プライベート・アイズ /その1
夏休みが終わり、学校生活が再開した。朝の教室にはまばらに人がいて、夏休みはどうだったかとか。課題が終わってない、とか。そんな話し声が聞こえてくる。
俺と、隣の席の雨音さんも似たような話を軽くして。朝の静かな時間を穏やかに過ごしていた。
そこへガラガラと大きな音でドアを開けながら、クラスの最年長者がにこやかに教室に入ってきた。
「皆さんお久しぶりです。夏休みはいかがでしたか?何かいいことはありましたか、相沢くん」
「別に……」
「おやおや?そうなんですか?僕は確かに見ましたよ。君が雨音さんと二人で歩いている姿を」
「あれは偶然で、特に何かあった訳では……そう言う佐々木さんは、どうなんですか」
「何も無いですね。仲良しの司くんと競馬に行って、ちょっと勝ったくらいです」
「何やってるんですか……」
「合法ですよ、合法。僕は馬券が買える年なので。……それにしても」
「………………」
佐々木さんが目をやった先には、どこか物憂げな表情の朝日圭が教室の窓辺に佇んでいる。どうして3年の教室にいるんだ、といちいち気にするのも面倒になってきた。
いつもなら騒がしく雨音さんに絡んでいる朝日は、今日は雨音さんに声をかけることもなく、ただ教室に居座っているだけのようだ。
「今日は彼、随分と大人しいですね」
「……夏バテじゃない?」
「………………」
「雨音さんも、今日はいつもより静かですよね。こっちも夏バテ?」
「さあ……?」
「「…………………………」」
「なんか調子狂うなぁ。もっとこう、元気よくいきましょうよ。ほら、朝日くん。ぐっもにいえ~い」
「……………………い」
「?」
「……………………」
「えっ、聞き取れない。もう1回」
「探偵はそんなことしない」
「???」
「あっ、佐々木さん分かった。たぶんそれいつものなので、放っておいて大丈夫です」
「どういうことなんです????」
「つまり…………」
「時代は探偵ってことだ!!!!」
♢♢♢♢♢
「……なるほど。朝日くんと雨音さんがどハマりしている深夜ドラマが、昨日新章に突入したと。で、今度の主人公は探偵で……あれ?あのドラマって警察モノじゃありませんでした?」
「もう警察は古いんだよ。警察ごときにこの街は……テキサスは守れない。じーちゃんの名にかけて、俺が全ての悪を解き明かす」
「真実はいつもひとつ!」
変なドラマに深く影響を受けた二人は、決めポーズらしきものをビシッと決めた。先程までそこそこ賑わっていた教室は、一気に静まり返ってみんな二人に注目している。み、見ているこっちが恥ずかしい。
「うーん、なんともきな臭いドラマですね。まあいいか。それで、今日は朝日くんも雨音さんも探偵ということなんですね。なるほど」
「探偵は、ふたりでひとつ」
「そういうことなのさ……」
「あー…………この探偵たち、兄弟で。ダブル主人公なんですけど、原作では実は兄が」
「バカヤロー相沢、ネタバレするんじゃねぇ!!!!」
「相沢くん詳しいですね?」
「あの変なドラマ元々は小説だったので、それは読んでたから……内容は一応知ってます」
「そっか。じゃあ昴くん、一旦探偵役をお願いします。私は今から依頼人になるから」
「えっ?どういうこと?」
「この探偵事務所を訪ねてくるとは、何があったんですかお嬢さん」
「実は……大変困ったことになってしまいまして。探偵のお二人に力をお借りしたくて……」
「あっ、もう始まってる!」
「我々が力になりましょう。で、その困ったこととは一体何なのですか?」
「それが……最近、妙に変な視線を感じて。気のせいだといいのだけれど、少し怖くて……」
雨音さんは小さくため息をついた。あれ、これは演技?それとも本音?
佐々木さんも気になったようで、探るように質問を投げかけた。
「はい、一旦CMです。休憩入りまーす。佐々木から天才役者雨音さんに質問です。それは、リアルなお困りごとですか?」
「はい……」
「………………」
事件は解決した。雨音さんに変な視線を浴びせるような奴は、このストーカーしか考えられない。
「犯人はこいつです」
「ぼ、僕じゃない!!!!」
「朝日くん、前科一犯だそうですね。相沢くんから聞きました。再犯とは……もう、執行猶予では済まされませんよ」
「だーかーらー!僕じゃない!!!!!!」
「まさか、圭くんが犯人だったの……?」
「雨音さん……!違います、信じてください……!」
「圭くんがストーカーだったなんて、そんな……」
「違うんです!僕はただ、あなたを守りたくて……!ていうか、それは過去の話で!最近は、ほんとにそういうのはやってなくて……!信じて……!」
「真実はいつか全て暴かれる。……そういうことだよ、朝日。最後に全ての悪事が暴かれて兄に殺された弟探偵と、同じ末路だね」
「だから!!!!ネタバレするんじゃねー!!!!!」




