妹はお好きですか? /その3
「そうだ、雨音お姉ちゃん。こんなに土砂降りで帰るのも大変だし、今夜はうちに泊まるっていうのはどうでしょう!」
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうね」
笑夢が軽いノリで朝日家への宿泊を提案すると、雨音さんは驚くほどあっさりと承諾した。
「えっ……でも良いんですか雨音さん?お家の人が心配するんじゃ……」
「今ね、お父様のお仕事の関係で時音と、あと何故か広瀬さんも海外に行ってしまっていて。私は学校があるからお留守番だったの。しばらくの間、メイドの加奈さんはお家に来てくれているけれど、加奈さん、今日が子供が風邪をひいて看病でお休みだから、家には私しかいなくて。だから、お泊まりしても大丈夫かなって」
「それに、一人でお家にいるのもさみしいし……七色を泊めようかなとも思ったけど、その前に喧嘩になってしまったし……」
……つまりは?今日雨音さんとあいつが喧嘩になっていなくて、僕が雨音さんを回収していなかったら。雨音さんとあいつは二人きりで一晩過ごすことになっていた……のか……!?
「あ、危ないところだった……!!」
「?」
「じゃあ、お泊まり決定ね!うちを案内するから、ついてきて雨音お姉ちゃん!」
♢♢♢♢♢
「ここはレッスンルーム。ダンスの練習とか、あと軽く運動するのに使える部屋。防音設備も整ってるから、発声と歌のレッスンもできるの」
「ここはクローゼットルーム。アウターとか、靴とか鞄とか。自分の部屋に入りきらなかったアイテムはここにまとめてるの」
「向こうがお兄ちゃんの部屋で、こっちが笑夢のお部屋!」
「そしてここが笑夢の1番のお気に入り。スタジオルーム!うちのパパは、有名なカメラマンでね。こういう風にお家でも写真を撮れる設備が整ってるの。家族写真も、毎年ここで撮ってるのよ」
雨音さんは歩きながら部屋を見渡すと、壁にかけられた写真の前で立ち止まった。
「わぁ、ちっちゃい圭くんと笑夢ちゃんの写真が飾ってある。かわいい〜天使みたい」
「そうでしょうそうでしょう!お兄ちゃんと笑夢はまるでエンジェルのようだと可愛がられて育ったのですから!当然です!」
「こっちの写真はお父様とお母様かな?とても幸せそう。そうだ、私も後で挨拶しないと。帰りは遅いのかな?わわ、そういえば手土産も何もなかった……」
雨音さんは僕たちの両親のことを気にかけているようだ。けれど、その心配は無用だった。
「父と母は、仕事で忙しくてあまり帰ってこないので。雨音さんは、何も気にしなくて大丈夫ですよ。次帰ってくるのは、おそらく来月とかになりますし」
「そうなの?」
「パパはともかく、ママは海外で活動してるミュージシャンだから。あまりこっちには来ないの。会えるのは1年に数回くらいかな」
「そっかぁ。じゃあ、さみしいね。私、お父様と時音に少しの間会えないだけでもさみしいもの」
「うちはこれが普通なんで、さみしいとかはないんですけど……雨音さんがさみしいなら、いつでも家に来てください。歓迎します」
「そうそう。お姉ちゃんなら笑夢、いつでも大歓迎!本当の家族のように思ってくれていいのよ!そうだ、今日を記念して写真を撮りましょう!笑夢、パパと同じくらい写真を撮るのがうまいんだから」
笑夢はそう言うと、撮影機材の準備を慣れた手つきであっという間に終わらせた。
「はい、撮りまーす」
僕と雨音さんと笑夢は、雨音さんを中心に撮影用のスクリーンの前に並び、写真を撮った。遠隔のシャッターボタンを押す度にポーズを変えながら、約30ショット分くらい撮影した。
「記念に1枚だけかと思ったら、たくさん撮ったね」
「こんな機会めったにないですから」
「笑夢は満足です。そろそろご飯にしましょうか。カレーの材料があるので、今日はみんなでカレーを作りましょう」
「がんばろ〜」
「雨音さんの手料理…………」
♢♢♢♢♢
幸せな夕食の時間を終えて、リビングでくつろいでいると。バタバタと風呂の支度をしていた笑夢が、雨音さんのもとへと駆け寄ってきた。
「笑夢はお風呂に入ってきますね。雨音お姉ちゃんも一緒に入りましょう」
「でも、私はもう昼間にお風呂入っちゃったから……」
「お風呂は1日に何回でも入っていいんですよ?笑夢、雨音お姉ちゃんとお風呂に入りたいです。駄目ですか?」
「……じゃあ、一緒に入ろっか!」
「わーい!じゃあ、笑夢とお姉ちゃんは裸の付き合いをしてきますね!お兄ちゃんは皿洗いでもしてなさい!間違っても覗かないでね、覗いたら殺す!」
「覗かねーよ」
兄をなんだと思ってやがる。笑夢に手を取られ浴室へ向かう雨音さんを見送って、僕は食器を丁寧に洗った。こういうのは、好感度の積み重ねが大事なんだ。例えば今ここで食器を洗うことは、家事もしっかり手伝う理想的な夫になる、という印象を雨音さんに与えることができる。
普段は食洗機に皿を放り込むだけだけど、今日はわざわざ丁寧に手で洗って、倍以上の時間と労力をかけた。
「……お風呂、またお先にありがとうございました。圭くんも、お湯が冷めないうちに温まってきてね」
「あ……はい」
「お兄ちゃん、雨音お姉ちゃんが浸かったお湯だからって飲んだりしないでね」
「飲むわけねーだろ」
妹の発想が気持ち悪い。雨音さんは妹に何か変なことをされていないだろうか。心配になってきた。
そんな僕の反応を横目に、笑夢は雨音さんにニコニコと話しかけている。
「さて、笑夢はこれから肌ケアとヨガと筋トレとで小一時間はかかるので。雨音お姉ちゃんは先に笑夢のお部屋でゆっくりとくつろいでてください」
「わかった。笑夢ちゃんの部屋は2階の奥だったよね?」
「そーです!それではごゆっくり〜」
雨音さんが階段を登っていくのを確認して、僕も浴室へ向かった。
その道中。物置にしている部屋から、着信音のようなものが聞こえてきた。音のする場所を探すと、僕の物でも笑夢の物でもない携帯電話が見つかった。これは、もしかして雨音さんの?でも、何でこんなところに。
「……えっと、笑夢ちゃんのお部屋はどっちだろう。さっき案内してもらったのに、迷子になっちゃった。この部屋かな。わぁ、くまさんがいっぱい」
「ベットの上もぬいぐるみでいっぱいだ。ふわふわで、ちょっと眠くなる……」
お風呂から上がって身支度を整えて、自分の部屋へ戻る。笑夢はまだ、レッスンルームでヨガと瞑想をやっているようだ。雨音さんは、今日は笑夢の部屋で眠ることになっている。もう夜も遅いし、笑夢を待たずに先に寝ていそうだな。おやすみなさい、雨音さん。
自分のベッドに入ろうとしたその時。暗闇の中で、ぬいぐるみに埋もれた何かがもぞもぞと動いた。かすかに寝息も聞こえてくる。
「えっ、雨音さん……!?」




