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花は君のために  作者: 須田昆武
Season2~ラブコメ編
71/132

舞台に咲く花 /その3



「ただいま帰った」


『('▽')ノ』



 我が家に帰ると、1台の機械が玄関先で私を出迎えていた。



「む、2号か。時音と雨音はどうした」


『('〜')↑』



 2号は険しい表情をして上の階を指し示す。時音と雨音は、どうやら2階にいるようだ。

 この掃除ロボットは、自力では階段を上がれない。先程から階段に体をぶつけては、何かを訴えるように私に悲しい表情を向けてくる。



「そうか。2階に行きたいのか……よし、連れて行ってやろう」


『♡('▽')♡』


「ふ、かわいいな2号は」




♢♢♢♢♢




 2号を抱きかかえ階段を登り終えると、今度は左へ向かえと矢印で指示を受ける。そのまま指示通りに進んで行くと、もう長い間使っていない部屋の前へとたどり着いた。この部屋には確か鍵をかけていた筈だが……開いている。薄暗い部屋の中では、時音と雨音が古いテレビの画面を真剣に見つめていた。




「時音、雨音、何故この部屋に」


「お父様これは……」「広瀬さんが……」


「またあいつか」



 そんなことだろうと思った。あいつはいつも余計なことを……まあいい、それよりも。時音と雨音が見ているものは、恐らく紫音の……

 詳しい状況を把握するため、部屋の中へと足を進める。すると、ある光景が目に入った。



「!」



 部屋が暗くて気が付かなかったが。よく見ると、時音と雨音は目を腫らして泣いていた。何か、あったのか。



「二人とも、どうしたんだ」


「うぅ…………」


「ご、ごめんなさいお父様。勝手に部屋を調べて……でもこの演劇のビデオ…………私たち……」




「「感動しちゃって……」」




「そうか、何かあったのかと驚いた……」


「この役、いつもの紫音さんの役と雰囲気が全然違う。悪役の、悪い女の人って感じじゃなくて。みんなを優しく見守る、本物の天使様みたいな」


「お母様がいたら、こんな感じだったのかなって。ごめんなさい、お父様……私、涙が止まらなくて……」


「………………」


「ねえ、お父様。紫音さんって、どんな人だったの?」


「紫音は……」




 紫音のことを時音と雨音に話していいものか、一瞬、躊躇した。

 二人が自身の元となった人間、紫音を知ることで何を感じるのか。私には全く予想がつかない。


 彼女の病が、死が。すべての始まりだった。二人は紫音のために生まれ……多くの苦しみと悲しみを味わった。時音と雨音は、紫音をどう感じるのだろう。自分たちのオリジナルか。別の自分か。はたまた自分たちを生み出した、母親か。



 ……考えても仕方がない。

 この子達が何を感じようと、それは自由だ。

 今はただ、ありのままに伝えるとしよう。私の知っている、紫音の姿を。



「…………そうだな。紫音は、強くて芯のある人だった。頑固で、こうと決めたらなかなか譲らないところもあったが」




「とても優しくて素敵な、私の最愛の人だよ」




「……お父様は、今でもお母様のことが大好きなのね」


「ふふ、なんだか私も嬉しくなっちゃう」


「ねえ、お父様。もっとお母様のこと聞かせて?」


「私も知りたい!紫音さんのこと。たとえば、そうだなぁ……この舞台の裏話とか」


「この舞台か……これは、紫音の引退公演なんだ。この役は、劇団の脚本家が紫音に合わせて、当て書きで書いたものだ。紫音にとってこの劇団は、家族のようなものだった。だからこの最後の舞台には、あちこちに劇団の仲間から紫音に当てたメッセージが……ああ、少し長くなってしまうな。どう語ったらいいものか……」


「お父様、いつもより饒舌ね。いいのよ、遠慮せずに沢山話して。私も雨音も、最後まで聞くわ」


「うん。お父様から紫音さんの話が聞けるのって、めったにないもの。ねー、2号?」


『(( '-' ))』



「ああ、確かにそうだな。……すまなかった。……私はずっと、避けていたんだ。紫音のいた頃を思い出すことを。紫音との幸せな記憶を思い出すと同時に……どうしようもない悲しみが、何度も胸を襲う。何も出来なかった己の無力さと、絶望を味わい、それを何度も何度も繰り返して…………いつの日か、何も感じなくなるのが怖かった」



「紫音との思い出が、過去になって消えてしまうのが嫌だった。それが、何よりも苦しかった」



「…………けれど、今なら分かる。紫音は消えないと。大丈夫だと、感じるんだ。……少しではあるが、心の整理がついてきたのかもしれないな」





「……ねえ。お父様は、今でもさみしい?」



「………………」




 雨音が真っ直ぐに私を見て、いつかの日と同じ問いを投げかけた。

 あの時答えることの出来なかった問いの答えを、私はもう知っている。




「ああ、さみしいよ。きっと、これからもずっとだ」




「だが今は…………それでも、前へ進める。孤独ではないのだと、そう思えるよ。……時音と雨音のおかけだ。ありがとう」




「えへへ……」


「お父様…………」






「さあ、話はこれくらいにして。早く飯でも食べないとな。続きはまた今度にしよう。紫音のことは、いつでも聞いてくれて構わない」


「そうしましょう。私、実はお腹空いてたんだ~」


「だろうと思った。……でも雨音、お父様、実は残念なお知らせがあって…………今日はお料理のはる子さんがいなくてね」




 突如、下の階のキッチンのあたりから爆発音が聞こえてきた。

 ……こんなことをやらかすのはあいつしかいない。




「また広瀬か……」


「広瀬さんいつの間にかいないと思ったら、台所に行ってたのかぁ……あ、もう変なにおいしてきた。コゲみたいな」


「今日は何もしなくていいって言ったのに……」


『(-"-)』


「2号のお掃除の仕事も増えてばっかりだねぇ、がんばって……」


『(-"-)=3』


「広瀬は、いつになったら一人前の執事になるのかしら……」


「さあ…………?」


「私は正直、紫音さんのことよりも広瀬さんのこと方が気になってしょうがないよ。広瀬さんって、昔からあんな感じなの?」


「昔はもっと酷かったわ。今は……まだマシよね」


「そうだな……」


「うーん……謎だ……」




♢♢♢♢♢




 花園紫音。私のお母様は、舞台の上で生きた人だった。



 舞台の上のお母様はとても楽しそうで、きらきらと輝いていた。

 お父様に後から聞いた話だけれど。お母様はお芝居をするのが大好きで、役者になるのが子供の頃からの夢だったみたい。


 お母様は夢を叶えるために、とてもがんばったんだって。

 もちろん、夢を叶えてからも、お母様は最後までずっとがんばり続けて……人の心を動かす、素晴らしい舞台を沢山つくりあげた。




「すごいなぁ。私には何もないや」




 夢とか、将来とか。私にはまだよく分からない。



 目の前には、真っ白な紙がある。

 何か書かなきゃいけないんだけど……どうすればいいんだろう。

 希望の進路を書いて、これを学校に提出しないといけないのに。



 まだ何も、思いつかない。



「私は、どうしようかなぁ……」



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