修学旅行編(愛と希望のチャイナドレス)/その3
「……雨音さん、もう落ち着いた?」
「杏仁豆腐がおいしい」
「よかった……」
様子が変になってしまった雨音さんを連れて、近くの喫茶店に入った。雨音さんはデザートを食べて、正気に戻ったみたいだ。
「雨音さん、ごめんね。こんな、厄介なことになってしまって……」
「気にしないで、昴くん。私は大丈夫だよ」
「色々な意味で、大丈夫ではないというか…………本当によかったの?あいつと別れて」
「仕方ないよ。七色が、そう決めたんだから」
「雨音さんは、それでいいの?」
「………………ほんとはね、ちょっといや……えへへ……」
雨音さんは泣きそうな顔で、そう答えた。
「……だけど私、一真くんに言われて、よくわからなくなってしまったの」
「本当に好きって、どういうことなんだろう……って」
「私まだ、自分のこともよくわからなくて……私は、私と仲良くしてくれる、みんなのことが大好きなんだけれど……」
「七色は……きっと、その好きでは、駄目だったんだね」
「……だから、これは仕方ないの。私、七色に振られちゃった。うん。そういうことなの」
「私、これからどうしようかな。やっぱり、さーやちゃんとるぅちゃんみたいに、何か別のことに」
「雨音さん」
無理して笑おうとする雨音さんの言葉を遮って、俺はまっすぐに呼びかけた。
「俺、雨音さんのことが好きなんだ」
「それは…………その。友達として好き……とかではなくて。雨音さんのことが、一番、特別な意味で大好きってこと」
「雨音さんと一緒にいると、俺、すごく幸せで……これから先も、ずっと君のそばにいられたらって……そう思う」
「……けどそれは、きっと叶わない」
「だって雨音さん、あいつのこと本当に好きなんだもん。俺、あいつに勝てないみたいだ」
「…………え」
「あいつには、本当に腹が立つ。俺、あいつのこと嫌いだ。俺が雨音さんのことを好きになった理由も、あの時否定されたような気がする。……でもさ、恩返しとか、感謝の気持ちとか……それがきっかけだって、別にいいじゃん。俺、自分の気持ちが本物じゃないなんて、そうは思いたくないよ」
「…………好きって、本当はもっと単純なことで……きっと、そんなに難しく考える必要はないんだと思う」
「俺は、雨音さんとこうして一緒にいられて幸せ。君と食べる杏仁豆腐は世界一おいしい。またこんな風に二人でどこかへ行って、二人でおいしいものを食べたい」
「……雨音さんは、どうしたい?」
「……………………私は…………昴くん、私……」
答えは分かってる。
雨音さんがあいつのことを好きなのは、もうとっくに知っていた。
だから、雨音さんがあいつと別れたのはチャンスではあったけど。
やっぱり、弱っているところにつけこむとか……そんな卑怯な真似はしたくない。
雨音さんが幸せなら……俺も、それが一番嬉しい。
「俺、完全に振られちゃったなぁ」
「…………ありがとう、雨音さん。これからも俺と、友達でいてくれる?」
「うん。ありがとう、ごめんね、昴くん。本当に、ごめんね。これからも、私と……はわっ」
「あっ」
……友情の握手を交わそうとしたら。雨音さんは、またおかしくなりかけた。
「まだこの問題が……」
「ご、ごめんなさい」
「…………これで治るかは分からないけど……おいで、雨音さん」
「…………え?」
腕をひらいて、ハグを受け入れるような仕草をしたら……少し、驚かれてしまった。
「あ……いや、その。大丈夫。変な意味ではないから、安心して。これはいつもの俺で、襲ったりとかしないし……とにかく、俺は無害で良い友達なので。遠慮なく、どうぞ」
「で、では……失礼します…………ほんとだ、大丈夫。落ち着く……」
……よかった。ハグをしても大丈夫。雨音さんは、いつもの調子を取り戻したようだ。
………………
そ、それにても。これはいつまで続けるんだろう。
雨音さんは落ち着くみたいだけど……ごめんなさい、俺はすごくドキドキして落ち着かない。
「…………はい、もう終わり。治療完了!これでまた、いつもの俺たちってことで。やっぱりこれは、ちょっとまずいというか。こんなところもしあいつに見られたら、まためんどくさいことに……あ」
「?」
「………………」
「どうしたの、昴くん?」
「いや、あの……いるなぁと思って。例のあの人」
「え?」
視界の端の物陰に、あいつが……青葉七色がいる。なんでここにいるんだろう。雨音さんと別れて、速陰湿なストーカーになったの?最悪……なんか、凄い顔でこっち見くるし……怖……。
「ほ、ほんとだ……七色……」
「あそこまで未練がましいと、逆に清々しいというか、普通に気持ち悪いというか……ごめん俺やっぱりあいつに負けたって思いたくない。雨音さん、あいつは絶対にやめておいた方がいいよ。さっきの一連の流れは撤回させて下さい」
「うん…………」
「あの様子だと……また何か変な誤解してるみたいだし。行って、ちゃんと話してきたら?」
「でも……」
「大丈夫。……また振られたら、俺のところに戻っておいで。俺は、ずっと待ってるから。それに、その服。無敵のチャイナドレスなんでしょ?今の雨音さん、最高にかわいいよ。全世界が恋に落ちるレベル。あいつもたぶん、イチコロだよ」
「あ、ありがとう……昴くん、私……行ってくる!」
「うん、行ってらっしゃい」
そして、雨音さんはあいつの元へと走っていった。
「……で、みんなはいつからいたの?」
「「「杏仁豆腐がおいしいところから」」」
「そう……」
途中から、視界の端に佐々木さん、沙亜耶さん、ルーシィさんの3人がいることに気がついてはいたけれど。最初からいたのか……。
「見事な当て馬でした、相沢くん」
「どんまい、相沢!また次の恋見つけなって!」
「あっちの台湾人はどうだ?それか、あっちの台湾人」
「えー、やっぱ遠距離は厳しくねー?」
「現地妻、現地妻を見つけましょう!」
「………………」
なんというか……みんな相変わらずだなぁ。でも一応、気を遣ってはくれてるみたいだ。……なら、俺もしんみりはしていられないや。
「……俺、まだ諦めてないんで。あの人たち、倦怠期これからでしょ?なら、チャンスはあります」
「たくましいですね。その当て馬根性、見習っていきたい」
「アタシのオススメは、インド人だ。奴らはダンスがうまい」
「インド人かー……まあ、マハラジャ狙いなら……ありよりのあり……?」
「あ、それより見てください相沢くん。ジ●ッキーのサイン。すごくないですかこれ」
「え……普通に羨ましい…………」
「でしょ~~~」
色々あって大変だったけれど……
これで、ひとまず一件落着かな。
雨音さんもすぐに、いつもの元気を取り戻すはずだ。
まだ、修学旅行は2日目なんだし……
俺も、楽しまないとね。




