妹はお好きですか? /その4
「雨音さん、起きてください。部屋間違えてます、ここは僕の部屋です」
「ん…………おはよう、圭くん」
「おはようございます、雨音さん。でも、まだ夜ですよ?」
「ほんとだ……あ、雨止んだね」
「星が綺麗ですよ。ちょっとベランダに出てみますか?」
「うん、そうする」
おそらく間違えて僕の部屋で眠っていた雨音さんを、可哀想だけれど起こしてベランダに誘導した。
雨音さんは抱きしめていたくまのぬいぐるみの1つを手放して、その頭をそっと撫でた。
「圭くんのお部屋、かわいいくまさんがいっぱいだから笑夢ちゃんのお部屋かと思っちゃった。どうしてこんなに沢山あるの?」
「これはイギリスの祖母が、誕生日とか記念日に毎年贈ってくれるんです。もういらないって言ってるのに……。あ!ちなみにこれは、笑夢の部屋も同じですから。僕がこういう趣味な訳じゃないですからね」
「恥ずかしがらなくてもいいのに。くまさん、かわいいから私は好きだよ?」
「僕も嫌いでは……ないですけど…………あっ、雨音さん、外、外見てください!ほら、流れ星です!流星群!」
ベランダに出ると、星一面の雲ひとつない夜空が広がっていた。あちこちで星が降って、キラキラと雨音さんの瞳を揺らしている。
「わぁ、綺麗だね」
「何か願い事、しないんですか?」
「願い事…………」
雨音さんは静かに目をつぶって、何かを心の中で唱えているようだった。僕もその隣で、もう決まっている願い事を思い浮かべる。
「……雨音さんは、何をお願いしたんですか?」
「んー…………内緒。圭くんは?」
「僕は、雨音さんともっと仲良くなれますように、とお願いしました。でもこれ、星に頼るんじゃなくて、僕ががんばらないと駄目ですよね」
「私は、圭くんと仲良しだと思うよ?」
「いいえ、それじゃまだ足りないんです。僕はあなたの、唯一無二の特別な存在になりたい。…………雨音さん、笑夢が帰ってくる前の続き。話してもいいですか?」
雨音さんは僕の目を見て、こくりと小さく頷いた。
「……僕だったら、雨音さんに悲しい顔は絶対にさせません。あなたのどんな小さな変化にだって気がつくし、いつだってあなたのことを考えてます。雨音さんがそばに居てくれると、僕は幸せです」
「雨音さん。僕は、本当にあなたのことが大好きなんです」
「………………だから、卑怯な真似はしたくない」
そう言って僕は、雨音さんに携帯電話を手渡した。先程、物置部屋から見つけたものだ。
「これ、私の携帯?」
「はい。どういう訳か、笑夢が見えない所に隠していたみたいで。……ごめんなさい。このまま放っておけば、雨音さんとあいつの関係を悪化させるのは簡単だったんですけど…………でも僕、やっぱり雨音さんの悲しむ顔は見たくないです」
雨音さんが流れ星に願ったのは、きっとあいつとのことなのだろう。……僕が雨音さんを笑顔にしたいけれど。僕の言葉では、雨音さんに届かない。
「……だから、ほら。さくっと仲直りしちゃってください。早く連絡しないと、着信、大変なことになってますよ」
「わ、ほんとだ。七色ったら…………ごめん、少し電話するね」
「どうぞ、ごゆっくり」
雨音さんをベランダに残して部屋から出ると、部屋の前には笑夢が立っていた。
「…………あーあ。何で携帯返しちゃうのよ。お兄ちゃんのいくじなし。いてっ」
笑夢には強めにデコピンをしておいた。笑夢は昔から悪知恵がよく働いて、時折こういった良くないイタズラをする。
「お前、ちゃんと雨音さんに謝っておけよ」
「わかってるって。でもお兄ちゃん、何よその顔。なんでそんな辛そうにしてんの。自分がそんな気持ちになるくらいなら、仲直りなんてさせなきゃいいのに。馬鹿みたい」
「ああ、馬鹿みたいだよな」
それは自分でもよく分かってる。僕だって本来、こんなお人好しじゃない。チャンスがあるなら、それを利用しないとこの恋に勝ち目はないって、頭では理解してる。
けど、理屈じゃどうしようもないくらい。自分の願いよりも、好きな人の願いを叶えたいと思ってしまう程に。好きという感情は、僕を別人のように狂わせる。
「お前も、いつか分かるときが来るよ」
「…………笑夢には、よくわかんない」
♢♢♢♢♢
「ええっ、そこにいるのはもしや、この前の文化祭でステージをジャックした謎のアイドルではありませんか!?」
「1年の朝日笑夢です。兄と、雨音お姉ちゃんがいつもお世話になってます」
別の日。朝の早い時間に教室に着くと、沢山の人が私の机の近くに集まっていた。みんなに挨拶をしている笑夢ちゃんと、笑夢ちゃんを見てびっくりしている佐々木さんと、今日も教室に来ている圭くんと、隣の席で少し眠そうにしている昴くんと……あと、じっと笑夢ちゃんのことを見ている七色がいる。
「雨音が言ってた朝日圭の妹っていうのがこれか…………」
「今日は珍しく七色も混ざるんだね?」
「だって気になるし……」
「あなたが例の雨音お姉ちゃんの彼氏さんですね。…………へぇ」
「青葉君今妹属性の美少女にゴミ虫を見るような目で見られてますよ!羨ましい限りです」
「俺何も悪いことしてないのに」
「大事な大事な雨音お姉ちゃんに近寄る男は、みな等しく害虫です。雨音お姉ちゃんのことは、笑夢が守りますから」
「ずいぶん懐かれたんだな……?」
「笑夢ちゃん、とてもかわいいんだよ。私にも妹ができたみたい」
「雨音さん……この手段はなるべく使いたくは無かったのですが……」
圭くんが控えめに手を挙げて、私に向かって話しかけてきた。
「僕と結婚すれば、笑夢は雨音さんの本当の妹になりますよ」
「………………そうなの?」
「妹を使うのは卑怯だぞお前!雨音、揺らぐな!そのぽっと出の妹と俺、どっちが大事なんだよ!」
「雨音さん、結婚というのは家同士の結びつきです。僕の家族と、雨音さんの家族ならきっと上手くいきますよ。笑夢もそう言って――」
圭くんがそう言うと、笑夢ちゃんは圭くんの言葉を遮って、はっきりとした声で話し始めた。
「あら。笑夢がいつ、お兄ちゃんの味方と言ったのかしら?」
「…………は?」
「私はお兄ちゃんとは違って、恋で臆病になったりはしない。恋は光よ。例えどんなに眩しくても、その光でこの身を焼かれたとしても。私は手を伸ばすことを諦めない」
「雨音お姉ちゃん。笑夢は一目見たときに、雨音お姉ちゃんに心を奪われました。ステージよりも胸が高鳴る、きらきらと眩しい光。それがあなたです。笑夢は、雨音お姉ちゃんのことが好きです。お姉ちゃんのことは、笑夢が幸せにします。何もかも捨てて、笑夢と二人で幸福に生きていきましょう」
「「はぁ?」」
「笑夢お前何言ってんだ……!?」
「おい、お前の妹どういうことなんだよ、説明しろよ!」
「何をそんなに驚く必要があるのかしら。愛は自由。朝日家の家訓よ、ねえお兄ちゃん?性別なんてもの、愛の前ではとても些細なことじゃない」
「そうかもしれないけど、それとこれとは話が違う!」
「あ、あの……笑夢ちゃん…………?」
「雨音お姉ちゃん、返事はまだいりませんよ。笑夢と雨音お姉ちゃんは、これから互いを知って、愛を育む途中なのですから。結論は急がないでください。雨音お姉ちゃんが今誰を愛していようとも、最後の最後に笑夢を選んでくれれば、それでいいのです」
「相沢くん、どうするんですか?君が空気になってる間に、新しいライバルが生まれてしまいましたよ?あれは妹属性なんかじゃあない、ラ○ウ属性です!くどい!!だれを愛そうがどんなに汚れようがかまわぬ、最後にこのラ○ウの横におればよい!!と言ってること同じでしたよ!きゃあ、男前!抱いて!!」
「…………………………」
「さーや様到着〜。みんなおはよー……うわ、何これ。なんか増えてる?修羅場?あーでも、いつもこんなもんか」
ざわざわと人が増えてきた教室を見渡しながら、やっと目が覚めてきた昴くんがぽつりと呟いた。
「………………また騒がしくなるなぁ」
そうだね、また賑やかになりそう。




