プライベート・アイズ /その5
「あっ、それは美少女ブロマイドですね。実は、この美女週報には暗号が隠されておりまして。その暗号を辿ると、選りすぐりの美少女ブロマイドを購入することができるという……あ~!ごめんなさいごめんなさい!!!佐々木、うっかり言い忘れてただけです~!やましいことはないです~!信じてください~!!!」
教室に戻って先程入手した雨音さんの写真を見せると、佐々木さんは聞いてもいないのにペラペラと情報を喋りだした。
これは黒だ。と確信した俺と朝日は、とりあえず佐々木さんを椅子に縛りつけた。
「酷いですよ、まったく。僕を容疑者みたいに扱って。僕はただの、善良な市民に過ぎないというのに」
「そうだね。佐々木さんは容疑者じゃないよ」
「犯人は盗撮を行い、写真を販売することで利益を得ていたと推測できる。つまり、この雨音さんのチャイナ服写真を撮影した人物であり……事件の第一容疑者は――」
朝日は喋りながら、ちらりと窓の外に目を向けた。視線の先、下校時刻になって帰路に着く生徒たちの中に、その姿はあった。
数々の女子生徒の写真を盗撮していた犯人。勝手な先入観で男の仕業だと思っていたけれど、それは間違いだったようだ。真犯人は過去にも雨音さんのブロマイドを撮っていた、あの人物に違いない。
「――立花ルーシィ。あの女って訳だ」
◇◇◇◇◇
容疑者を特定した俺たちは、急いで彼女の後を追った。
「あの女がほとんど黒で確定とはいえ、更なる証拠を集める必要がある」
「どうして?後は本人に問い正せばいいんじゃ……」
「……あの女は、案外頭が回るんだ。こっちの準備が整っていないうちに下手なことをしたら、証拠を消されて自分は無関係だとシラを切り通されるかもしれない。可能なら、決定的な現場を押さえたいところだ」
「だからって、こういうのは良くないんじゃない?」
俺たちは現在、ルーシィさんにバレないようこっそりと隠れながら尾行をしている。朝日がこういうストーキングが得意なおかげか、今のところ気付かれている気配はない。
「仕方ないだろ。僕はあの女のこと、何も知らないんだ。何事もこういう地道な調査がだな……」
「あっ、見てあれ!」
「どうした!!あの女ついに本性を現しやがったのか!?だったらすぐ現行犯を逮捕」
「そうじゃなくて!」
ルーシィさんが路地裏の寂れた駐輪場に入り、出てきたと思ったら。物凄い勢いで飛び出して、大通りに出て行ってしまった。……エンジン音を響かせながら。
「原付で行っちゃったんだけど……」
「何で原付で通学してんだよ!!校則違反だろ!!!」
「これじゃ見失うのも時間の問題だね、今日はもう諦めて……」
「タクシー!!!!」
「ちょっ、なに止めてんの!!!えっ、まさかタクシーで追うの?そんなお金ないけど!!」
「うるさい、金ならある!ごちゃごちゃ言わずに乗れ、置いてくぞ!!!」
「ええっ……」
朝日の勢いに圧されて、目の前に停まったタクシーに俺も乗り込んでしまった。容疑者確保のためとはいえ、ここまでする必要はあるだろうか。
「あの原付を追ってくれ!!急いで!」
「もしかして君、それが言いたかっただけでしょ!?運転手さんごめんなさい、こいつドラマの見すぎで頭おかしいんです、すみません……あっ、はいあれです、よろしくお願いします」
♢♢♢♢♢
ルーシィさんの尾行をタクシーで続けて、数十分。まさか、こんな距離になるとは思わなかった。もし通学にこんなに時間がかかるなら、原付登校も納得だ。
窓の外から見えるのは、民家なんてほぼない緑におおわれた景色で。こんなところにルーシィさんの家があるのだろうか……?と思う。もしかして、自宅じゃないどこかへ向かってる?でも、何処へ?何のために?
…………タクシー代は、いくらになるのだろうか。
「……ルーシィさん、どこまで行くんだろう」
「ほぼ山じゃねーか。こんなとこに何の用があるんだか……はっ、あの女、もしかして殺した死体を埋めに……!」
「嫌なこと言わないでよ!縁起でもない。ちょっと薄気味悪いんだから、怖くなるだろ!」
「ビビってんのか? ダセーな相沢」
「あの……お客さん……」
「うわっ!?はい、何でしょう!?」
タクシーの運転手に急に話しかけられ、変な声が出た。さっきまで全く喋らなかったのに、どうしたんだろう。俺たちうるさくしすぎたかな?
なんて思っていると、車は急に森の中で止まって動かなくなった。
「ここから先、車両進入禁止みたいなので……行けるのはここまでですね、はい」
「えっ」
そう言われて、目の前の道路を確認する。舗装された道はまだ続いているが、車両進入禁止の衝立が道路の中央を塞いでいる。俺たちが進めるのはここまでのようだ。ルーシィさんは、この先へ無理やり進んで行ったようだけれど……。
「お客さん、一応何かあったら電話してくださいね……しばらく麓には居るので……あと、くれぐれも遭難にはお気をつけて……」
それなりに高くなったタクシー代は、朝日がカードか何かですぐ払い終えたようで。車から降りた俺たち二人は、山の中にぽつんと取り残されてしまった。狭いスペースで器用にUターンして、タクシーは来た道を戻っていく。俺たちもあれに乗ったまま帰った方が良かったのではないだろうか。
「ど、どうするのこれから」
「……あの女はこの先に行ったんだから、行くしかねーだろ」
「でも、この先って完全に山だよ?立ち入り禁止みたいだし、このまま追いかけても……あっ、ちょっと!勝手に行くなって、遭難したらどうするんだよ!」
朝日は俺の事を無視してどんどん進んでいく。俺も後を追って、進入禁止の先へ進んでいった。これ、不法侵入にならないかな。心配になってきた。衝立とは別に通行止めの看板もあったりして、より一層不安が掻き立てられる。
余所見をしていたら、急に立ち止まった朝日に気付かずぶつかった。
「うわ、急に止まるなって」
「…………見ろよ、この道。車両通行禁止なのに、車が通った跡がいくつもある。それに、この看板も新しい」
「えっ?」
朝日に言われて周囲を見てみると、確かに。道路には、沢山のタイヤの跡が残っていた。看板も、錆や汚れはほとんど無くて最近設置されたもののようだ。
「……本当だ。最近まで、この道は使われてたってこと?」
「かもな。行くぞ」
「ま、待ってよ。置いていくなって」
♢♢♢♢♢
「ずいぶん歩いたけど……ルーシィさんも何も見当たらない。ねえ、本当にこの道で合ってるのかな」
「一本道なんだから迷うはずないだろ」
「だけど、さすがにかなり不安になってきた……」
「…………」
先程までの勢いはどこへ行ったのか。朝日は先頭を歩くのをやめて、俺の後ろを着いてくるようになった。
実はこいつも、怖いのかもしれない。不安な気持ちは分かる。山道だから当然だけど、どこまで行っても人の気配はない。森はどんどん深くなるばかりで、この先に何かがあるとは思えなかった。
「うわっ!」
ガサガサと薮の方から音が聞こえると、朝日は俺に飛びついてきた。正直鬱陶しい。この辺りに熊は生息していないだろうから、小動物か何かだろう。予想の通りに、目の前を小さな狸が走り去っていく。
「ビビりすぎだって、何なの君……」
「うるせーさっさと歩け」
「歩きづらいんだけど……あっ」
「ど、どうした!」
「森が開けてきた、見て。何かあるよ、ほら!」
早足で先へ向かうと……目の前に広がったのは不自然な光景だった。
薄暗い森の中にぽっかりと穴が空いたように、平地が広がっている。その中央には、大きな白い建物。周囲はぐるりと柵で囲われていて、異様な雰囲気を放っていた。
建物の手前には駐車場があり、その片隅にルーシィさんが乗っていたであろう原付が停められている。
「建物……?なんでこんな所に?」
「それより、あの女はどこだ?原付があるってことは、まだ近くに居るはずだ。おそらくあの建物の中に……」
「ここには、何も無いよ」
「「!!」」
突然、背後から声をかけられた。それは、俺たちが追いかけていた人物の声だった。聞き慣れたクラスメイトの声は、いつもより冷たく、淡々としている。
「ル、ルーシィさん。こんにちは……」
「き、奇遇だな。こんな所で会うなんて」
「俺たち登山してたら遭難しちゃって。気がついたらここにいた?みたいな、はは」
「下手な小芝居は必要ない」
恐る恐る背後を振り返る。ルーシィさんは、鋭く俺たちを睨みつけていた。張り詰めた空気が辺りに漂う。言い訳の言葉は、もう何も出てこなかった。嘘も誤魔化しも、きっと彼女には通用しない。
「……だろうな。なら、単刀直入に言おう。僕たちは、お前の秘密を知っている」
朝日はルーシィさんを真っ直ぐに見つめ、言葉を返した。
その光景は、ドラマで犯人を追い詰めるラストシーンのようであり。また、新たな物語へと繋がる序章の一幕のようでもあった。
「………………そうか」
ルーシィさんはそう小さくぽつりと呟くと、俺達を追い越してスタスタと建物の方へ歩いていった。
「おい、どこへ行く!」
「来い。お前たち、暇なら手伝ってくれ。人手が足りないんだ」
「僕たちは犯罪に手を貸すつもりはないからな!」
「犯罪?違うよ。アタシは後始末をしたいだけさ。ほら、これを使え」
白い何かが放物線を描いて飛んでくる。ルーシィさんが、突然ボールのようなものをこちらに向かって投げてきたのだ。慌ててキャッチし手の中を確認すると、その正体はすぐに分かった。
「えっ、何これ。軍手?」
何故か、丸められた軍手を渡された。意図が分からず戸惑っていると、ルーシィさんとその後を追いかけて行った朝日はもう随分先へと進んでいた。
俺も急いで後を着いて行く。どうやら向かっているのはあの大きな建物の中では無いようだ。むしろその建物と柵から離れて裏側へぐるりと回るように、藪の中を突き進んでゆく。
しばらくすると、小さな物置小屋の前に辿りついた。ルーシィさんは手に持っていた鍵で扉を開け、ガサガサと荷物を取り出す。
俺達の目の前に、小屋から取り出されたスコップと、袋詰めにされた大量の土が次々に並べられる。
これって、もしかして……?
「お前…………!! まさか、本当に死体を埋めようと……!」
「馬鹿だな、埋めるのはこれだよ」
最後にルーシィさんが取り出したのは、小さな袋だった。
中を除くと、小さな黒い種がいっぱいに入っていた。
「……植物の種?」
「ああ。ちょっとした庭仕事だ」
ルーシィさんは、その種を胸元に抱えて目を閉じた。
そして、静かに告げる。
「祈りと願い、そして償いのために。楽園に花を咲かせるんだ」
彼女の慈愛に満ちた、それでいてどこか悲しげな表情に、俺たちは戸惑った。いつもの雰囲気とは、まるで違う。俺たちの知らないルーシィさんの姿がそこにはあった。
「さあ、手伝ってくれ」




