おまけ /遊園地(前編)
「邪魔してやるとは言ったものの……」
そのタイミングは案外早く訪れた。海水浴デートから2週間後、夏休み最後の週。課題を整理していたら、鞄の底からカラフルな色のチケットを2枚発見した。あー、確かこれスマ〇ラ大会の時に貰った遊園地のチケットだ。よく見ると、1枚で2名まで無料のペアチケットと書いてある。ん?じゃあペアチケット2枚ってことは、4名まで無料ってこと?……お得だな。でも確か遠くて、車がないと行けない距離なんだよな。ん?車…………車………………あるな。
「広瀬さん。遊園地行きましょう、遊園地」
「はあ?何ですか?迷惑電話なら切りますよ」
「ここに、有効期限が今週末までのペアチケットが2つ。つまり、4人分のチケットがあるんですよ。俺と雨音と、時音さんと広瀬さんでちょうどいいかなって。ただ、ちょーっと遠くて……という訳で、車出してください」
「君、人使いが荒くないですか?」
♢♢♢♢♢
「……君たちの付き添いで休日を潰す程暇では無いんですけど」
「着いてからそれ言います?」
週末。広瀬さんの長距離運転のおかけで俺たちがたどり着いたのは、他県の山奥にあるとある遊園地。天候に恵まれ、一面の青空と遠くには真っ白な入道雲が見える。少し日差しは強いけれど、日陰は案外涼しいし、山の中だからか空気も美味しい。マイナーな遊園地っぽいから、夏休みだというのに人もそんなに多くない。
「わー!遊園地初めて!楽しみ!」
「私も。こういう所には来たことがないわ」
「まずは何に乗ろうかなー。観覧車?」
「先に混むものから並びましょう」
雨音と時音さんは、目をキラキラと輝かせて遊園地のマップを眺めている。そういえば俺も、遊園地に来るのはいつぶりだろう。小学生の時以来か?確かあの時は家族で来て……はしゃいだ親に、苦手なお化け屋敷とかジェットコースターばっかり乗せられて、号泣した記憶がある。忘れよう。
今回は雨音たちと、楽しい思い出を作るんだ。
「時音様をこんなに暑い中、長時間外に連れ出すのは反対です。こまめに休憩を挟みますからね。それと、日が落ちる前には帰りますよ。こんな遠いところに来て、旦那様になんて説明すれば良いと――」
「はいはい、分かりましたって。そのへんは俺がうまくやっときますから。そんな難しい顔しないでくださいよ、広瀬さん。今日くらいは肩の力抜いてさ。……雨音も時音さんも楽しそうだし、いいじゃないですか」
「………………」
♢♢♢♢♢
「2名様ですか?」
「いえ、俺たちも前のと一緒です」
「失礼しました。4名様ですね。こちらへどうぞー」
…………。あれ?おかしいな。俺たち、4人で遊園地に来たはずなのに。雨音と時音さんが2人でどんどん先に進むから、全然一緒に行動してる感じがしない。遊園地でよくあるペアになってるカチューシャの耳もさ、普通、カップルでつけたいじゃん。なのに、雨音と時音さんがペアでつけるから、俺、何故か広瀬さんとペアでつけることになっちゃったじゃん。広瀬さんはそれでいいの?俺、嫌なんだけど。
そんな俺の複雑な心境を気にすることも無く、女子2人はアトラクションの待機列でも楽しそうに会話に花を咲かせている。置いて行かれてたさっきとは違って、今は真後ろのこんなに近くにいるのに。俺は会話に混ざることすら出来ない。
「雨音も時音さんも、完全に俺たちのことを忘れている……」
「こうなることくらい分かっていたでしょう」
「そりゃそうだけど、遊園地ですよ?もっとこう……あるでしょ、こうじゃないでしょ。なのに……あの2人はいつもあんな感じなんすか」
「あんな感じです」
「広瀬さんが持ってるそのカメラは何?」
「記録用です。気にしないで下さい。暇ならこっちの方お願いします」
「はぁ……」
やることも無いので、しぶしぶ広瀬さんからカメラを受け取る。何これ、一眼レフ?使い方全く分からん。
操作方法を聞こうと思っても、広瀬さんは集中して前の2人を撮ってるので声を掛けづらい。てか、2人はこんなパシャパシャ撮られてるのによく気にしないな。何この空間……?
美少女の双子を撮影し続ける大の大人とか、広瀬さんは見た目が良くて不審者っぽくないからギリギリ許されるけど。運が悪ければ通報されてもおかしくはない。というか、今日の広瀬さんはなんか違和感が……あ、いつもの執事っぽい服じゃないから?
ファッションのことはよく分からないけど、いつもの上品な感じとは違って、ラフでかっこいい系の私服って感じだ。
あと気のせいかもしれないけど。俺への扱いもいつもよりちょっと雑な気がする。
「広瀬さん、今日はちょっと雰囲気違いますよね。私服だし……やっぱり遊園地だから?」
「……今日は本来ならオフの日なので。僕だって、プライベートと仕事くらいは分けますよ」
「あ、一人称も違う」
「いちいち細かいですね君は」
「今日は青葉様って呼んでくれないんですか?」
「絶対に呼びません」
「あはは……あれ?じゃあこのカメラは何ですか。仕事じゃないなら、どうしてこんなに撮る必要があるんですか?」
「……………………」
「ごめんなさい聞かない方が良かった何か喋って怖い!!!」
♢♢♢♢♢
「私次はこれに乗りたい!七色も一緒に乗ってくれる?」
何ヶ所か軽めのアトラクションに乗った俺たちは、雨音に連れられてとある絶叫コースターの前にたどり着いた。
「俺こういうのは……」
「私は激しい乗り物は遠慮するから。青葉くん、雨音をよろしく頼むわね」
「いやでも俺はちょっと……」
「僕は時音様とここで待っていますから。お二人ともどうぞ楽しんできてください」
「ほ、ほんとに無理なんだけど!」
「七色、私も一人だとちょっとこわいの……でも乗りたい……お願い……」
「し、しょうがないな」
「よし乗りに行こう!」
「まってやっぱり心の準備が」
「早く~置いていくよ~」
「わ、分かったから!」
雨音にぐいぐいと引っ張られて、俺は嫌々ながらコースターの方へと向かった。時音さんと広瀬さんはくすくすと笑いながら俺の方に手を振っている。くそ、あの二人は俺を貶める時にそうやっていつも楽しそうな顔をする。俺は見せ物じゃないぞ!後で覚えてろ!
うわぁ、無理無理無理、ほんと高いとこも落ちるのも無理なんだって誰か助けてうああぁ………………
「彼は、雨音様に随分と飼い慣らされていますね」
「そうね。私も見習わないと」
「ねえ、広瀬……雨音達を待ってる間、暇だから。観覧車にでも乗りに行きましょうか。……ね、お願い?」




