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花は君のために  作者: 須田昆武
Season2~ラブコメ編
95/132

訪問 /その2

関連話《番外編 青葉七色という男》



「お邪魔します」


「ど、どうぞ……」


「これ、手土産を持ってきたの。お家の人に渡そうと思って。……あれ?今日はお家の人いないの?」


「あっ、き、今日は急な用事があるみたいで!ほんと偶然、偶然いないみたいなんだよなー!」


「そっかぁ。それは残念」



 ――――言えなかった。今日両親が留守だということを、俺は雨音に今になるまで言えずにいた。だって、もし家に二人きりっていうのが分かってさ。雨音が何かを警戒して、やっぱりやめるなんて言われたらショックだし。そんな状況での外泊なんて、雨音の父親も時音さんも認めないだろうし。

 雨音を騙すつもりはなかったけれど、結果的に嘘をつくことになってしまった。心が痛い。



「また今度、ご挨拶できるといいな。そういえば私、七色の家に来るのはこれで2回目だね」


「そ、そうだな」


「あ、猫のにゃーちゃん。お久しぶり。にゃーちゃんのおやつも持ってきたよ。おいで〜、あ!来てくれた!」


「……にゃあはもう雨音に懐いたんだな」


「もう初対面じゃないもんねー。今日はよろしくね、にゃーちゃん」



 雨音はそう言って、擦り寄ってきた我が家の飼い猫、にゃあを撫で回した。にゃあは機嫌が良さそうに喉をゴロゴロと鳴らしている。

 ……そう、この会話のとおり。実は過去に1度、雨音はこの家に来たことがある。それは俺たちが出会って間もない頃のことだった――――




♢♢♢♢♢




「37.8度、風邪ね。今日は休んで寝てなさい」



 体温計の数字を見て、俺の母……青葉真理(あおばまり)はそう言った。おそらく、昨日突然の大雨に降られた後濡れたまま着替えもせずにいたのが、めったに風邪を引かない俺が熱を出した原因だ。



「……学校には行く。俺、一応皆勤狙ってるし」


「行くだけ行って、授業はサボりまくりの癖に何言ってんの。素直に休んでさっさと治しなさい。あ、ちなみにあたしは面倒みてられないからね。今日は婦人会とかで忙しいし。マサくん、ナナくんのこと頼んだわよ」


「はーい……って言っても、見たところただの風邪だから。薬飲んで安静にしてるしかないね。一応、診療が終わったら早く戻ってくるよ」



 マサくんと呼ばれているのは、俺の父の青葉政宗(あおばまさむね)だ。家のすぐ裏側にある診療所で、内科医をしている。



「ガキじゃないし、風邪くらいどうってことないって」


「そうかなぁ。七色はめったに病気しないから、少し心配だよ。ね、にゃ〜ちゃん」


「学校休むからって、一日中ゲームしちゃダメよ。ナナくんがちゃんと寝てるか見張っててね、にゃ〜ちゃん」



 両親はうざいくらいに猫を撫で回し、その後バタバタとそれぞれ支度をして出かけて行った。



「…………やばい、ぐらぐらする」



 熱くらい大したことないだろうから、俺も準備をして登校しようとしたけれど。日頃の睡眠不足も相まっているのか、体がだるくて思ったように動かない。


 ……仕方ないので、母親の言うとおり今日は学校を休もう。学校に欠席の連絡を済ませて、俺はさっさとベッドに横たわった。



 …………そういえば。雨音は、大丈夫かな。あの時は雨音も一緒だった。俺みたいに風邪、引いてないといいんだけど。あ、でも雨音はすぐ着替えたから、問題ないか。雨音、なんか風邪とか引くイメージないもんなぁ。


 ぼーっとする頭で、そんなことを考えていたら。いつの間にか眠くなって、俺はにゃあに見守られながら深い眠りについた。




♢♢♢♢♢




 それから。俺が目を覚ましたのは夕方になってからだった。寝すぎたせいで頭が痛いのか、風邪のせいで頭が痛いのかよく分からない。


 ……とりあえず、腹は減った。何か楽に食べられるものはないか……冷蔵庫を漁るためにキッチンに向かうと、ピンポーンと来客を知らせるインターホンが鳴った。



「誰…………カズか…………?なら、勝手に入ってくればいいのに……」



 隣の家で幼馴染のカズは、俺が風邪で休んだ時なんかはいつもプリントを届けに家にやってくる。あいつは俺の家の合鍵の隠し場所やら部屋への侵入経路やらを知ってるから、勝手に入ってこれるはずなんだけど。……カズじゃない?じゃあ、宅急便か何かか。


 だるいな、と思いながら玄関の扉を開けると。そこには、予想外の人物が立っていた。



「こんにちは」


「雨…………音…………?えっ、何で。どうして家に?」


「七色が風邪でお休みって聞いて。心配で、お家の場所を教えて貰ってここまで来たの。はい、これ。学校からのお便りと、水分と、消化に良いもの」



 雨音はそう言うと、プリントの他に、水やらゼリーやら食品やらが入ったビニール袋を俺に手渡した。えっ、わざわざ来てくれたの?俺を心配して……?



「あ、ありがとう」


「熱は下がった?」


「ちゃんと寝たし、もう大丈夫だと思うけど……」



 雨音は、何を思ったのか。急に近づいてきて俺の額に手を当てると、真正面から俺の顔をじっと眺めた。雨音の少しひんやりとした体温が、肌に伝わって心地よく感じる。

 ……えっ、何!?この状況!あ、熱計ってるのか。いやでも!……気まずい、というか。こんなに近距離で雨音と目を合わせたことなんてないから……単に熱を計られてるだけだというのに。心臓の鼓動が異様に早くなる。どうした、俺、風邪か?ああ、風邪だった。



「うーん、まだちょっと熱いね。顔も赤いし」


「いや!うん!やっぱ熱あるかな!…………とにかく、雨音、風邪うつっちゃうから。俺に構わず、早く帰った方がいいよ」


「それもそうだね」



 雨音は踵を返して、この場を立ち去ろうとした……が。ふと何か思い立った様子で、振り返って俺に言葉を投げかけた。



「…………待って。七色、今日ちゃんとご飯食べた?」


「あー……さっきまで寝てたから、何も食べてない」


「やっぱり。七色、少しだけお家にお邪魔して、キッチンを借りてもいい?」


「いいけど……え、ちょっと待って。そんな気づかいいらないから!もう元気だし!俺のことは放っといても大丈夫だから!」


「んー……でも、ちょっとだけお邪魔させて貰うね。あ、猫がいる」


「あれはうちの猫のにゃあ。……人見知りだから、初対面の人には近寄ってこないよ。一応大人しいし、噛んだりはしないから」


「なんか、七色にちょっと似てるね」


「え?そんなことないだろ」


「仲良くなるのに時間がかかりそうだけど、慣れたら人懐っこそうな感じ」


「確かに、にゃあはそうだけど……」


「あと、変な名前」


「べ、別に変ではないだろ!にゃあって実際に言ってるし。ほら」



 雨音を警戒している様子のにゃあは、遠くからこちらの様子を伺って一言、『にゃあ』と鳴いた。



「ふふ、そうだね。かわいくて、いい名前」




♢♢♢♢♢



「はい、できました」



 雨音は家に入りキッチンに少しの間立つと、あっという間に器用な手つきでうさぎ型にリンゴを切り分けた。リンゴは先程、雨音が差し入れで持ってきた袋の中に入っていたものだ。



「本当は、お粥とか栄養のある物がいいと思うけど。キッチンを色々と勝手に使って汚すのもあまり良くないから、とりあえずこれで我慢してね。何かお腹に入れないと、お薬も飲めないし」



 雨音はそう言いながらリンゴのひとつを爪楊枝に指して手に取ると、俺の口元へと運んだ。



「どうぞ、食べて?」


「ひ、1人で食べれるから。というか、ほら。結構量あるからさ。雨音も一緒に食べよう」


「じゃあ、お言葉に甘えて……いただきます。七色も、ちゃんと沢山食べてね」


「うん……いただきます」

 


 こうして、俺は雨音と二人で食卓を囲んだ。風邪のせいで、頭が少しほわほわする。…………いや、やっぱりこれは風邪のせいじゃないかもしれない。俺、たぶん嬉しいんだ。雨音がこうして俺を気にかけてくれて、一緒に居てくれることが。……雨音は結構人のことよく見てて、困ったり弱ったりしている人には優しく手を差し伸べて、思いやりがあって……俺、きっと雨音のそういうところが好きなんだ。


 え?好き?


 俺、雨音のこと……


 

 名前のついていなかった感情に、今初めて名前がついたような感覚がした。


 そっか、俺。雨音のこと「好き」だったんだ。

 


 ……自覚をすると、急に恥ずかしくなってきた。うわ、俺。寝癖ついてるしパジャマのままだし。なんでこんな格好で雨音の前に出ちゃったんだろう。最悪だ。



「どうしたの、七色?りんご好きじゃなかった?」


「いや、その……好きだなぁと思って…………」


「そっか。それはよかった」



 雨音は無邪気に、にこにこと笑っている。ああ、どうしよう。

 俺はこれからどんな風に、君と過ごせばいいだろう。



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