文化祭 /その4
「さあ、ファッションショーも無事に終わったことだし。あとはゆっくり文化祭を楽しみましょう!」
雨音と時音さんと放送室で合流して、ようやく自由時間が訪れた。時音さんは俺の方をじっと見て、純粋な疑問を投げかける。
「ショーの間ずっと気になっていたけれど、青葉くんどうしたの?その可愛らしい格好」
「あっ、これは気にしないでください。好き好んでやってる訳じゃないんで」
「不思議の国のアリスなんだって!七色、似合ってるよね」
雨音は無邪気に俺を褒めながら、写真を撮ってくる。確実に黒歴史になるから、画像に残すのはやめて欲しい。時音さんはその様子を楽しそうに眺めている。
「そうね。最初は広瀬の隣に知らない女の子がいると思ってびっくりしちゃったけど……よく見たら青葉くんだったからほっとした。おかけで緊張も解れちゃった、ありがとうね」
「いえいえ、俺は何も……それよりも、これからどうします?自由時間なんで、色々見て回るのも良いかなって思うんですけど。あっ、でも校庭のステージ方面はやめときましょう。今トラブルで揉めてるらしいんで」
「えー?ステージの方行きたかったのに……じゃあ、どうしよう……うーん、図書室のあたりもやめておいた方がいいって昴くんが言ってた。今年は後輩たちが、教育によろしくない?お店をやってるからって」
「ああ、あの謎のバニーガールが大量にいる……そうだな、やめておこう。他に行けそうな場所は……」
俺と雨音が次のプランを練っていると、時音さんは少し申し訳なさそうに口を挟んだ。
「えっと、その。とても言いづらいのだけれど。今日は私、このあと用事があるの」
「あっ、そうだったね。時音は今日、午後から病院で検診があるから、空いてる午前だけ文化祭の予定だったの。じゃあもう時間かぁ……広瀬さん、後はよろしくね」
「はい、お任せ下さい」
「だめよ。広瀬は今日、本当ならお休みの日でしょう?付き添いはもう大丈夫だから。私だって、病院くらい1人で行けるわ」
「そんな冷たいこと仰らないでください、時音様。僕は今日、暇なので。お供くらいします。さあ、急がないと時間に遅れますよ」
「ちょっと、もう……!ごめんなさい、バタバタしてて。今日はありがとう、またね」
時音さんは広瀬さんに連れられて、あっという間に去っていってしまった。今日は時音さんをもてなすつもりでいたから、取り残されは俺たちは完全に手持ち無沙汰だ。
「行っちゃったね」
「……じゃあさ雨音、今日は2人で文化祭を」
「待ちたまえ七色」
突然、聞き慣れた幼馴染の声が俺たちの会話を遮り、ついでに似合わない女装姿で俺たちの視界も遮った。
「お前、何堂々とサボってんだ。まさか去年に引き続き今年もシフト全部に穴あけるつもりじゃないだろうなぁ?」
「カズ……だって俺、接客とか向いてないし」
「お前だけ彼女とイチャイチャ文化祭を楽しもうだなんて、そうはさせねーぞ。雨音さん、ごめんな。こいつ借りてくから」
カズはそう言うと、俺の腕をがっしりと掴んで雨音と引き離そうとする。
「やめろ、離せよ!大体、雨音を1人にしとく訳にもいかないだろ」
「それは杞憂だな、青葉七色」
「あ、るぅちゃん。どうしたの?」
嫌なタイミングでもう1人の邪魔者、立花ルーシィが現れた。こいつもきっと、俺と雨音を引き離すつもりだ。
「お前を迎えに来たんだよ、雨音。さあ、暇ならいくらでも我がメイド喫茶を手伝ってくれ。その分報酬はたんまりやろう。それに、今年は人気投票1位の出店団体に焼肉食べ放題券が与えられる。雨音がいれば店の売上も人気もうなぎ登りだ。クラスの飢えた若者たちを助けると思って、ぜひ馬車馬のように働いてくれ」
「わかった。雨音、働きます。じゃあ、七色もお店がんばってね」
「えっ、ちょっ……」
雨音はすんなり口車に乗せられ、立花ルーシィこと資本主義の鬼に連れ去られてしまった。嘘だろ、高校生活最後の文化祭だぞ。文化祭デートとか楽しみにしてたのに。
でもまだ初日、これから雨音と文化祭を楽しむ時間くらいあるはず。ある…………よな?
♢♢♢♢♢
「……で、結局ほとんど自由時間もなく最終日のこんな時間か。そんな気はしてたよ」
「お店、どっちも忙しかったもんねぇ」
日も落ちかけた夕暮れ、後夜祭の時間になってやっと俺たちだけの時間が訪れた。2人ともいつもの制服姿に戻って、せっかくだからと久しぶりに屋上に立ち入ると、何だかとても懐かしい感じがした。
「今年は、もーちょいゆっくり過ごしたかったんだけど。あ、下で模擬店投票の結果やってる」
屋上のフェンス越しに見える校庭は、今年もキャンプファイヤーやステージのイベントで盛り上がっていた。去年は確か、この時間帯にミスコンの結果発表だったけれど。有難いことに、今年は昨日の夕方に結果発表済みだったから助かった。
なぜ俺が安堵しているかというと、色々あって……本当に色々あって、女装も参加可能になった今年のミスコンに無理やり出場させられていたからである。そして色々あって……結果、2位という好成績を残した。去年の雨音より良い順位というのは非常に良くない。この事実は雨音に絶対に隠さなければならない。
模擬店の人気投票結果は、下の方の順位から無難に発表されていった。俺のクラスと雨音のクラスの喫茶店は、同票で3位だった。そして栄えある1位を見事勝ち取ったのは……図書委員会の『縄』だった。縄って何だよ。校庭の観衆はその結果に異様に盛りあがっている。何がそう人を惹きつけるのか。
「……納得がいかない」
「1位欲しかったね、残念。でも、また来年がんばればいっか」
「雨音、俺たち3年だから文化祭はこれで最後だぞ?留年でもするつもりか?」
「あ……そっか、今年は卒業する年か。すっかり忘れてた。じゃあ、これでみんなとの文化祭は最後なんだね。……なんか、さみしいなぁ」
「学校生活らしいイベントも後はないしな。振替休日挟んだら、あとは完全に受験期突入だよ」
「受験……そういえば、これ」
雨音は手に持っていた鞄の中から、1枚の紙を取り出した。よく見るとそれは、随分と前に配られたはずの進路調査票だった。
「私だけ出すの遅れてて、来週には提出しないといけないの。でも、何も書けてなくて真っ白で……」
「雨音は自分のしたいこととか、好きなことをやればいいよ」
「お父様もそう言ってくれたけれど、結局何も思いつかなかった。お勉強が得意ではないから、進学できるかもわからないし。七色は、これからどうするか決めてるの?」
「うん、決めてる。ちゃんと真面目に勉強して、医者になる」
「…………そっかぁ、七色はえらいね。私、自分がどうしたいのかもわからない。これ、何て書こうかなぁ……」
「書けないなら、まだ書かなくていいよ。ちょっとそれ貸して」
俺は雨音から進路調査票を受け取ると、綺麗に折り目を付けた。こういうのを作るのは得意だ。
「紙飛行機?」
「そう。これを思いっきり飛ばす。そしたら、少しはすっきりするだろ?」
「でも……ちゃんと提出しないと、先生に怒られちゃう」
「大丈夫。その時は、俺も一緒に怒られに行くから」
完成した紙飛行機を渡すと、雨音は少し戸惑っているようだった。けれど、すぐに意を決したらしい。紙飛行機を手に構えて、俺の方をちらりと向いた。
「七色のせいだからね?…………えいっ!」
雨音の手から離れた紙飛行機は、風に乗って勢いよく飛び出した。しばらく校庭の上を優雅に旋回したのち、最後には校庭中央に設置されたキャンプファイヤーの上に落ちて、跡形もなく消え去った。
「ははっ、ナイスコントロール」
「えへへ」
雨音は心なしかすっきりした顔をしている。よかった、やっぱり雨音は笑顔でいる方がいい。進路を決めるたかが1枚の紙なんて、気にする事はない。雨音はこれから何だってできる、自由なんだから。
しばらく屋上から校庭を眺めていると、先生らしき何人かがこちらを指さしている様子が見えた。どうやら、紙飛行機がどこから投げ入れられたのか探しているみたいだ。
「あ、やべ。屋上に侵入してるのバレたっぽい。雨音、逃げるぞ!」
「うん!」
もうすっかり日が落ちて、足元が暗くて危ないからという理由をつけて。お互いの手を取って、俺たちは屋上から逃走した。




