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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
9/132

8 真実がいつも正しいとは限らない



『クローンドナー』



 そんな言葉は、聞いたことがなかった。

 だから雨音が何を言っているのか、理解出来なかった。

 理解したくなかった。


 雨音は俺に、本当のことを話してくれた。

 雨音と時音さんは、双子の姉妹ではなかったということ。

 時音さんは心臓が悪いということ。

 雨音は、時音さんの心臓移植のために作られたクローンだということ。


 雨音はそう遠くないうちに、その役目を果たすということ。


 そんな、クローンだとか、空想みたいな話ある訳ないだろ。雨音は何か、おかしな考えに取り憑かれているんだと思った。きっと変な小説とか、映画でも見たんだと。



 だから俺は


「そんな話はもういいよ、雨音、お前疲れてるんだよ。今日はもう帰ろう」


 なんて言って、あの場から逃げたんだ。



 結局のところ、あの話の真偽は分からない。



 ……文化祭からー週間が経った。雨音はあれから一度も学校に来ていない。連絡も一切取れない。


 体調が悪いらしいって、担任は言ってるけど。

 俺は、不安でしょうがなかった。


 このまま雨音に会えなくなるような、そんな気がした。


 今度はちゃんと、雨音の話を真剣に聞くから。

 どんなことがあっても、逃げないから。

 だから神様お願いします。雨音に、会いたい。



 ……なんて言って、ただ何もせずじっとしているような俺ではない。



 やることは一つ。単純明快。

 会いたいなら、会いに行けばいい。




♢♢♢♢♢




「うーん、それは無理だなぁ」


「そこをなんとか」



 放課後、といっても今日は午前で授業が終わりなので、ちょうど昼頃。俺は担任から雨音の住所を聞き出すべく、職員室を訪れていた。以前海に行った時、俺は広瀬さんに駅まで送ってもらって解散したので、あいつの家の場所までは分からない。



「今は個人情報とか、色々厳しいから。俺の立場からは教えられないんだよ」


「そんな、プリント届けに行くだけですから、住所くらい……あ、郵便番号だけでもいいんですけど」


「駄目なものは駄目だ。大事な連絡があったら先生からしておくから。心配なのは分かるけど、大人しく帰りなさい」



 追い返された。こんなところで躓いてる訳にはいかないのに。くそ、もう一回。



「失礼しま――」


「あの、君!」



 再び職員室に突入しようとしたその時。見知らぬ男子生徒に声をかけられた。いや、待てよ。こいつ、どこかで見たことがあるような……?



「今、もしかして雨音さんのこと聞きに行ってた?実はその、俺たちも確かめたいことがあって」



 そう言って話す地味な男の後ろには、いかにもハーフタレントでーすみたいな、容姿の整った男が腕を組んで偉そうに立っている。こっちは見覚えがあるぞ。



「お前らはあの時の」



 色々あってすっかり忘れていたが、本来なら忘れもしない。雨音に突然告白してたこいつらはそう!



「ミスコンの迷惑野郎ども!」



 つまり敵!




♢♢♢♢♢




「お前、雨音さんのクラスメイトだな。単刀直入に言う。僕たちに協力しろ」


「単刀直入すぎるし失礼だよ……」



 迷惑野郎二人組に連行されて、俺は学食にやってきた。偉そうな方はやっと喋ったかと思ったら、何やら偉そうなことを言ってくる。むかつく。地味な方は悪い奴ではなさそうだ。ラーメンおごってくれたし。



「えっと、まずは自己紹介ってことで。俺は2年D組の相沢昴(あいざわすばる)です。そしてこっちは……」


「1年B組、朝日圭(あさひけい)



 偉そうな方、お前一年かよ。



「で、お前は?」


「……2年A組、青葉七色。お前ら何なんだよ。協力って、一体何を」


「僕は花園雨音の家の場所を知っている」


「!」



 偉そうな方こと朝日から、聞き捨てならないセリフが飛んでくる。何でお前が知ってんの。



「あーもう。話を飛躍させすぎだって。つまり、その。協力というか…………取引しませんかってこと」



 地味な方の、えっと何だっけ。相沢、も真剣な様子に切り替わる。



「君も知ってると思うけど、雨音さん、最近学校で見かけないでしょ?俺たちも心配してるんだ」


「見舞いにでも行ってやろうと思ったんだけど、生憎、僕たちには正当な口実がない。……僕は、そんなの必要ないと思うんだけど」


「ちょっと色々あってさ。不審者と思われて、追い払われると困るから。君の助けが欲しいんだ」


「そうだ、青葉七色。お前はクラスメイトとしてプリントを届けに行く。僕たちはそれに便乗する。お前は雨音さんの家に辿り着けて、僕たちは雨音さんに会える。win-winの関係だ」



 二人は俺に取引内容についての説明を始めた。……まあ、悪くはない話だ。問題は、こいつらを雨音に会わせてもいいのかということ。迷惑野郎たちだしな、なんか嫌だな。

 ていうか、何。こいつら一体、雨音の何なんだ。



「俺、お前たちのこと、信用できないんだけど」


「ふん。僕だってお前のこと、信用してないさ。あれだろ。どうせお前も、雨音さんのこと好きなんだろ」


「な…………!」


「あーあ。わっかりやっす」


「まあ、その。噂の通りってことかな」


「え、噂って何?」


「何でもない、何でもない」


「……で、どうする?協力してくれる?」



 …………お互いに敵という認識はあるわけだ。なら上等。今回は俺もなりふり構ってはいられない。

 雨音に会うために、俺もこいつらを利用する。



「分かったよ。協力すればいいんだろ」


「よし。じゃあ、善は急げだ。すぐに向かおう」



 こうして、取引は成立。謎の協力関係がここに生まれた。

 ……これ終わったら、こいつらとはあまり関わりたくないな。あと、雨音はこいつらから遠ざけよう。うん。



「で、さっきの。噂って何?」


「聞かない方がいいと思うけど……」


「青葉七色、花園雨音が好きすぎて体操着盗んだ説」


「はぁ!?何だよそれ!」


「やっぱり事実なの?君がやったの?」


「そんな事実は無いし、俺はやってない!」


「犯人はみんなそう言う」


「犯人じゃない!」



 俺の知らないところで、色々な物事が進んでいる。いや、体操着の件は、まじで知らない。何それ。誰だ、変な噂流した奴!



♢♢♢♢♢



「もうすぐ着くけど……青葉くん、大丈夫?」


「……一時期、雨音がなんか冷たかったの、噂のせいで変態野郎だと思われてたからかなと思ったら、具合悪くなってきた」


「さっそく一人、戦線離脱だな」



 歩き始めて、かれこれ数十分。メンタル的には最悪の状態で、目的地にたどり着いた。

 ああ、ここか。洋館みたいな、立派な広い屋敷。



「ほら、着いたぞ。お前の出番だ変態野郎」


「違う……冤罪だ……俺はやってない…………」



 門の隅にあったインターホンの前に、立たされる。

 雨音は、出てきてくれるだろうか。



「早く押せって」


「待って、心の準備が」



「……そこで何をしている」



 突然、背後から声をかけられた。振り向くと、険しい顔つきの少し怖そうな、4〜50代くらいのおじさんが目の前にいた。



「あ…………俺、雨音……さんのクラスメイトで。プリントを届けに来たんですけど」


「…………」



 おじさんはこの家の人だろうか。俺たちのことをじろじろと見ると、何も言わずに門を開け、家の敷地に入っていこうとした。



「あのっ!……雨音さんは、元気にしていますか?」



 去っていく背中に、声をかける。けれどその人は何も答えることなく、屋敷の中へと姿を消した。



「無視かよ」


「行っちゃったね。親御さんかな?」


「あーあ。せっかくチャンスだったのに。お前のせいだぞ」


「おーい、どうしたの?」



 凄く、嫌な予感がする。どうしようもない不安で、心が押しつぶされそうになる。考えたくない、けれど、知りたい。真実を。



「…………雨音に、会わないと」



 門はもう固く閉じられて、開かない。門を何度強く叩いても、びくともしない。どうにかして会わないと、あいつに。



「馬鹿、やめろって」


「雨音!いるんだろ、雨音!」


「ちょっと、どうしたの、迷惑だよ!」



 邪魔だ、この門も、この二人も。



「……一体、何事ですか」


「わっ、ご、ごめんなさい!」


「お前、なんとかしとけよ!」



 また、背後から声をかけられる。邪魔な二人は逃げ去って行った。ああ、この声は知っている。あの人だ。




♢♢♢♢♢




「お久しぶりですね、青葉様。不審者共を引き連れて、迷惑行為ですか?」


「……ごめんなさい、広瀬さん」



 目が笑ってない広瀬さん、花園家の執事の人。

 たぶんきっと、敵でも味方でもない人。



「………………」


「随分浮かない顔ですね。本日は、どのようなご要件で?」


「お願いします。雨音に、会わせてください」


「…………雨音様は」


 

 広瀬さんは言葉を慎重に選んだのか、少しの間を開けて答えた。



「気分が優れないので誰にも会いたくない、と言っています。旦那様からも、屋敷には誰も入れるなと」


「そう、ですか」


「……………………」


「…………」


「まだ、何か」


「……いえ、雨音がちゃんとここにいるって分かって、少し安心しました。俺、なんか雨音がどこか遠くへ行ってしまうような気がして、不安で」



 人の家に押しかけておいて、意味不明なことを言っていることは自分でも分かっている。たぶん今俺は、正気じゃない。



「…………すみません、今日は帰ります」



 広瀬さんのおかげで、少し冷静になれた。雨音はまだ、ここにいる。大丈夫。

 広瀬さんは少し考え込むと、背を向けて帰ろうとした俺に、ある提案を持ちかけた。



「雨音様に会うことは出来ませんが。雨音様のことを、よく知っている方には会えます」



「…………会ってみますか?時音様に」




♢♢♢♢♢




「……あら、珍しいお客様ね」


「偶然拾ったので、連れてきてしまいました」



 広瀬さんに連れられて来たのは、とある総合病院の一室だった。



「すみません、突然……あの、具合は大丈夫ですか?」


「ええ、平気。少しだけ体調を崩してしまったけれど。これくらい、すぐに良くなるわ」



 時音さんは少し前から入院しているらしい。ちょうど、文化祭が終わったあとくらいから。



「それにしても、ちょうど良かった。青葉さん、私もあなたとお話したいと思っていたの」



 時音さんはまっすぐ俺を見た。やっぱり、雨音と似ているようで、似ていない。



「……最近、雨音の元気がない気がして。前まではね、雨音、あなたのことを毎日楽しそうに話してくれたのよ?でも、最近はあまり話をしなくなって、様子も変で。……喧嘩でもしたのかなって」


「いえ、喧嘩ではない…………です」


「そう、ならいいんだけど」



 雨音のことは、たぶん時音さんが一番よく分かっている。仲の良い、双子の姉妹だから。



「雨音と、これからも仲良くしてあげてね」


「私ではいざという時、雨音の力になってあげられないから。……雨音は困ってても、私に気を遣って、心配かけまいとして、何も教えてくれないの」


「悔しいなぁ。私、もっと良いお姉ちゃんになりたかったのに。迷惑かけてばかりで、何もしてあげられてない」



 時音さんは、何かを誤魔化すように笑顔を見せる。



「そんなことないです。きっと雨音にとって、あなたは何よりも大切で、心の支えなんです。俺、あなたには敵わない」


「……弱気になっては駄目ね。ええ、そうよね、負けません。私も雨音が大切だもの。ねえ、青葉さん。せっかくだから言わせてもらうわ。私ずっと言いたかったの」



 改まった様子で一つ咳払いをすると、時音さんは俺に向かってきっぱりと言い放った。



「あなたに雨音は渡しません」


「え」


「あなたは悪い人ではないと思うけれど。雨音があなたのことばかりになるの、やっぱり気に食わないの。だから私、早く元気になってあなたの邪魔をするわ」



 えっ、なんでそういうこと言うの。俺、もしかして時音さんに嫌われてる……?

 広瀬さんはこっちを見てくすくす笑っている。なんでなんで。



「ごめんなさいね……私、もうすぐ難しい手術をするの。それに成功したら、私もみんなと同じように普通の生活ができるようになる」


「そしたら、あなたの入る余地もないくらい、雨音とたくさん楽しい思い出を作るわ。私、負けない。だから、覚悟しててね」



 時音さんは不敵な笑みを浮かべた。なんか、か弱そうな見た目に反して、中身はたくましいですね……?

 病室が少しだけ、明るい空気に包まれる。

 ……すごいな、この人は。やっぱり、俺では敵わない。



「あの、一つだけいいですか…………手術って、何の」


「……心臓の、移植手術です。時音様は心臓の病気で、このままでは長く生きられない」



 広瀬さんが、時音さんの代わりに答える。心臓。移植。つい最近、聞いたことのある言葉。



「……お父様に、新しい治療法を試すって言われたの。最新の再生医療で、でも本当はまだ実験段階の技術らしくて」


「私、すごく怖くて不安だった。でも、今日あなたに会えて、何故かしら。少しだけ勇気が湧いてきた」


「ありがとう、青葉さん」



 時音さんは、優しく笑う。

 ……やめてくれ。その笑い方、雨音にそっくりなんだ。



「青葉さん?」


「………………手術の予定は、いつですか?」



「えっと、冬頃かしら。けれど、お医者様は私の体調が戻り次第、なるべく早くやるって」



 少しずつ、パズルのピースが埋まっていく。俺は、あの話は嘘だったって信じたい、それだけなのに。



「……移植手術は、ドナーを見つけるのが大変なんです。普通なら、ドナーが見つかるとすぐに連絡が来て、手術をして……だから、手術がいつになるのか、本来なら分かるはずもない。なのに、どうして」



「ドナーはもう、見つかっているの」



「…………複製された、臓器と言えばいいのかしら。私と同じ遺伝子で作り出された、人工の心臓、それを移植するの。詳しいことは難しくてよく分からないけれど、拒絶反応が起こらないから安全らしくて」



「駄目です」



「手術は、しちゃ、駄目です」



 思考がまとまらないまま、言葉だけが先に出る。時音さん、あなたはたぶん何も知らない。

 俺だけが、雨音から聞いたんだ。俺だけが。雨音の言葉を。本当を。



「……そのドナーのこと、俺知ってるんです。あなたも、広瀬さんも。そいつは、医療用に作られたクローンで、あなたに心臓を提供するために生まれてきて、もうすぐ役目を果たすって」


「みんなと同じように生活してたくせに、急にそんなこと言って、意味わかんないけど、でも」


「…………何となく感じてた、違和感とか、不思議なところとか、全てに納得がいくような気がして」


「あなたの心臓の病気とか、手術のことが本当なら、あの話もやっぱり全部、本当のことなのかもしれない。だとしたら、このままだと、そんなの、俺、嫌だ」



 視界が歪む。俺、泣いてるのか。もう、何も見えない、分からない。どうしたらいい。俺にはきっと、何もできない。



「お願いします、時音さん」



 あなたにしか救えない。



「雨音を、殺さないで」




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