文化祭 /その2
「着きました!正解はメイド&執事喫茶だよ!」
雨音は自分のクラスの前に辿り着くと、得意げに模擬店の内容を発表した。どうやら私の推理は間違っていなかったみたい。
「あら、やっぱり予想通りね。内緒にすることないのに」
「だって……時音に新鮮な気持ちで文化祭を楽しんで欲しかったんだもん。私が文化祭のこと何でも話しちゃったら、時音は今日びっくりすることがなくてつまらないかなーって」
「話に聞いてるからって、つまらなくなんかならないわ。こういうのは、場の雰囲気を楽しむものなんだから。それに雨音と……広瀬に隠し事をされるのは、ちょっと嫌だもの」
「ごめんねぇ。でも、私も広瀬さんに相談してるのがバレるの、恥ずかしくて嫌だったから……」
「嫌とはなんですか、嫌とは」
「そうね、確かに雨音が広瀬を頼るなんて珍しい。広瀬は、ちゃんと雨音の役に立てたのかしら?」
「うん、広瀬さんの意見はすごく参考になったよ。コーヒーを豆から淹れるのは効率的じゃない、インスタントにしておくべきとか。デザートの盛り付けはもっと単純にして、見た目にバラつきが出ないように注意する、とか。文化祭だと、調理が苦手な人もキッチンの仕事を手伝うことがあるから。広瀬さんがこなせる基準を参考にメニューを考えたの」
「広瀬にできる料理なら、他の誰でも出来るものね」
「そうそう!それに調理を簡単にした分、接客とか内装とか衣装とか、他の部分に力を入れることができたから。みんなすごく助かったの。広瀬さんのおかげだよ」
「お役に立てたのなら光栄です」
広瀬の不器用さも、役に立つことがあるのね。私も雨音を見習って、広瀬を活かせる場面を考えてあげないと……
そんなことを考えていると、教室から眼鏡の女の子が出てきて雨音に声をかけた。
「雨音、近くに寄ったのなら手伝ってくれ。客が増えてきて人手が足りなくなってきた」
「あ、るぅちゃん!わかった、今行くね!」
「じゃあ、私はお店を手伝ってくるから。時音と広瀬さんはゆっくり楽しんでいってね」
「がんばってね、雨音。いってらっしゃい」
「いってきます!」
♢♢♢♢♢
雨音のクラスの模擬店は人気なようで、入店するのに少し並んで待つことになった。しばらくすると、急いで準備を済ませた様子の雨音が、再び私たちの前現れた。
「お帰りなさいませお嬢様、ご主人様」
「雨音かわいい!」
雨音はロングスカートで落ち着いた印象のメイド服に身を包んで、私たちを出迎えてくれた。メイド喫茶と聞いて、俗物的なものだったらどうしよう、雨音が変なことをやらされないかと不安だったけれど、この洗練された雰囲気のメイド喫茶なら安心して雨音を任せられる。
「お上品なデザインのメイド服で素敵。とっても似合ってる!生地もいいものを使ってるみたいね。縫製もしっかりしてる」
「だよねぇ。これ、さーやちゃんが作ったんだよ」
「家のメイド服に正式に採用したいくらい。そろそろデザインを新しくしたいと思っていたし」
「文化祭が終わったらお願いできないか、後でさーやちゃんに聞いてみよっか」
「広瀬、写真!せっかくだから、撮っておきましょう」
「お任せ下さい」
「あ、写真撮影は1枚500円かかることになってるから、バレないように内緒でね。るぅちゃん……じゃなくて、メイド長お金に厳しいの……さーやちゃんがメイド服に予算いっぱい使っちゃってすごく赤字だから……」
「そうなの……そういう事情なら、私たちも色々注文して売上に貢献しないとね。おすすめのメニューは何?」
「色々あるけど、プリンと紅茶のセットかな!プリンは私が調理担当で、いちから作ったんだよ」
「じゃあ、それにしましょう。雨音の分も私たちが払っておくから、席に着いたら一緒にいただきましょうね」
「やった〜時音、じゃなかった!お嬢様ありがとうございますですわ!」
「ふふ、雨音はあまりメイドに向いてなさそうね」
「広瀬さんよりは向いてるはずだよ!」
「訂正するわ、広瀬よりは向いてる」
「僕、本業なんですけど……」
♢♢♢♢♢
「プリン~プリン~なめらか甘くて~美味しくできたプリン~♪」
教室の後ろ側、キッチン用のスペースにある冷蔵庫から冷やしておいたプリンを3つ取り出す。私と時音と広瀬さんで食べる分だ。
……でも私、今朝お店用のプリン作った時に味見で5つも食べちゃったんだよね。さすがに食べ過ぎかな……私の分は時音にあげようかな……?
そうやって悩んでいると、スタッフ用の出入口にしてある教室の後ろのドアから、誰かが入ってきた。
「ただいま戻りました……」
「あ、昴くん!お疲れ様」
「雨音さん……お疲れ様です」
昴くんはお店を手伝いに、実行委員の仕事を抜けて戻ってきたみたいだった。準備の時から忙しそうにしてたけど、文化祭当日も忙しいみたい。
「昴くん本当に疲れてるみたいだね?そうだ、このプリン1つあげる。私が作ったんだ〜。美味しくできたから食べて食べて。はい、あーん」
「…………」
「? どうしたの昴くん。プリン嫌いだった?」
「そうじゃなくて、その……」
昴くんは困った顔をして、さっき入ってきた教室の後ろのドアを見た。
「なんか、殺気が……すごくて……」
「……? どちら様?」
ドアの少し空いた隙間から、誰かがこっちを覗いている。
金髪で、長い髪の……絵本で見た不思議の国のアリスみたいな女の子が、怖い顔で睨んでいた。
「どちら様って!俺!俺だよ!雨音の彼氏の青葉七色です!!」
「え、七色?かわいい格好してる!かわいい〜」
「うわっ、ほんとだ。何その格好」
「うわって何だよ、うわって。文化祭なんだから仕方ないだろ」
「そうそう。俺たち、童話喫茶だからな。七色が不思議の国のアリスちゃんで、俺が親指姫だ」
「うわっ」
ドアが空くと、七色の後ろに一真くんがいるのが見えた。一真くんは、ビリビリでぎゅうぎゅうのワンピースをきた、むきむきのお姫様になっていた。こんな姫、童話にいたかなぁ……?
昴くんは驚いて固まっている。
「一真くんは強そうなお姫様だねぇ。そっかぁ、童話喫茶だからりょーちゃんは王子様だったんだね」
「そうそう。衣装決めで揉め、女子達にジャンケンで負け、結果このザマよ。あいつらマジで容赦ねー……ナナちゃんと違って、俺に女装は無理がある」
「ナナちゃんはやめろ」
「いーじゃん今日くらいは。ナナちゃん♪」
「やーめーろー!」
「……で、君たちは何の用なの?俺今、プリンを分けてもらうので忙しいんだけど」
「あ、そうだった。はいどーぞ」
「ありがとう雨音さん。すごくおいしい」
スプーンでプリンをすくって昴くんに食べさせると、よろこんでもらえたみたいだった。おいしく作った自信作だから、気に入ってもらえて私もうれしい。
「あーーー!!!だから、そういうのやめろって!!!俺、まだそれやって貰ったことないのに!!!!」
「後でやって貰えばいいんじゃない?有料だけど」
「そう、有料だ。相沢は同じクラスかつ実行委員でうまく予算の口利きをしてくれる存在として、無料でサービスを受ける価値がある。しかし、他クラスで競合のお前たちにその価値はない。羨ましかったら対価を払うことだな。1回500円だ」
「あ、るぅちゃん……じゃなくて、メイド長。お疲れ様です」
今回クラスの喫茶店を取りまとめる、えらい人。るぅちゃんことメイド長がどこからか現れた。
「うむ、ご苦労だ雨音よ。それと、お客様をあまり待たせるのは良くない。厄介客は私が対処するから、早くテーブルに戻るがよい」
「そうだ、時音と広瀬さんに早くプリンと紅茶持っていかなきゃ。みんな、また後でね」
「俺も仕事に戻らないと……ホール、手伝ってきますね」
「あっ、待って!500円、500円なら今あるから!」
「プライドねーのかナナちゃんは。……じゃ、俺こいつ連れ戻しに来ただけなんでそろそろ戻りますわ。七色、目離すとすぐシフト抜けてサボるんで、またこっちに邪魔しに来たら連絡ください。失礼しました〜」
「嫌だ〜!そもそも俺は雨音がメイド喫茶やるの認めてないからなー!!」
七色が一真くんに引きずられてだんだん遠ざかっていくのが、小さくなっていく声でわかった。るぅちゃんは大きくため息をついて2人を見送った。
「何しに来たんだあいつら。さては、金も払わずに雨音のメイド姿を見に来ただけだな?」
「もしかしてメイド服見せるのも、有料になっちゃう……?」
「いや、金を払わせる用の衣装は他にある。後でそれを着て大金を……冗談だよ。雨音にそんな闇営業はやらせないさ。今回は正統派メイドとしてがんばってくれ」
「? わかった」
♢♢♢♢♢
色々あった後。キッチンスペースで紅茶の準備をしていると、昴くんが慌てた様子で声をかけてきた。
「あ、そういえば雨音さん!佐々木さんから、伝言があって。雨音さんに急ぎの依頼です。手が空いたら、放送室に来てくださいって。……出来れば、双子のお姉さんも連れて」
「時音も?」
「うん。正確には佐々木さんからというより、沙亜耶さんからの依頼みたい。だから、たぶん変なことには巻き込まれないとは思うけど……」
「さーやちゃんから? わかった、行ってみるね」
そういえばさーやちゃんには、メイド服のことでお話があるんだった。次に時音をどこへ連れていこうか決めていなかったから、ちょうど良いかもしれない。
「あと放送室に行く途中にある、図書室には絶対に近寄らないで。今年は後輩たちがすごく何と言うか……教育に良くない催しをやってるから。絶対に関わっちゃだめだよ」
「わかった」
昴くんがそこまで言うなら、近寄らないでおこう……。




