文化祭 /その3
「雨音、次は放送室に向かうようだけれど……この道は、違うんじゃない?地図を見ると、図書室の前を通った方が近いわ」
「うん、でも図書室には近寄っちゃいけないんだって。だからこっちの道でいいの」
私たちは今、佐々木さんとさーやちゃんに呼ばれて放送室に向かっている。時音の言うとおり近道はあるけれど、昴くんの忠告に従ってわざわざ遠回りしているところだ。
「図書室に何があるっていうの?パンフレットには……『縄』って書いてある。縄って何?詳細は……緊縛体験など……緊縛体験って何?」
「わかんない、広瀬さんわかる?」
「僕に聞かないでください」
縄……綱引きでもやるのかな。確かに、道の途中で綱引きがやっていたら、参加したくなっちゃうかもしれない。それだと、さーやちゃんを待たせちゃって良くないよね。危ない場所だ。
なんてぼんやりしながら歩いていたから、廊下の曲がり角から飛び出して来る人に気が付かなかった。
勢いよくぶつかって、下敷きになるように転んでしまった。
「ひゃっ、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「いてて……大丈夫だよ。あなたは平気?」
「はい、笑夢はどこも……はっ!急がないと、ステージの時間が……!」
飛び出してきた女の子は急いで立ち上がると、あわてた様子でまた廊下を走っていった。
「ごめんなさい雨音さん、このお詫びはまたどこかで!」
「行っちゃった……」
「大丈夫ですか?雨音様」
転んだまま起き上がらない私を見かねて、広瀬さんが手を引っ張って起こしてくれた。
「ありがとう、広瀬さん。私は何ともないよ。あの子も怪我がなさそうで良かった」
「雨音のこと知ってたみたいだけど、知り合い?」
時音が、さっきの子について私に尋ねてくる。そういえば、名前を呼ばれた気がする。あの子はどこかで会ったことがあるような、ないような……気のせいかな。私はあの子を見たことがないし、名前もわからない。
「ううん、知らない子。それにしても、すごくかわいい子だったね」
「そうね。急いでたみたいだし、何かイベントでもあるのかしら」
「確かステージって言ってたね。後で行ってみよっか」
さっきの女の子は、フリフリのかわいい衣装を着ていた。ステージでは今年も色々な催しをやっているようだし、あの子も何かやるのかな。
服についた埃をはらって歩き出すと、すぐに目的地の放送室に着いた。
ドアを開けようとしたら、その前にさーやちゃんが勢いよく飛び出して私たちを迎えてくれた。
「雨音!と、双子の時音ちゃん!来てくれてありがとっ!とにかくさあさあ、入って入って!」
♢♢♢♢♢
放送室の中には、放送のための機械の他に、たくさんの衣装が並んでいた。
「いやー、ちょうど人手が足りなくて困ってたんだよね〜!まじ助かった!」
「ほうほうほう、こちらが噂の花園姉妹ですか。確かにそっくりですね。……あれ?確かドッペルゲンガーって3回似てる人を見たら死ぬみたいなやつでしたっけ?佐々木、もしかして死亡フラグ?」
「それは3回見たら死ぬ絵じゃね?って、こんな無駄話をしてる暇は無いんだよう!ほらほらこっち!雨音も時音ちゃんも着替えて!」
さーやちゃんと佐々木さんが何か騒いでいるけれど、私たちはまだ何のために呼ばれたのか、何をするのかも分かっていない。
「着替えるの?さーやちゃん、私たちは一体何を手伝えば……」
「あー!詳しいこと言うの忘れてたね!でもまずは着替えて!ちょっとサイズの手直しが必要になるかもだし!!男共は退出退出!!!」
さーやちゃんはそう言うと、佐々木さんと広瀬さんを放送室からあっという間に追い払ってしまった。
「締め出されちゃいましたね。では、お連れの方は座席取りにでも向かいますか?佐々木が、1番いいポジションをご案内しますよ?」
「座席……?」
♢♢♢♢♢
「つまりね、二人には我々被服部のファッションショーのモデルをお願いしたいって訳よ」
さーやちゃんは時音に服を着せながら、今回呼び出した理由について話し始めた。
「元々予定してた子が急遽来れなくなっちゃってさー、それが二人も!超ピンチだったけど、まじで助かったー!雨音と時音ちゃんなら、何着ても可愛いから!こう、衣装ぱぱっと着て歩くだけで良いから!頼んだ!」
「でも私、あまり人前に出るのは慣れてないから緊張してしまいそう……」
「大丈夫だよ時音、私がついてるから」
「そうそう。雨音と時音ちゃんは一緒にランウェイを歩いてね!その方がこのニコイチの衣装が映えるから!!くぅ〜!さすが私!この白の甘ロリと黒ロリの世界観、最高!!完璧!!!神は私に才能を与えたもうた!!!!」
時音と歩くだけなら、私にもできそうだ。それに、さーやちゃんが着せてくれた服はとてもかわいくて、着せてもらえてうれしい。
「あと着てもらう予定なのは、これとこれとこれとこれとこれね。あれ、1着足りない!まあ、あれは予備だからいいか……えっとそんで、この部屋を出て隣の視聴覚室に設置されてるランウェイを歩いたら、中央でポーズとってまたここに戻ってくる。これを衣装分やるだけ!裏に早着替え手伝ってくれるスタッフがいるから、細かいことは全部任せちゃって!さ、あとは実践あるのみ!さっさと本番行っちゃおーっ!」
「雨音、本当に大丈夫……?」
「あわわわ」
♢♢♢♢♢
「広瀬さん、席取りありがとうございます」
「どちら様でしょうか……?」
「青葉七色です」
「ああ……君のために取ってたんじゃないですよ。って、何ですかその服装は」
「気にしないでください。あ、カメラ片方やります」
雨音と時音さんに連絡がつかなくなったので、仕方なく広瀬さんに連絡を取ると、二人は視聴覚室で行われるファッションショーに出る予定なのだと分かった。
その話を聞いてから俺は急いでクラスの模擬店から飛び出して来たので、着替える暇がなかった。時間はちょうど開始3分前。間に合ってよかった。
広瀬さんから一眼レフの高そうなカメラを受け取って、首にかける。広瀬さんは、ビデオカメラの方を担当するようだ。
使い方は前に遊園地に行った時に教わったから、なんとなく覚えている。
「始まったら暗くなるので、ちゃんと露出補正して下さいよ」
「分かってますって。やっぱ一眼かっこいいな、欲しいかも。結構お値段します?」
「そうですね、レンズはそれなりに高いですよ」
「へー……あっ、始まりそう」
会場の照明が落とされて、ライトで照らされるのはランウェイの上だけになった。
俺たちは、正面の1番良い位置でカメラを構えて準備する。この場所なら二人をちゃんと撮れるだろう。広瀬さん、よくこんないい席取れたな。
視聴覚室は俺が着いた時点で、既に沢山の観客で埋め尽くされていた。今はさらに人が集まって、壁際には立ち見の人たちもいる。
ざわざわとした会場の声が静まったタイミングで、ショーの開始を知らせるアナウンスが鳴り響いた。
「レディース&ジェントルメン、準備は良いですか?才能溢れるアーティストたちによるファッションショー、開演です!」
激しい音楽とライトと共に、ランウェイに人が現れる。うわ、トップバッターでいきなり雨音と時音さんだ!
二人は少し緊張した表情で、こちらに向かって歩いてくる。
「雨音と時音さん、表情硬いけど大丈夫かな」
「先程急に出演が決まったようなので。おそらく大丈夫じゃないと思いますよ」
「ええっ!?」
確かに、雨音が今日こんなイベントに出るとは俺も聞いていなかった。雨音のことだから、いきなり連れてこられて服を着せられ、とにかく歩けと言われて今に至るのだろう。んで、時音さんはそれに巻き込まれたのだろう。容易に想像がつく。
ランウェイを歩くだけ……といっても、こんな大勢の視線に囲まれているのだ。そりゃ表情も固くなる。
慣れない厚底の靴を履いた雨音と時音さんが、時折躓きながら手を取り合って道を進む。そしてランウェイの先端に辿り着くと、俺たちに気がついたのだろう。ばっちりと目が合った。
「……?」「!」
会場に鳴り響く大きなBGMのせいで聞こえなかったが、雨音たちは何かを話していたようだった。二人は顔を見合わせた後、また俺たちの方を向いてやさしく微笑んだ。
その表情が、とても綺麗で。しばらくの間頭から離れなかった。俺は二人の姿がステージから見えなくなってやっと、カメラのシャッターを押し忘れていたことに気がついた。
広瀬さんには、ちゃんと撮れと少し怒られたけど。その後雨音と時音さんの出番は5回くらいあったから、写真は充分なくらい撮れた。
緊張は最初だけだったのだろう。写真に映る二人は自然な笑顔で、ファッションショーを心から楽しんでいるようだった。
「皆様、ご来場ありがとうございました。この後は校庭のメインステージでミスコンが開催されますので、そちらもぜひお楽しみ下さい。…………え?実行委員から連絡?佐々木まだ残りのアナウンスが……なになに……?はい?ミスコン延期?突然アイドルが乱入してきてライブを始めて?ステージ奪還不能……?なんですかそれ面白そうじゃないですか!今からそっち行きますね!!あ、マイク切り忘れてた」
ファッションショーの終わりを告げるアナウンスと共に、ドタバタとトラブルの音が聞こえてくる。ステージか、あっちには近寄らない方が良さそうだ。
俺は今年の文化祭を、面倒事に巻き込まれずゆっくり平穏に過ごしたいんだ。雨音と時音さんと合流したら、俺も文化祭を満喫しよう。




