……左遷程度だ……そうだ! この程度じゃ左遷が限度だろう!
フヒヒ、さぁ勇者様! まだ私が貴方に依頼する権利は……」
「あいたたた……あれ? おかしいな、手が痛む」
「……?」
やや棒読みで痛がる俺に元王子、もうめんどくさいから豚でいいや。
豚が訝しげに顔をしかめる。
「あぁ、先程元王子の護衛さんに襲い掛かれたからだー
イテテテ。 これはもしかしたらゴーレム退治できないかもー」
大きめに言った俺の言葉が聞こえたのか、群衆がまたも騒ぎ出す。
「ふざけんなよ! お前のせいで勇者様が怪我したじゃねぇか!」 「そうよ! どうしてくれるって言うのよ!」 「なんだったらお前が行くかぁ!?」
「あぁ、そうだ、それもいいかも知れませんね。確か魔王を討伐するとか言ってましたし、ついでと言っては何ですがゴーレムも討伐してくれませんか?」
「な、な、な」
わなわなと震える豚がついに強行に出てきた。
「ふざけるなぁああああぁぁぁああ!!!!」
ドムンドムンと贅肉を揺らしながら走ってくる。が、おっ、遅い。あまりにも遅すぎる。
かなり余裕のあった俺はゆっくりと立ち上がり、転がった護衛の剣を拾いあげ、
「えい」
ゴッと鈍い音がして豚が倒れる。
なんてことは無い、剣の柄で頭を小突いただけだ。
「勇者への暴行行為ほう助と暴力行為未遂。 文句無しで権力の剥奪ですね。
お疲れさまでした」
すると外の群衆から大きな拍手が巻き起こった。店の人間も涙ながらに礼をしてくる。
いささかオーバーな気もするが、これも勇者ならではという事だ。
「あーあ、串焼き、もう冷めちゃったな」
手に持った串焼きは明らかに熱を失っていた。
残念に思いながらも、残りをつまみながら外に向かう。
「お、冷めても美味いなこれ」
拍手で迎えてくれる群衆にもそれを伝える。
「この串焼き、あの屋台で買ったんだが冷めても美味い。
ぜひ皆も食べてみてくれ」
そう言い残して遠くの家の屋根まで瞬間移動(に見えるほどの速い動き)で乗り移る。
すると俺を見失ったものの、先程の言葉通りに皆は串焼きの屋台に殺到していった。
「うおおおおお!? なんじゃこりゃ! なんでこんな急に人が!?」
店主のおっさんの嬉しい悲鳴が聞こえてくるようだった。なによりなにより。
さて、後は……
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後日、王城の一室にて、文官宛てに一枚の報告書が届けられた。
「失礼します、マルク様より報告書です」
「ご苦労」
それだけ言うと、報告書を持ってきた兵士は頭を下げて退室していく。
「何々……?」
報告書の中には、豚……もといヴェタ王子についての報告が記されていた。
『ヴェタ=クリソーツ王子
彼は不当な権力の行使を度重ね行い、我らが国民に多大なる不利益を与えたために、勇者として与えられた資格を用い罰した。
権力の剥奪などの細かい審査に関しては、王に委ねる事とする。
主な罪状は……』
等の事が書かれていた。
そして、
『念の為ヴェタ王子の住居等も調べた。 住居にはメイドや執事らが居ただけで、彼らが王子の同様な振る舞いをしていた訳では無い事は分かっているので、次の仕事場の斡旋をして頂きたい。
その他は……』
「特に異常無し、と」
彼に渡された報告書の中には、奴隷の事――ましてや魔族の女の事など、一文字も書かれてはいなかった。