舞台に咲く花 /その1
「……雨音さん、お話があって。この後、ちょっといいですか」
「? いいよー?」
とある日の放課後。私は圭くんに連れられて、扉に演劇部と書かれた小さな教室にやって来た。圭くんは少し、そわそわして落ち着かない様子。一体どうしたんだろう?
「……あの、僕、今度舞台に出ることが決まって。出番のあまり多くない、脇役ではあるんですけど」
「すごいね!おめでとう」
「ありがとうございます。それで、その。演技の参考資料のために、同じ演目の、過去の舞台映像を集めていたところで。少し気になるものを見つけて」
「?」
「これを見ていただければ分かると思うんですけど……」
圭くんはそう言うと、教室の隅にあった古いテレビでビデオテープを再生し始めた。画面の中には、生き生きとお芝居をする女の人が見える。
「………………この人は」
「舞台女優の、高木紫音さんです。雨音さんに、なんとなく似ているなと思いまして」
「……うん。声とかも、ちょっと似てるかも」
「親族の方だったりしますか?」
「紫音さんは――」
……彼女は、私と時音の元となった人間。私たちクローンのオリジナル。
そして、お父様の大切な人。私たち、会ったことはないけれど。家族みたいに……こう呼んでもいいよね。
「私のお母様です」
♢♢♢♢♢
初めて見るお母様の姿は。私にも、時音にも似ているようで、とても不思議な感覚がした。初めてとは思えない懐かしさというか……なんというか……うーん。やっぱり、私たちのオリジナルだからなのかな。自然と親近感みたいなものが湧いてくる。画面の中のお母様のことが気になって、目が離せない。
舞台の上のお母様は、とても楽しそう。お芝居が好きなんだなってことが伝わってきて、見ているこっちも楽しくなる。
「……そ、それにしても。お母様、見事な悪役っぷり」
「高笑いが神がかってます」
「私も真似したらあんな感じになるかな……おーっほっほっほ!パンが無ければ、お米を食べればいいのですわー!……うーん、ちょっと迫力が足りない。やっぱり、プロの演技はすごい。お母様って、けっこうがんばってたんだね。知らなかった」
「…………雨音さんは、お母様が舞台女優だったことをご存知ではなかったんですか?」
「うん。私はお母様とは別の場所で暮らしてて、会ったことがなくて。会う前にはもう、亡くなってしまっていたから……」
「……そうなんですね。すみません、僕、そういう事情だとは知らなくて」
「気にしないで圭くん、ありがとうね。私、お母様のことを少しでも知ることができてうれしいよ。お父様はあんまり、お母様の話をしてくれないから……」
やっぱり、まだお父様はお母様のことを思い出すのが辛いのかなぁ。それか、私たちにはお母様のことを話したくないのかも。……でも、私はもっと知りたい。お母様のこと。自分ではない、自分のことを。お母様がどういう人で、どういう生き方をしていたのか……何も知らないままなんて、少しさみしい。
「私、今日は少しだけわかったよ。お母様は、お芝居が本当に好きだったってことが。……いいなぁ。こんな風に、何かに夢中になれるのって素敵。圭くん、このビデオ。借りていってもいい? 時音にも見せてあげたい」
「いいですよ。……あの、ちなみに。『時音』って、誰ですか?」
「私の双子のお姉さん」
「双子!?雨音さん双子なんですか!?僕、初耳なんですけど……!」
「圭くんには初めて言ったもの」
「雨音さんがこの世に二人も!?存在する!?」
「私と時音は似ているようで、結構違うよー」
「写真とかあったりしますか」
「ありますとも。この前二人で撮った、いい感じのベストショットが」
「見せてください。うわ……天国かよ…………これ、この世の楽園じゃないですか」
「それは大げさだよ」
「そんなことないです。それくらい、心が癒されるってことです。こんな天使みたいな双子は見たことありません。はっ、雨音さんはもしや、本物の地上に舞い降りた天使……?人間などという存在ではない……?」
「え、えへへ……圭くん鋭いね……正体がバレてしまうとは……」
「やっぱり!どうしよう僕は、天使に恋をしてしまったのか!?」
「あ、そっち?よ、よかった……バレてない……」
「?」
「何でもないよ。花園雨音、天使説の方でお願いします」
「これはかなり有力な説になりそうですね。青葉七色、体操着盗んだ説と同じくらい」
「ん?何それ?」
「えっ……知らないんですか雨音さん?あなたの体操着は、あいつに盗まれたんですよ?」
「そ、そうなの?知らなかった……」
「かなり有名な話ですよ」
「私の体操着は、盗まれていたの?」
「はい、そうなんです。あいつは極悪非道の変態野郎なんです。だから、あいつとはさっさと別れて下さい。僕が雨音さんのことを守ります!……とりあえず、もう遅いので帰りましょうか。送っていきます」
「? ありがとー」
お芝居のビデオに夢中になっていたからか、外は夕日が沈んですっかり暗くなっていた。そうだ、早く帰らないと。
帰ったら時音と、お母様の話をいっぱいしなくちゃね……!




