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花は君のために  作者: 須田昆武
Season2~ラブコメ編
75/132

リベンジサマー!(前編)



 夏休み。俺達が電車で向かっているのは海。

 一年ぶり、二度目の海だ。

 隣には目をきらきら輝かせて窓の外を眺める、かわいいかわいい彼女の雨音。ノースリーブのシャツにショートパンツという、絵に書いたような夏の装い。



「ねえ、七色、海!海が見えたよ!」


「おー、そうだな」


「着いたらいっぱい遊ぼうね」


「おー……」



 去年の俺たちは、まだ何とも言えない関係だった。いや、正確に言えば俺は雨音に振られた直後で傷心中だった。あと、どっちも水着を忘れて……あれはあれで楽しかったけど。

 今年こそは全力で海を楽しみたい。そしてあわよくば。あわよくばでいいんだけど!恋人らしく、少しくらいは雨音といちゃいちゃしたい。雨音の水着姿だってまだ見たことないし。期待しすぎるのは良くないが、やはりどうしても気になってしまう。


 ……そう言えば、雨音はちゃんと水着を持ってきただろうか。

 見る限り、手に持っている荷物は少ない気がする。

 まさか、去年と同じ過ちは繰り返さないよな。

 俺はちゃんと持って来たぞ。もう釣り堀コースはごめんだ。

 持ち帰った魚食べきるの、大変だったんだからな。


 疑いを含んだ目で隣をちらりと見ると、何かを察した雨音は得意げな顔をして答えた。



「ふふ。今回は、ちゃんと水着忘れてないよ」




「じゃーん!見て、中にもう着てきてるの」



 雨音はそう言うと、シャツの胸元をはだけさせて水着の肩紐をちらりと見せた。



「なっ……」


「どう?賢いでしょ」


「かっ、かしこいけど、こーゆーのは」


「?」


「お願いだから人前ではやめて……」


「どうして?」


「どうしても!!」


「???」




♢♢♢♢♢




 ふと疑問に思うことがある。

 女性の、水着に対する認識についてだ。

 例えば、今目の前を歩いているビキニの女性。

 かなり露出度が高い格好だが、恥ずかしがる様子もなく堂々としている。当然だ。彼女は水着を着て歩いているだけなのだから。

 しかし、これが水着ではなく下着姿だったなら。

 多くの女性は、恥ずかしがる……以前に、外を出歩くことさえできない。当然だ。下着姿なのだから。それに、下着姿を見られるのは、一般的に恥ずかしいことであるはずだ。


 では何故、女性は水着姿は恥ずかしくなくて、下着姿は恥ずかしいのだろう。

 露出度は同じなのに。

 露出度は同じなのに!!



 ……と、まあ。こんな下らないことを考えてしまうくらいには、俺は海辺で暇を持て余していた。

 女子更衣室が混雑しているようで、雨音がなかなか出てこないのである。



 だが、それも承知の上だ。いくら時間がかかっても構わない。


 実は雨音は最初、「時間がかかりそうだからここで着替える。中に水着来てきてるし」と、ビーチで急に服を脱ごうとしたのだ。俺はびっくりして必死で止めた。そしてお願いだからと懇願して、雨音を女子更衣室に送った。


 冷静に考えれば雨音の言うとおり、中に水着を着ているから裸になる訳でもないし。脱いでも何も恥ずかしくはないのは分かる。分かるんだけど……いや、だから何で恥ずかしくないんだ!?何故……!水着だから!?何で水着だと恥ずかしくないんだ!?



 駄目だ、頭が混乱している。熱中症かもしれない。

 軽い気持ちで海に来てしまったけれど、俺、今日大丈夫なのか。

 普通のデートですらあんまりこなしていないのに、いきなり水着でって、ハードル高いんじゃないのか。


 もしも。もしもだけど!雨音がめちゃくちゃ露出度の高い水着で出てきたら、どうしよう。俺、確実に動揺を隠せないと思う。



 まあ、でも。雨音に限ってそれはないはずだ。雨音だしな。

 そのへんの期待は裏切ってくれると信じている。そうだ、それでいい。そういうのは、俺にはまだ早い。何焦ってんだ。普通にワイワイと海を楽しめれば、それで。



「おまたせー」


「!!」


「加奈さんと選んだ水着なの。どう?」


「どうって……」



 更衣室から出てきた雨音は、普通に、健全に、ビキニだった。

 それはつまり、常識的に露出度が高く、健康的に刺激的な、ぶっちゃけていうとちょっとエロい感じがする白地でフリルのついた水着姿であった。

 加奈さんって人の趣味だろうか。いや、もしかして雨音の?


 と、とりあえず。目のやり場にとても困っている俺からの意見は一つ。



「……上にパーカーを着たほうがいい」


「今から海入るのに?」


「そ、そうだよな。とりあえず海!海入ろう!」


「あー、ちょっと待ってね。日焼け止め塗らないと」



 俺の内心の動揺などお構い無しに、雨音は呑気に日焼け止めを塗り始めた。

 半透明の白いクリームが、肌の上にするすると伸ばされていく。

 手と足、首元、胸元……を塗り終えたあたりで、雨音は変なポーズで固まった。



「んー…………うう~……七色、背中おねがい。手が届かない……」


「し、しょうがないな」



 日焼け止めクリームを手にとり、雨音の背中に手を触れる。自然に。あくまでも自然にだ。下心のあるボディタッチでは決してな



「ひゃうっ!」


「変な声出すなよ!」


「だって、七色がいきなりべちゃっとやるんだもん。もっとこう、薄く均一にのばしてくれないと」


「こ、こうか?」


「そうそう。じょうずじょうず~」



 無心。余計なことは考えない。肌と体温の心地よさとか、結んだ髪のせいで見えるうなじとか。あと、やっぱり露出度高くないか?とか。考えてはいけない。考えたら負けだ。



「……うん。ありがとうね。七色も日焼け止め塗った方がいいよ?手伝おうか?」


「…………いや、俺はいい」


「後でひりひりして痛くなっちゃうよ。これ使っていいから……わっ」



 砂に足をとられた雨音が、よろけて俺の腕に抱きついてきた。



「七色、ごめ……」


「ごめん、頭冷やしてくる!!!」



 俺は走った。雨音を押しのけて、一直線に海へと走った。今すぐ早急に冷静に、頭を冷やす必要がある!



「行っちゃった……うーん……」


「ねーねー、君キャワうぃぃね!オレたちさーどこかで会ったことあるよねー?マジコレ運命的な的な的なー??ちょっとそこでお茶しなーい?」


「あ、大丈夫です!そういうのには、ついて行っちゃいけないって習いました!」




♢♢♢♢♢




 七色を追いかけて、私も波打ち際へと向かう。足に感じる、柔らかい砂の暖かさが心地いい。

 さて、七色はどこにいるのかな。じっと目を凝らして探していると、いつの間にか寄せてきた波が私の足をひんやりと包んでいった。



「わー、水つめたい」


「………………それっ」


「ひゃっ!」



 久しぶりの海への感動を遮るように、後ろからびしゃっと冷たい水をかけられた。びっくりした。七色の仕業だ……!

 こんな風にいたずらされたら、私だって負けていられない。海の奥の方へ逃げていく七色を追いかけて、私もざぶざぶと海水に浸かっていく。




「やったな~!えいっ!」


「ちょっ、ストップ雨音!目に入ったいたい」


「あ、ごめん大丈」


「なんてな!油断したな!!」


「…………」


「あっ、いない!避けられた!……あれ、どこ行った??おーい、雨音?…………えっ、嘘だろ。まさか沈んで」




「あ、雨音ーーーー!!!!!」




♢♢♢♢♢




 救出。危なかった。まさか雨音が本当に溺れて沈んでいるとは思わなかった。驚きと恐怖で、俺たちはしばらく放心状態になっていた。



「……な、七色、助けてくれてありがと……海って危ないんだね、生まれて初めて命の危険を感じたよ……」


「よかった無事で……本当によかった……泳げないなら先に言ってくれよ…………!」


「泳ぐって、水に入れば自然とできるものだと思ってた。とても難しいんだね……」


「よく考えればうちの学校にプールないし、雨音は今まで泳ぐ機会もなさそうだったもんな」


「お恥ずかしい……どうしようね。やっぱり海水浴は危ないから、砂浜でビーチバレーを……」


「いや、俺が教える」


「へ?」


「雨音、せっかくだから泳げるようになろう。そうすれば、海ももっと楽しいだろ?雨音ならきっと、すぐ泳げるようになるって」


「……うん!よろしくお願いします!」


「おう!」



 こうして俺たちは、二度目の海で泳ぎの特訓に明け暮れることになるのであった……!



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