修学旅行編(恋愛裁判)/その3
「私は……七色のことが好きです」
カズに問いかけられて、雨音はそう答えた。
「七色と一緒にいると、毎日が楽しい。隣にいると、私は幸せで。少し、ドキドキしたりもして……七色のこと、好きだなって……そう、思います」
「なら、雨音さんは七色のどこが好き?七色を好きになった、理由を教えてよ」
「理由……?それはあんまり、考えたことなかった……どうしてだろう。いつの間にか、好きになってて……あ…………でも………………」
雨音は言葉を詰まらせながらもぽつりぽつりと話を続ける。
「…………七色は、とても優しい人で……私は七色の、そういうところが好きなのかな……」
「あと、楽しそうにしてる時の笑顔。子供みたいで……少し、かわいいと思う」
「よく考えると、結構たくさんあるみたい。七色の好きなところ。理由って難しいなぁ。あんまり、はっきりしないや」
雨音はそう言って、優しく笑った。
少しだけ、誤魔化したような笑顔で。
「……雨音さん。なんとなく、思い当たることはあるんじゃない?」
「………………」
今後は、相沢が雨音に問いかけた。
雨音は少し考え込んで、それから、ゆっくりと口を開いた。
「………………七色は」
「私のことを、助けてくれた」
「私ね、たぶん。一生かかっても返しきれないくらい沢山のものを、七色から貰ってる。だから私、七色にちゃんと恩返しがしたい」
「七色は、私のためにできることを一生懸命探して……私のことを、救おうとしてくれた。だから、今度は私の番」
「七色のためにできることを、私も見つけたい。あなたのために生きることが、私のこれからの、生きる意味なんだと思う。七色が幸せなら、それが私の――」
「違うよ、雨音」
「俺、そんなことのためにお前のこと、助けようとしたんじゃない」
「……俺、ただお前のことが好きで…………見返りとか、そんなのを求めてた訳じゃなくて……ああ、でも俺、そういうのをどこかで望んでたのかな。自分のことなのに、分からないや」
「でもそんなの……やっぱり、悲しいよ。…………俺、純粋に。雨音には、幸せになって欲しいんだ。今までできなかったこととか、知らなかったこと、いっぱい楽しんでさ。たくさん笑って、たまに困ったり悩んだりもして、そうやって……ちゃんと、自分のための人生を生きて欲しい」
「……俺、馬鹿みたいだ。雨音の幸せを願ってたはずなのに。いつの間にか、自分の幸せを雨音に押し付けてたなんて。俺が最初から、ちゃんと気づいてれば良かった。ごめん、雨音」
「七色……?」
「…………雨音はたぶん、俺のこと好きじゃないよ」
「もっとゆっくりさ。自分のこと、考えて……自分は本当は、何が好きで、何を望んでて、誰と一緒にいたいか、とか。……焦らなくていいんだ。雨音には、考える時間が必要なんだと思う」
「…………俺、雨音が自由に生きるのを邪魔する、足枷にはなりたくないよ。助けたとか、恩返しとか。そんなこと気にしてたら、雨音は幸せになれない。俺だって、苦しいだけだ」
「雨音……少しだけ、前の俺たちに戻ろうか」
「俺、雨音の本当の答えを待つよ。そしてその答えが……たとえどんなものだとしても。雨音が幸せになれるなら、俺はそれで構わない」
「また一から、始めよう。大丈夫。雨音の人生は、まだ始まったばかりで……雨音には、たくさんの選択肢がある。ちゃんと未来があるんだ。今年も、来年も、その先も、ずっと続いていくから」
「だから何も怖くない。誰かのため、じゃなくても。雨音がここにいる意味は、ちゃんとあるよ。雨音、これからはもう、自分の本当の幸せを願っていいんだ。……だから、大丈夫だよ」
雨音はただ、静かに俺の話を聞いていた。
俺たちの関係は、これでおしまい。
雨音のことが、好きで。どうしようもなく好きで。
何が最善なのか、どうしたらいいのか、俺には分からない。
だけど今は。
雨音の本当の幸せのために。
きっと、こうするしかないのだと思う。
俺は雨音と距離を置くことを決めた。
それが雨音にとって一番いいことなのだと、そう自分に言い聞かせて。
…………これで、おしまい。




