妹はお好きですか? /その1
「さて、文化祭が終わりましたので。我々も本格的に受験生です。もちろん、そんなの3年になった時からだろ、とか。大学受験は高校入学の頃から始まっている、とか。そんな意識高い言葉は佐々木聞きたくありません。僕は今から受験生なんです。なので、模試の判定がオールEでも全く問題ないのです。何故なら、僕の受験は始まったばかりなのですから」
文化祭が終わってから、学校は一気に受験の雰囲気になった。今日は文化祭前に受けた模試の結果が帰ってきたみたいで、みんなざわざわしている。私、花園雨音は……とりあえずみんなと同じようにテストを受けたけど、点数はいつも通り低い。判定とかも、よく分からない。
みんな、将来のこと真剣に考えててえらいな。この学校はほとんどの生徒が進学するみたいだけど、身近な人たちがどういう進路を目指しているのか、私はあまり知らない。
「佐々木さんは大学に行くの?」
「はい、まだモラトリアムを謳歌したいので。文系大学生になって楽な講義を受けてウェイウェイしながら、社会に出て大人になるまでの時間を引き伸ばすつもりです。まあ、僕はとっくに成人してるんですけどね、はは」
「意識が低すぎる……」
隣で佐々木さんの話を聞いていた昴くんが、呆れたように言った。
「昴くんは、もう進学先決まってるんだっけ?」
「決まってる訳ではないけど、指定校推薦だからなんとかなると思う。……正直学力面より金銭面が心配だから、今はバイト増やしてお金貯めてるところ」
「相沢くんは卒業したら実家を出て、一人暮らしするんでしたよね。で、一人暮らしの家に女を連れ込んで喰い漁ろうっていう魂胆なんですよね。佐々木ドン引きです!この人でなし!ケダモノ!」
「変なこと言うのやめてください!」
「さーやちゃんはどうするの?」
近くの席でこの前のファッションショーの写真をまとめていたさーやちゃんにも、進路を聞いてみた。
「うちは服飾の学校かなー。そろそろ受験用にポートフォリオ完成させないとやばいかも。ちなみにるぅちゃんは、アメリカの大学に行くって言ってた気がする」
「そっか……みんな、やりたいことが決まっててすごいねぇ。どうしよう私、また不安になってきた。この紙も、先生に新しいものを渡されてしまったし……」
手元には、真っ白な進路調査票がある。この前は紙飛行機にして飛ばしたけれど、今度こそ向き合わないといけないみたい。
ため息をついて紙を眺めていると、近くにいた圭くんが私に話しかけてきた。
「雨音さん、何も心配することはありません。朝日雨音に……僕のお嫁さんになればいいんです。来年になれば、僕も結婚できる年になります。もう少し待っていてください。僕が必ず雨音さんを幸せにしますから」
「君早く自分の教室に戻りなよ」
「うるせー、相沢は黙ってろ。今年は仕事で雨音さんと文化祭に参加出来なかったから、雨音さん成分が足りないんだよ。雨音さん、今年はメイド服だったそうですね。さぞお美しかったことでしょう。けれど、僕以外の前でそういう格好をするのは感心しないです。僕だけのものでいて」
「うーん、ごめんね?私は、私のものだから……」
「その考え方、素晴らしいです。そうですよね、雨音さんは誰のものでもない、雨音さん自身のものです。したがって、青葉七色のものでもない。貴方は自分の心を自由に決める権利がある。例えば、そう、この僕を選ぶのも自由だ。それを忘れないで下さい」
「?」
「言ってることはキモいけど、顔はイケメンなんだよなー。スタイルも良いし……あ、そうだ朝日圭。今度ポートフォリオ用のモデルやってよ。お礼にさーや様がいいものあげる」
「はぁ?言っておくけど、僕はプロだからな。安い報酬では引き受けないぞ」
「まあまあ。報酬はこの写真で、どうだろう」
「引き受けよう」
「雨音さん、佐々木はまともな大人なので世の中の良くないことを教えておきますけど。あれが闇取引ですよ。ああいうのには、関わってはいけませんからね」
「? はーい」
♢♢♢♢♢
ある日の休日。僕、朝日圭は昼間の舞台稽古を終え、帰路についていた。
天候は先程までの快晴が嘘だったかのように荒れ、激しく雨が降っている。傘は持ってないけど、ここから家までの距離は遠くない。走って帰ればそんなに濡れずに済むだろう。
そうやって走っていて、ふとあるものが目に付いた。ずいぶん前に閉店したカフェの軒下で、誰かが雨宿りしている。あれは――
「…………雨音さん?」




