修学旅行編(夜)/その4
あれから数分後。
一真を襲っていた男は電池が切れたようにベッドで眠り始め、部屋にはようやく平穏が訪れた。
「お疲れ、一真」
「死にたい……」
「無理……死ぬ……笑いすぎでお腹いたいよぉ……」
「はわ……わ…………」
一真は男に襲われかけたことによる精神的なショックで倒れ込んでいる。マキも爆笑し続けたせいで疲れ果てたようだ。死んだ魚のように転がっている。雨音は……まだバグってるみたいだな。
この被害者だらけの事件現場で無事なのは。
「みなさん、お疲れ様でした。楽しんでいただけましたか?」
事の発端……犯人であるこの男、佐々木と。生き残ったあたしという訳か。
「お前な……」
「おっと、僕も被害者ですよ。第一被害者です。あの二人部屋の密室から、命懸けで脱出した僕の功績を讃えてほしいくらいだ」
「…………」
そうか……うーん…………一応、情状酌量の余地はあるかもしれない。こいつも、あの男があんなに酷い酔い方をするとは思わなかったんだろうな。……ん?いや、そもそも高校生のくせに酒を飲むなよ。修学旅行の夜だぞ?宴会じゃなくてトランプとかをするべきだ。情状酌量の余地なし、判決は有罪ってことで。
「あれ……?」
「雨音はようやく落ち着いたな」
「ここは……事件現場?一体何が起こったんだろう……あ、りょーちゃんこんばんは」
「バグりすぎてリセットされてる」
「……それにしても、珍しいですよね。雨音さんがあんなに取り乱すなんて。あんな風にバグった姿は僕、初めて見ました。何だったんだろうあれ」
「確かに、あれは謎だった……まーおそらく、雨音はあーゆうのに耐性がなかったんだろう」
「え?彼氏持ちなのに?そんなことってあります?」
「あいつはへタレだからなぁ……」
なんて雑談をしていると、さっきまで倒れ込んでいた一真が勢いよく起き上がった。
「とにかく!俺は七色のいる安息の地へ戻るぞ……!身体中舐め回された……気持ち悪い……しんどい…………」
「わたしももう疲れた……明日もあるし……りょーちゃん、部屋に帰ろ〜」
「ああ、そうだな」
「では、僕も部屋に戻ります。みなさん、おやすみなさい」
「おやすみなさいー」
事件はこうして幕を閉じた。各自部屋に戻って、しっかりと寝て、平和な朝を迎えよう。今日はもう解散だ。ここで疲れきってもしょうがない。修学旅行はまだまだ長――
「ん?ちょっと待った。お前、こいつを部屋に連れて帰れよ」
「え?この熟睡してる相沢くんを?持っていけって?無理ですよ。寝てる人って重いじゃないですか。僕、以前腰骨をやらかしておりまして。重いものは持てないです。相沢くんは重量オーバー」
「でも、ここに置いとく訳にはいかないだろ」
「カズくん~これ運んで~……あれ、もう行っちゃった」
「困ったな、あたしとマキで運べるか?」
「ええ~めんどくさいよぉ」
「起きろ、相沢とやら。ここはお前の部屋じゃない」
「………………」
「う~ん、熟睡だねぇ」
ベッドの上で心地よさそうに寝ている相沢を前に途方に暮れていると、雨音がおずおずと手を挙げた。
「あ……起こしちゃうとかわいそうだから、昴くんはこのままにしててもいいよ?」
「そんなこと言っても……このまま置いていったら、雨音はこいつと部屋に二人きりだし。それは危なくないか?」
「?」
雨音はよく分かっていなさそうだ。そんな雨音の様子をよそに、各々が口々に意見する。
「熟睡してますし、大丈夫なんじゃないですかー?目が覚めたら相沢くんの酔いも覚めていることでしょう」
「るぅちゃんもそろそろ帰ってくるんじゃない~?」
「うん、夜中には戻るって言ってた気がする。だから大丈夫だよりょーちゃん」
「なら……いいのか?うーん……」
♢♢♢♢♢
「じゃあ、何かあったらすぐに助けを呼ぶんだぞ。おやすみ、雨音」
「ありがとう、おやすみなさいー」
りょーちゃんとマキちゃんと佐々木さんは、眠そうな顔で自分たちの部屋に帰っていった。
うーん、それにしても。修学旅行の夜ふかしで何があったのか思い出せない。いつの間にか、何かの事件現場になっていた。……まあ、いっか。
「とてもねむい……」
もう寝よう。明日も早いし……。
「あ、そういえば。るぅちゃん帰ってくるから、ベッド片方あけておかなきゃだよね。昴くん、半分お邪魔します……うーん、ちょっとせまい……まあいっか……ねむい…………」
「おやすみなさい……」
「……………………うん、おやすみ。雨音さん」
「……え?」
♢♢♢♢♢
「佐々木じゃないか。ぐっもにいえ~い」
「おや、ルーシィさん。ぐっもにいえ~い」
「アタシと雨音の部屋の前で何やってるんだお前?何だその看板」
「これは夜なべして作った"ドッキリ大成功"看板です。この部屋で就寝中の相沢くんに、朝イチで寝起きドッキリやろうと思いまして。カメラもちゃんとあります。でも僕は馬鹿なのかもしれない。鍵がないと部屋に入れないことにさっき気がついたんです。ちょうどルーシィさんが来てくれて良かった……って、あれっ?そういえば、ルーシィさんは今お帰りなんですか?」
「ああ。朝帰りだ」
「ひゅ~、おっとな~」
「どういう訳かは知らんが、相沢はこの部屋にいるんだな?」
「はい、そうです。昨日置きっぱなしにしてしまったので……
ええ~っ!なんてこと~!?相沢くんは一晩、雨音さんと二人きりに~!?」
「白々しいなお前……」




