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花は君のために  作者: 須田昆武
Season2~ラブコメ編
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プライベート・アイズ /その6



「……それにしても、凄い雑草だね」


「手入れをする人間がいなくなったからな。アタシもこの庭に頻繁に来れる訳じゃないし。さ、無駄口を叩いてる暇はない。さっさと終わらせるぞ」



 ルーシィさんが庭と呼んだこの場所は、長い間放置されていたようで一面が雑草に覆われていた。雑草の合間に、たまにブロックで囲われた空間がある。ここが、おそらく花壇なのだろう。

 庭全部の手入れをしていたら日が暮れてしまうので、俺たちは庭の中央にある大きな花壇だけ整えることになった。貰った軍手をはめて、黙々と雑草を抜いていく。色々と聞きたいことはあったけれど、ルーシィさんが真剣に庭仕事をしている様子を見て、俺たちも余計な詮索をするのは後にして作業に集中することにしたのだった。


 ある程度雑草がなくなって、種を植えるスペースができ一息ついたところで、俺は意を決してルーシィさんに声をかけた。



「ねえ、ルーシィさん。聞きたいんだけど、この場所って――」


「今回植えるのはこの花だ。新種だから、名前はまだない」



 ルーシィさんは俺の話を遮って、持っていた植物の種の説明を始めた。種が入った紙袋の表面には、空色の小花がプリントされた紙が貼られている。おそらくこの種を蒔くと、写真通りの花が咲くのだろう。



「繁殖力が強く、放っておいても勝手に増える。増えすぎて他の雑草が生える余地がなくなるから、今後は草むしりの必要がなくなるそうだ」



 ……そんなもの勝手に植えてしまって大丈夫なのだろうか。植物の生態系を壊しそうな気もするけど……まあ、この庭の管理の権限はルーシィさんにあるみたいだから。たぶん良いのだろう。



「知り合いの研究チームが暇を持て余し、品種改良を重ねに重ねた結果、暑さにも寒さにも虫にも強くなった植物だ。放っておいても簡単に枯れはしない。来年には、綺麗な花が一面に咲くだろう。再来年もその先も、種を残し、根を張って、ずっと咲き続ける」


「植えるのを手伝うのはいいけど。僕たちはまだ全然状況を把握できてないんだよ。ここは何なんだ。お前は、何のためにこんなことをしてるんだ?」



 朝日は、ルーシィさんにはっきりと疑問を投げかけた。俺と違ってよく通る声は、ルーシィさんの耳にもちゃんと届いただろう。もう、誤魔化しは通用しない。この場所は何なのか。何故、ルーシィさんはこの庭を手入れする必要があるのか。僅かに残った雑草を引き抜く手を動かしながら、俺たちは静かにルーシィさんの答えを待った。



「……言っただろう、償いのためだと。それに、ここが何なのかはお前たちも知って………………る訳が無いよな?何だ、お前たち。何故ここへ来た?雨音は、お前たちには何も伝えていない筈だ」


「!! ねえそれ、どういうこと?雨音さんが、何か関係しているの?」


「僕たちは、お前の後を付けて来ただけだ!何なんだよ!お前は一体、何を知ってるんだよ!!」


「あー、うるさいうるさい。静かにしてくれ。そうか、お前たちがここへ来たのは単なる偶然か。なら、私から話すことは何もない。これは私が勝手にしていることだから。気にしないでくれ」


「気にするなって言われたって……!」


「納得がいかないようだな?では、アタシの身の上話をしてやろう。それで勘弁してくれ。……何も知らない人間がここへ来るのは想定外なんだ。一から何もかも説明するのは、骨が折れる。それに、雨音の意に反して秘密を公にするつもりはない」


「だから、何で雨音さんが――」


「昔々、あるところに。若き優秀な研究者たちがいた」



 ルーシィさんは俺たちの声をかき消すように話を続けた。俺たちにはもう、大人しく話を聞く以外の選択肢は無いようだ。



「片方は日本人とアメリカ人のハーフ、そしてもう片方はベトナム人とロシア人のハーフだ。二人は恋に落ち結婚し、やがて子供が生まれた。それがこのアタシ、立花ルーシィ」



 正直、ルーシィさんの身の上話自体に興味はない。けれど、もしルーシィさんが俺たちの知らない彼女のことを知っているのなら。少しでも、彼女の秘密とは何かを掴むことができるのなら。

……俺たちはこの話に耳を傾けるしかないのだ。



「二人の才能を受け継いだアタシは将来、両親と同じように立派な研究者になるのだと信じて疑わなかった。けれど、そんな輝かしい未来も理想も、脆く崩れ去った。一人の男の裏切りと、一人の少年の奔走と……そして一人の少女の涙によってな」



♢♢♢♢♢



 ――と、その話は今回は割愛しておこう。あくまでも、メインはアタシの昔の話だ。そうだな、では幼少期まで遡ってみるとしよう。



 アタシの両親は大変優秀で仕事熱心だったため、一日の大半を仕事場の研究所で過ごしていた。二人が結婚して子供が産まれてからも、その生活は変わらなかった。だから、アタシは両親の働く研究所に連れていかれて、子供時代の大半をそこで過ごした。

 研究所には大人ばかりで、とても退屈だったよ。



 だけど研究所の窓の外では、アタシと同じくらいの子供たちがいつも楽しそうに遊んでいるんだ。

 アタシは何度も両親に駄々をこねた。あの子たちと一緒に遊びたい、あの子たちと友達になりたいって。けど、両親も他の大人たちも、それを決して許してはくれなかった。君とあの子たちは、違うんだからって。



 アタシにはそれが、理解できなかった。どうして、アタシはあの子たちと違うんだろう。どうして、アタシは狭くて冷たいこんな場所に閉じ込められて、自由にできないんだろう。そう、いつも思ってた。いつも笑顔のあの子たちが羨ましくてしょうがなかった。



 だけど、大きくなるにつれて徐々に理解したんだ。全部、アタシが思っていたのとは逆だったんだって。アタシじゃなくて、あの子たちが特別で。――本当に自由なのは、アタシの方だった。



 それからアタシは、積極的に両親の研究を手伝うようになった。といっても、雑用みたいなことしか出来なかったけど。何もやることがない時は……趣味で庭を管理してた変な人がいてさ。その人と一緒に、今日みたいに庭の手入れをしてたんだ。



 で、高校生くらいになって。アタシは初めて責任ある大きな仕事を任された。ある対象の行動と様子、その周辺の人間関係について記録して報告して欲しいって。



 ……だから、アタシはあの子に近づいた。必要最低限の接触で済ませて、馴れ合うつもりは一切無かった。けど……


 あの子はアタシを、友達だと言ってくれた。



 あの子のことは、昔から知ってた。かわいくて、いつもきらきら笑顔を振りまいて、子供たちの輪の中で楽しそうにしている子だった。ずっと、あんな子と友達になりたいって思ってた。そんな子供の頃の小さな夢が、密かに叶った瞬間だった。



 ……それが嬉しいと同時に。…………心苦しかった。アタシは決して、あの子の味方に……本当の友達にはなれないから。

 あの子はただの観察対象だ。余計な感情を挟むべきではない。そう自分に言い聞かせて、淡々と仕事をこなした。アタシにはあの子を救えなかった。アタシはいつだって傍観者という名の加害者で。どうやったって、あの子を苦しめる側の人間にしかなれなかったんだ。




 …………でも今はもう、そんなしがらみは一切無くなった。色々あって、何もかも全部、無意味になってしまったから。おかげでこっちは大変だったけど……うん。これで良かった。アタシは、そう思ってるよ。




 あの子は……意外と侮れなくてさ。アタシの立場のこと、とっくに気づいてた。修学旅行の最後の夜、二人部屋で。今までのこと謝ろうと全部打ち明けたら…………うん。知ってたよ、なんてけろっと言うんだ。先生がよく話してた、一緒にお庭を綺麗にしてくれていた女の子だよね、って。



 アタシの立場も全部分かってたのに、あの子は何も気にせずアタシを友達だと思ってくれてたんだ。アタシはそれを知って、今までの罪悪感と、うれしさと、よく分からない感情でぐちゃぐちゃになって。朝までわんわん泣いて。……色々と簡略化したが。立花ルーシィは、こうしてとある少女と、なんのわだかまりのない本当の友達になったのさ。



 はい、これで終わり。めでたしめでたし。




 ……後は、エピローグだな。この庭を管理していた人がここには居られなくなってしまったから、今はアタシがここを管理してる。でも、アタシだっていつまでもここに来られる訳じゃないから――


 この楽園を、祈りを絶やさないように。

 こうして、いつまでも枯れない花を植えている。



♢♢♢♢♢



「……ここには、何も無くなってしまったけれど。それでも、忘れちゃいけない大切な場所なんだ。この花は、あの子たちの為のものだから」



 ルーシィさんはどこか遠くを見つめて、寂しげに話した。ルーシィさんが話したのは、きっとこの場所での思い出と、雨音さんとの出会いについてだ。じゃあ、ここはもう使われていない研究所ってこと?一体何の……?



「どうだ、お前たち?アタシの話は楽しめたか?」


「……全ッ然意味が分からねえ」


「フッ、子猫ちゃんにはまだ早かったな」


「あ゛あ?」


「……………………」


「どうした?相沢」


「…………ううん、何でもない」



 ルーシィさんの話を聞いても、確信的なことは掴めなかった。……けど、それでいいのかもしれない。俺たちにはきっと、彼女のことを踏み込んで聞く権利なんて、何も無い。



「…………一応言っておくが。雨音がペラペラと自分の身の上を語らないのは。決して、お前たちを信頼していないからじゃないよ。ただ、あの子の口では説明しきれないことが多すぎるんだ。ほら、雨音はお勉強が苦手だからさ。…………それに、花園雨音は花園雨音だ。それ以上でも、それ以下でもない。それこそが揺るぎない真実だ。きっと、お前たちが何を知ろうと、知るまいと。関係ないのさ。あの子は、いつだって変わらずあの子のままだよ」



「……うん」


「それくらい、いちいち言われなくても僕にも分かってる。雨音さんは、雨音さんだ。たとえどんな秘密があろうと、関係ない。何があっても、僕は彼女のことを誰よりも愛している!」


「なっ…………それは俺だって……!」


「ふふ、そうだな。その意気だ。……最後に、お願いだ。今日のことはアタシたちだけの秘密にしてくれ。もし雨音が知ったら、庭の管理を手伝うと言って聞かないだろうから。……ここはもうすぐ、この庭を残して更地になる。正真正銘、何も無くなるんだ。あの子がどう思うかは分からないけれど……アタシはね、雨音はもう二度とこの場所に来る必要はないと思ってる。あの子の居場所は、ここにはない。後は前だけを見て、幸せに生きてくれればそれでいいんだ。……分かったな?」



 俺たちは無言で頷いた。この場所のことも、今日聞いた話も。全部心の奥底にしまっておこう。俺たちはただ、自分たちにできることをやるだけだ。



「ほら、サボってないでさっさと手を動かせ。しっかり働いた分、報酬はくれてやろう。何がいい?雨音の生写真か?」



ルーシィさんはそう言うと、雨音さんのブロマイドを1枚見せびらかした。……あっ、忘れてた。俺たちがここに来た本来の目的!



「お前それ!!!やっぱりお前が犯人だったんだな!?雨音さんで商売しやがって!現行犯で逮捕してやる!!!!」


「……あれ?でもこれ、チェキじゃない。ただの写真だ」


「チェキはその場で印刷できて便利だが……大きくて邪魔だからな。あれは修学旅行以外で使っていない。このデジカメは便利だぞ。写真データをクラウド保存できる。そして4Kだ」


「なっ……じゃあ、お前が隠れて売ってたあのブロマイドは何なんだよ!」


「売っていた?アタシは写真を売ったことはないよ。これは全部、アタシのためのものだ。そして、この雨音の写真をお前たちに渡すつもりもない」


「てめえ!さっきと言ってることが違うじゃねーか!報酬はどうすんだよ!」


「後でジュースでも奢ってやろう」


「割に合わねー!!!」


「あはは……結局、盗撮犯の正体はわからずじまいかぁ」


「本当にお前じゃないんだろうな?これは、お前が撮った写真だろ?なら、お前が犯人だ!」


「ん?ああ、雨音のチャイナ服の写真か。確かにこれはアタシが撮ったものだが…………学校の廊下で誰かとぶつかった時に失くしたか盗られたんだ。誰だったっけな……忘れた」


「盗られた!?ちゃんと思い出せよ!写真を盗んだそいつがクロに違いない!」


「忘れたものは仕方ないだろう。真犯人はきっと、この写真にインスピレーションを受けて、チェキ型のブロマイドを売る商売を思いついたんだな。なかなか賢いじゃないか」


「あー、くそ!他に手がかりなしかよ!」


「事件は迷宮入りだね。じゃあ、探偵コンビは解散ということで……」


「解決するまで逃げられると思うなよ、相沢」


「えっ、だってもうやることないでしょ」


「振り出しに戻ったからな。また聞き込み調査からだ」


「勘弁してよ……」



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