修学旅行編(修羅場)/その4
「実は俺、昨日の記憶がないんです。ごめんなさい。たぶん、何もなかったとは思うんだけど……」
修学旅行先で、まさか正座をすることになるとは思わなかった。でも一応、謝らないといけない空気だし……
「はわ……わわわ…………」
「雨音さんはこんなだし……」
というか、雨音さんは一体どういう状態なんだろうこれ。な、謎だ。さっきから、はわわ以外の言語を喋らなくなってしまった。どうしよう、俺は昨日のこと覚えてないし。雨音さんはこんなことになってるし。
「……正直、手を出したか、出してないかは分からないです」
「シュレディンガーの相沢ですね」
佐々木さん、さては面白がってるな。こっちはそれどころじゃないのに。
「もしもの時は、ちゃんと責任は取ります」
「もしもの時って……!お前……!」
「なので青葉くん…………雨音さんを俺に下さい!」
「嫌だよ!!」
「ええっ……ここは俺に譲る流れなんじゃない……?」
「何でだよ!譲らねーよ!!」
「相沢くん、急に図々しいですね。いいですよ、その調子です。この勢いでこいつから雨音さん奪っちゃいましょう」
「お前は何なんだよ!」
「解説の佐々木です」
「あ……そういえばなんか見覚えあるような……いやそんなことは今どうでもよくて……!!ちゃんと、事実確認を……!」
「この人完全に涙目ですよ、相沢くん。やっぱり女を寝取られた男って惨めですね」
「かわいそうに……大丈夫だよ、青葉くん。雨音さんのことは、俺が幸せにします。君はこのトラウマを乗り越えて、俺と雨音さんの視界に入らないどこか遠いところで強く生きてください」
「こんなに悪意に満ちた相沢くんは初めて見た。ほんとにこの人のこと嫌いなんですねぇ……」
うん。こいつのことは嫌いだ。雨音さんを譲って欲しいっていうのも本心。修羅場になってしまったのなら、仕方ない。俺だって引き下がらないよ。俺は真剣に、雨音さんのことが好きなんだ。
「お前、ふざけるなよ……」
「俺が雨音のことを幸せにするんだ!そう決めたんだよ……!おまえ、何も知らないくせに……!!なのにそんな軽い気持ちで……ばかやろー…………!!!」
「うわっ、泣き落とし作戦ですか。そんな号泣したって無駄で……いやこんなに泣くか普通?ほんとにやばい人ですね。はぁ。こんなんだから君、雨音さん寝取られるんですよ。ねぇ、相沢くん?」
「………………何だよそれ」
「相沢くん?」
「……確かに俺は雨音さんが隠してること、何も知らないよ。だけど…………軽い気持ちとか、勝手に決めつけないでくれる?俺だって雨音さんのこと、心から大切に思ってるんだ。……君みたいなのが雨音さんを幸せにするって?笑わせないでよ。それ、本当に雨音さんのこと考えて言ってる?」
「………俺………………うぅ…………」
「……………………」
「あっ、もしかしてこれ、正真正銘の修羅場ですか?佐々木こういう空気苦手です。やだやだ、こんな重いの。……ていうかこれ、わざわざ修学旅行で……台湾でやる必要あります!?台湾人もびっくりですよ。ギャラリーのみなさん、お騒がせしてすみませんね!うぉーあいにー!……ヒュー?何そのリアクション?まあいいか。とにかく雨音さん、これはあなたのせいですからね?バグってないで、早く何とかしてください!」
「な、七色、どうしたの?泣かないで……!あ、あとこれ、昴くん、お水……!一人で買えたよ……!」
「やっと正気に戻りましたか。まったく、とんだ困ったちゃんです。このままじゃ、ミスコンのシード権剥奪も待ったなしですよ?」
「そ、それはどうでもいいよ……わ、私はどうすれば……」
「ここはもう、修羅場ではありません。法廷です。裁判です、裁判!はい、たった今開廷しました!被告人の雨音さんは前へ!」
「は、はい!」
「それでは……尋問を開始します……!」




