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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
7/132

6 青春への逃走



 昨夜はよく眠れなかった。考えすぎて、一睡も出来なかった。


 おかげで、目のクマがヤバいとかそのままゾンビ役やれよとか、今現在周りから散々に言われている。うるせー。

 お化け屋敷となった教室の控え室を見渡す。雨音はまだ来ていない。



 寝不足の頭がズキズキと痛む。あと、体も。物理的に。

 昨日あの後教室に戻った際、告白してくれた例の女子に一発殴られたからである。そして、あなたのことはもう好きではないと言われた。……これは、俺が悪い。



 色々あって、一晩悩んでたどり着いた結論。

 まず、雨音のことを諦めるのは無理だ。とりあえず、しばらくは。これはもう仕方ない。自分でもどうしようもないくらい、あいつの事で頭がいっぱいなんだ。

 それから、昨日の………………あれは本当に意味が分からない。雨音が何を考えてるかなんて、俺には分かるはずもない。だから、それは本人に聞くしかない。

 あとは、雨音に謝りたい。勝手に距離を置いて、勝手に気まずくなってたのは俺だから。結局、雨音に迷惑をかけてしまっている気がする。

 俺お前に会って、聞きたいことも話したいことも、沢山あるんだ。どこにいるんだよ、雨音。



 辺りを見渡すがそれらしき姿は見えない。この時間、シフト被ってるはずなんだけどな。

 ……さっきから視界の端で、白いシーツに覆われた何かがウロチョロしているのが見える。あれは何だろう、無性に気になる。



「じゃあ、おばけの雨音さんはこの看板持って。呼び込みよろしくねー」


「………………雨音?」


「………」



 受付係に渡された看板を持って、シーツおばけがダッシュで逃げる。足がはやい。雨音だ、あれ。



「お、俺も呼び込み行ってくる!」


「シフトは!?」


「逃げんなゾンビ1号!!」



 同級生を振り切って、俺は走り出す。今は文化祭とか、シフトとか、それどころじゃないんだ。なんで逃げるんだよ、雨音!




♢♢♢♢♢




「完全に見失った……」



 文化祭1日目。

 一般開放された校内は、多くの来場客で賑わっている。

 真っ白シーツのおばけはいつの間にか人混みに紛れて、どこかへ消えてしまった。

 なんであんなので移動スピードが出るんだ。そもそもあれ、ちゃんと前見えてるのか。忍者か何かか、あいつは。


 仕方ない。一旦教室に戻って、雨音がシフト終わって戻ってくるのを待つしかないか。



『――2年A組花園雨音さん、至急、文化祭運営本部までお越しください』



 ふと、校内放送のアナウンスが耳に入る。花園雨音、運営本部。必要な情報は手に入った。天は俺に味方している。



「本部は入口近くの……あれか!」



 すぐに運営本部と書かれたテントへと向かう。

 一瞬、そのテントに入っていく、おばけじゃない雨音の後ろ姿が見えた。後に続こうとするも、何者かが俺の行く手を阻む。



「あー、駄目駄目、関係者以外立ち入り禁止です」


「俺、雨音さんに用があるんですけど……」



 目の前の男は文化祭実行委員の腕章を付けている。この先は一般生徒は入れないらしい。雨音も、一般生徒のはずだけど。



「あー、雨音さん。彼女なら、今からミスコン出るから。ステージに行けば見れるよ」


「は?ミスコン??」



 ミスコン。正式名称は校内ミス・コンテスト。この高校で一番の美少女を決定する、文化祭のステージイベント。女たちの意地とプライドを賭けた頂上決戦……って書いてある。文化祭のパンフに。



「これに出るの?雨音が?」



♢♢♢♢♢



「続きましては、エントリーナンバー5番!花園雨音さん!」



 …………いた。

 校庭に設置されたイベントステージには、多くの人だかりができている。席はもう全て埋まっていて、離れた位置から様子を伺うことしかできない。雨音はステージの上に、数人の女子と並んで座っている。



「えー、司会の方から簡単な紹介をさせていただきます」


「2年A組花園雨音さん、今回は他薦での出場です。今年転校してきた彼女は、6月の球技大会でA組女子バレーボールチームを優勝へ導いたことで一躍人気になりました」


「解説の佐々木さん、お願いします」


「抜群の運動神経に、肉体美。部活に所属していないのが本当に勿体ないと感じます。彼女のサーブ、素晴らしかったですよね。僕もボールになってぶたれたい」


「解説の佐々木さん、ありがとうございました」



 解説って何だよ。気持ち悪いこと言うな。

 それにしても、さっきの紹介。球技大会って……雨音そんなに活躍してたっけ?あまり記憶がない。

 どうりでビーチバレーめちゃくちゃ強かったわけだ。



「雨音さんからも、何か意気込みを一言」


「2年A組でおばけ屋敷やってます!来てくださいね!」


「おおーっと、ここでいきなり宣伝です!」


「彼女は新人ですからね。まだミスコンとは何かを理解していないのでしょう。今年のダークホースは彼女で決まりですね」



 なんとなく成り行きを把握した。雨音はクラスの奴らに、模擬店の宣伝のため、ミスコン出場をお願いされたのだろう。雨音はよく分からないまま、了承したって感じか。大丈夫だろうか。



「それでは、全員の紹介が終わったところで、競技の説明をさせていただきます。今年の競技は〜〜じゃん!胸キュン♡告白シチュエーション!」


「出場者のみなさんにはお題に沿って、擬似的に愛の告白をしていただきます。みんながキュンキュンするセリフを、いかに即興で考えるかがポイント!ですよね、佐々木さん」


「はい。みんなに夢と希望と胸キュンを与えられる者こそが、真の美少女です。選手のみなさんは頑張ってください」


「なお、グランプリは会場のみなさんの投票で決定します。ご協力のほど、よろしくお願いいたします」



 ステージ前の席に座っていない外野にも、投票用紙が回ってくる。………………一票も入らなかったら、可哀想だしな。これには雨音の名前を書くとして。

 ミスコンは毎年、ぐだぐだになることで有名だ。たぶん、司会とか解説?とか、企画が悪いと思うんだけど。こんな変なイベントに巻き込まれた雨音が、気の毒でしょうがない。



「それでは、お題の発表です。みなさんに挑戦していただく胸キュン♡お題は〜!じゃじゃん!」


「ピーマンです」



 ほら、早速よく分からない。ステージ上のミスコン出場者に、司会から次々とピーマンが手渡されていく。雨音含め、出場者全員が困惑している様子が伺える。

 そしてエントリーナンバー1番から順に、謎の競技が開始された。



♢♢♢♢♢



 ピーマン片手に、愛を語る美少女たち。まあ、正直。シチュエーションとかはよく分からないけど。実際言われたらぐっとくるっていうか、たまらないセリフが次々と繰り出される。

 ……次は雨音の番。あいつはたぶん、そういうあざといセリフを狙って言えるようなタイプじゃないぞ。ていうか、そういう雨音の姿を、今ここでは見たくはないような。複雑。



「………………」



 雨音は手にピーマンを持って立ち尽くす。だよな。いきなりは無理だろ。棄権してもいいと思うぞ、俺は。



「すみません、雨音さん。なんでもいいので一応、セリフを一言……」



 司会が進行を急かそうと雨音に声をかける。雨音は手元のピーマンをじっと見ると、それを一口、食べた。

 え、何で食べたの今。会場も少しどよめく。

 雨音はその苦い一口をしっかりと噛みしめて、飲み込んだ。

 そして途切れ途切れに、こぼれるように、言葉を紡ぐ。



「………………好きって気持ちは、もっと甘くてふわふわした、綿菓子みたいなものだと思ってた」



「でも、それだけじゃなかった。苦くて、くるしくて。暗いどろどろとした気持ちが積み重なって」



「…………私はどんどん、嫌な女の子になってしまう」



 きっとこれは。雨音の正直な胸の内で、俺が聞いてはいけないものだ。けれど、耳を塞いで逃げ出すことができない。

 雨音の言葉に、姿に。囚われて、身動きが取れない。



「私は、あなたに嫌われるのが怖い。あなたとの時間を失うのが怖い。あなたに忘れられてしまうのが怖い」



「私にはまだ、勇気がありません」



「みんなみたいに、うまく伝えられない。自分の気持ちも、本当のことも」



「あなたとの思い出さえあれば、それだけでいいと思ってた。なのに私…………」



 雨音の目から、涙が一粒こぼれ落ちる。雨音自身がそれに驚いて、とっさに目元を拭う。



「…………違うの……ごめんなさい」



 雨音はすぐに、はにかんだような笑顔を作って仕切り直す。

 いつもそうだ。雨音はそうやってよく、笑顔で誤魔化すんだ。



「もし許されるのなら」


「もう少しだけ、あなたの側にいたいです」



 会場の観客たちが、雨音に向かって拍手を送る。

 雨音が後ろに下がると、ステージの中央に司会と解説が戻ってきた。



「花園雨音さん、ありがとうございました。いや〜迫真でしたね。解説の佐々木さん、いかがでしょう」


「これ、おふざけ企画のはずなんですけどね。ガチなやつがとうとう来ちゃいました。え、これ、涙とか、演技だったらどうしよう。人間不信になりますね。とにかく、一体誰に向けての言葉なんでしょうか…………あ、僕かな?」


「それでは、一旦ここで投票タイムです」



 ざわざわと騒がしくなる会場。イベントは終わり、結果は明日の後夜祭で発表となる。観客は一人、また一人とその場を離れていく。俺は何故か、その場で動けずにいた。

 ステージの上にいた出場者が移動を始める。また、雨音の姿が見えなくなってしまう。



「…………待ってください!」



「おおっと!ここで何者かがステージに乱入!一体誰だ、何事だー!あ、佐々木さん、これ止めた方がいいですか?」


「面白いのでこのまま見守りましょう」



 突如ステージに上がった男が、中央に設置されたマイクを堂々と手に取る。

 俺はそれをただ、呆然と眺めている。



「僕はこの中に、告白したい人がいます!……花園雨音さん!」



 は?



「初めて見た時から、好きでした。よければ、僕と」


「ちょっと待ったあああああああ!」



 そうだ、ちょっと待ってくれ!って、お前も何なんだよ。



「おおーっと!さらに現れました、乱入者!会場はかつてない盛り上がりを見せています!」


「青春ですねえ」



 また一人、ステージの上で騒ぎ出す。

 雨音……は、この状況を掴めてなさそうだ。ステージの上から戻れないまま、うろたえている。会場はイレギュラーな事態に異常なほど盛り上がっていた。待てよ、誰も気づかないのかよ、雨音、困ってるだろ。見世物じゃないんだぞ、ああ、もう!



「お、俺は雨音さんに命を救われました!そんな訳の分からない奴、駄目です!付き合うなら、お、俺と付き合ってください……!」


「何だよお前、僕の邪魔をするな!もしかして、お前か?雨音さんのストーカーって」


「違う!俺はただ」


「とにかく、返事を聞かせてください雨音さ…………あれ?」


「…………………消えた?」



「解説しますと。彼女ならたった今、攫われて行ってしまいましたよ。真っ白なおばけにね」


「ステージの上には何を勘違いしたのか、各々勝手に愛やら社会の不満やらを叫び出す輩が続々と!会場は混乱を極めています!佐々木さん、どうしましょうこれ!」


「はっはっは、文化祭楽しいですねえ!」




♢♢♢♢♢




「やっぱりこれ、前見えねーじゃん!」



 人のいない校舎裏の花壇まで、雨音の手を引いて逃げてきた。

 ステージ脇に置いてあった、身を隠す用の雨音のおばけシーツは予想以上に移動に不向きだ。被っていた布を外して、周囲の様子を伺う。遠くのステージが騒がしいのが、ここからでもよく分かる。



「ごめん、勝手に連れ出したりして」


「……ううん、ありがとう」



 雨音の手を掴んだままだったことに気がついて、とっさに手を離す。気まずい空気。雨音とはまだ、目を合わせられない。



「………………さっきの、見てたんだね」


「そりゃ、あんな目立ってたら当然」


「だよね…………」


「………………」


「……いつから見てた?」


「最初から」



 正直に答える。たぶん俺には、聞かれたくないこととかあったんだろうけど。ごめん、全部聞いてた。



「雨音?」


「………………」



 ふと見ると、雨音は俺が持っていたおばけシーツをいつの間にか奪い取って、その布に身を包んでいた。

 そのまましゃがみこんで丸まって、おばけというよりは大福みたいなものになってしまっている。



「……雨音じゃないです」


「は?」


「私は通りすがりのおばけです。だから、これからシフトに戻らないといけない……です」


「………………」



 雨音は意地でもこの場を切り抜けたいらしい。かわいいやつ。



「雨音には、いつ会えますか?」



 とりあえず、目の前の大福に声をかける。

 大福はもぞもぞ動きながら、小さく返事を返す。



「…………雨音は明日の午後なら、空いてます」


「じゃあ、明日の午後。一緒に文化祭、見て回りませんか」



 雨音は布から恐る恐る顔を出した。目が完全に泳いでいる。

 何かを言いたそうにしては、やめるのを繰り返してから、一言、俺に投げかけた。



「…………それはデートのお誘いですか?」


「もちろん、そのつもりだけど」



 そういう風に直球で言われると、俺も照れてしまう。

 そうだよ、デートだ。うん。



「どうなんですか」



 逃げ回ることを諦めた雨音は、観念して俺の目をじっと見つめる。雨音の顔は耳まで赤くなっている。



「…………よ、よろしくお願いします」



 そう言うと、雨音は照れ隠しで笑った。


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