プライベート・アイズ /その4
「犯人の手がかりが図書室にあることを掴んだ探偵たちは、早速その現場へと向かうのであった。真実は未だ闇の中……果たして、探偵たちは犯人に辿り着くことができるのだろうか?……ゆけ!探偵たちよ!隠された真実とこの街の平和を求め」
「静かにしてください」
「ごめんなさい!」
うるさくしていたのは朝日なのに、つい反射で俺が謝ってしまった。
ここは図書室の入口前。騒がしさを聞きつけて、入口の扉から図書委員が出てきて開口一番で怒られた。まずい、出禁にされる!と思ったけど、そうだ、俺たちはとっくの昔に出禁にされている身だった。
図書室の扉の前に掲げてある出禁者リストには、今でも相沢昴と朝日圭の名前が綺麗に書き残されている。
「久々に現れたかと思ったら。変な人を連れてくるのはやめてくださいよ、先輩」
「なんだこいつ」
「図書委員の後輩。久しぶりだね」
「久しぶりすぎて先輩の名前も忘れてしまいました。どうせ先輩も、僕の名前はろくに覚えていないでしょうけど。……で?何か用ですか?さっさと消えてください。二度と近寄らないでください。貴方たちは図書館出禁ですよ?」
「生意気な後輩だな」
「それ君が言うの?……えっと、俺たちある事件を追っていて。事件の重要な手がかりが図書館にあるらしいんだけど……これについて、何か知ってる?」
後輩に、佐々木さんから取り上げた例の『美女週報』という雑誌を手渡す。後輩はその中身をパラパラと眺めると、眉間に皺を寄せていかにも低俗なものを侮蔑する目で、雑誌と俺たちを交互に見た。
そしてしばらくすると、後輩は思い出したかのように図書室脇の廊下へと向かった。廊下の隅には古い長机が並べてあって、その机の上には地域のイベントのチラシ、漫画部の同人誌、文芸部の短編小説集などが乱雑に並べられている。そしてその山の中に、ひっそりと。
後輩が手に持っているものと同じ『美女週報』が数冊、丁寧に並べられていた。
「これはたぶん、このフリースペースの雑誌ですよね。ここは、生徒が発行したチラシや本を自由に置けるように解放してあるだけなので、本来は図書委員の管轄外なのですが……まさか、こんないかがわしいものが置いてあっただなんて。汚らわしいですね。図書室の風紀が乱れます。これは取り締まりが必要です」
「おい図書委員。これを発行した奴、もしくはこれをここに置いて行った奴の情報はないのか」
「僕には何も分かりませんが……うーん、雌豚たちなら何か分かるかも」
「今なんて?」
「ねぇ、雌豚たち。この雑誌について何か知ってる?」
あれっ、俺の聞き間違いじゃないのかな。
後輩が呼びかけると、図書室の中から数人の女子生徒が現れた。
女子生徒は全員長い前髪で目元を隠し、黒いマスクをつけていて、あと首にチョーカー?……首輪?みたいなものをしている。怖い。異様だ。
女子生徒たちは一言も喋らず、首を横に振って何かを主張し、静かに図書室へと戻って行った。
「……有力な情報を持っている豚は特にいないみたいです。お力になれず、申し訳ありません」
「いや、そんなことはいいんだけど……今の何?」
「使えない豚たちにはお仕置きが必要ですね。少々お待ちください」
後輩は図書室の中へ入っていき、静かに扉を閉めた。
この部屋で何が起こっているんだろう。中からは、後輩が何かを罵る声と、ピシャっと何かを叩きつける音と、女子生徒たちの謎に艶めいた声が微かに聞こえてくる。
SM?SMなの?分からない。分かってはいけない気がする。
「お前のとこの後輩、やばいな」
「昔は大人しい普通の子で、こんな感じじゃなかったのに……どうして……」
「どうして?何もかも貴方のせいですよ、先輩」
「俺!?」
用が済んだのか、後輩が図書室から気配もなく出てきた。びっくりした。怖すぎて涙が出そうになった。
そしてよく分からいけど、何もかも俺のせいらしい。
「先輩は、先代のお気に入りだったでしょう。女王が卒業した後、あの椅子は先輩が引き継ぐことになるはずだった。なのに去年の卒業式の後、女王直々の命令を先輩が拒否したせいで……こんなことに!!」
「だってその謎の制度意味分かんないし怖いし……!俺、そういう変なのとは関わりたくないから……!」
「ねえ、先輩。どう責任取ってくれるんですか。貴方のせいで、僕の人生めちゃくちゃです。本来なら僕だって、普通の男子高校生でいられる筈だったのに。先輩が僕のことを見捨てるから……あっ、どうして逃げるんですか先輩!どうしてどうしてどうしてどうして」
「だから怖いんだって……!!!!」
◇◇◇◇◇
後輩からは何とか逃げきれた。トラウマになりそうだ。もう二度と図書室には近づきたくない。
校舎の裏で息を整えていると、後から朝日が俺に追いついてやってきた。捜査には危険がつきものだということを、朝日も身をもって理解しただろうか。探偵ごっこなんて、もうやめた方がいい。
「結局図書室では、何の情報も得られなかったね……」
「そうとも限らないぞ」
朝日は得意げな顔をして、何かを胸ポケットから取り出した。
「何これ。……写真?」
「さっきの雌豚ちゃんたちの中に、僕のファンがいたみたいだ。図書室で拾った写真が、雑誌と関係あるかも……ってこっそり渡してくれた。相沢、これに何か見覚えはないか」
写真は小さくて四角い、どこか懐かしい感じのする、いわゆるチェキで撮ったようなものだった。中央には雨音さんが写っていて、歴史的建造物の背景と、煌びやかな民族衣装が特徴的だ。
「これは……あれだよね。修学旅行の時の、チャイナ服の雨音さん……」
「修学旅行の時か……どうりで僕が見たことがない雨音さんの姿だと思った。くそっ、なんて可愛らしいんだ。この雨音さんの姿を直接見た奴も、写真を持っていた奴も全員許せない……!雨音さんの素晴らしさをこれ以上他の人間に知られてたまるか!これは僕が責任をもって保管する!!!!」
「あっ、待って!今何か思い出しそう……!!」
「お前、そう言ってこれを奪う気だろう!させるか!雨音さんは僕のものだ!!!」
「ちょっと黙って!君のじゃないから!確かこれは――――」
「相場の3倍…………?」
「はぁ???」




