雨音と進級 /その4
18話に繋がる話。
圭くんと一緒に勉強を始めてから、1週間が経った。
今日は、進級をかけた追試を受ける日。
……そして、時音が心臓移植の手術を受ける日。
ドナーが見つかって、これからすぐ病院で手術になるみたい。
私は、時音の心臓になれなかった。
それはとても悲しいことだったけれど……これで時音は元気になって、また楽しく過ごせるようになる。
私たちに残された時間が、あとどれくらいあるかはわからない。けれど、少しでも残された希望を、未来を。
……諦めないって決めたんだ。私も、そして時音も。
時音は今、一人で戦ってる。時音なら大変な手術も、きっと乗り越えられる。側にいてあげられなくて、ごめんね。がんばって、負けないで、時音、もう一人の私……ううん、私の大切な、大好きな双子のお姉ちゃん。どうか手術が無事に終わりますように。また笑顔であなたと会えますように。
「私も、がんばらないとだね」
「……雨音!」
教室に向かう途中で、七色に呼び止められた。
今日は追試のある人以外、学校はお休みなのに。……七色は、わざわざ来てくれたんだね。
「雨音、今から追試だろ。これ、今回俺、何も力になれなかったから」
「お守り?」
「そう。学業成就と……あと、時音さんに健康祈願のやつと、それと、えんぴつ!番号振っておいたから、選択問題で分かんない時はこれを転がして使ってくれ。なんかもう、あとは神頼みというか。雨音にがんばってもらうしかないんだけど」
「私、ちゃんと勉強したから大丈夫だもん」
「だ、だよな。ごめん……」
「……でも、これはありがたくもらっておきます」
七色から、神頼みセットを受け取った。
本当は神様の力とかはよくわからないけれど……不思議だね。なんとかなるような気がしてきた。
「私も、七色と一緒にちゃんと進級したいって思ってるから。結果はどうなるか分からないけど……とにかく、がんばってくるね」
「じゃあ俺、待ってるから。……いつもの場所で!終わったら、ちゃんと来いよ!」
「うん!」
♢♢♢♢♢
後日。集合場所はいつもの屋上。
桜も満開で、実に晴れやかな素晴らしい天気。
雨音の調子も良さそうだ。
「時音の手術は無事に終わりました!もうしばらくしたら、退院できるみたい」
「よかった、おめでとう」
「うん。本当によかった!……ついでに、この前の追試も帰ってきました」
「………………」
「私もまだ点数見てないから、緊張しちゃう。それでは、結果発表です」
「…………」
これで、雨音が進級できるかどうかが決まる。
追試を受けた3科目全てが、30点以上ならクリア。
1つでもダメなら、留年。
うわ、俺もすごく緊張する。
「まずは英語……38点!」
「……!よ、よし、クリアだな!」
「次は、数学…………35点!」
「来てる、来てるぞ雨音!!」
「最後は、物理!………………28」
「えっ」
「は、先生の採点ミスなので、31点!」
「っあっぶねー!!よかったー!!!!」
「進級決定だよ!」
「ほんとよかった、何でこんなギリギリを攻めたんだよ……心臓に悪い……」
「救世主様の作戦通りです」
「やっぱりあいつ信用できないな」
「そんなことないよ。圭くんがいなかったら、私こんなに良い点取れなかったもの。すごく感謝してる」
「ああ、そう……とにかく、これで雨音の進級も決まった訳だし!時音さんの手術も無事終わったし!一件落着だな!」
「試練は乗り越えました!3年生でもまたよろしくね、七色」
「おう!」
何もかもが良い結果になって晴れやかな気持ちとは裏腹に、ふと一抹の不安がよぎる。
「……次も、雨音と同じクラスになれるといいんだけど」
「違くなるの?」
「うーん、どうだろ。分からない。クラス替えがあるから……」
「?」
「まあ、今から不安になっても仕方ないか。とりあえず、打ち上げでも行こう。雨音、何か食べたいものある?」
「…………お好み焼き!」
「よし、じゃあそれにしよう!」
「あのひっくり返すやつ、やってみたかったの」
「上手にやってくれよ」
「七色もやるんだよ?どっちがうまくできるか勝負ね」
「えー……」
……クラス替えくらい、大したことない。
不安とか嫌な予感とか、そんなことは忘れよう。
もしもクラスが違っても、雨音はあんまりそういうのは気にしてなさそうだし。たぶん、大丈夫だ。うん。俺たち、付き合ってるもんな。
それに雨音は今、すごく楽しそうにしてるし。
こんな感じで新学期もきっと、楽しくなるはず。
そうだよな。
たぶん……!
♢♢♢♢♢
「うーん……」
「七色とは、別のクラスだね」
新学期初日。今日から俺も雨音も、高校3年生。
廊下に張り出された新しいクラスの名簿を見ると、嫌な予感は見事に的中した。
俺は雨音と違うクラスか。いやそれよりも。うーん……。
「でも、るぅちゃんとさーやちゃんと、あと昴くんもいるし。私はさみしくないよ」
「俺のとこはカズと了とマキ……これ、一貫生と高入生で分けられてる感じなのか?でも沙亜耶はそっちにいるし。うーん……」
「また新しい友達もできるといいな。楽しみ」
「…………」
「あ、昴くん。新しいクラスでもよろしくね」
「あ……えっと。よろしく、雨音さん」
「…………」
「急がないと、そろそろ始業式始まっちゃう。七色も、サボらないでちゃんと出た方がいいと思うよ? ……じゃあ、行こっか昴くん」
「えっ、俺? …………なんか、ごめんね?」
「…………」
そう言って、雨音とあいつは始業式のために体育館へと向かっていった。二人で、仲良さそうに。
「……待ってくれよ、雨音」
確かに、俺が始業式なんてめんどくさい行事に出る訳がない。
出る訳がないんだけど……!
「…………俺もちゃんと始業式出るって!!!」
今回は別!
だから俺を置いていかないでくれ、雨音!
あと雨音の隣の!!お前、ふざけるな!!!
そこは俺の場所なんだけど!?!?
新学期早々、もう不安しかない。
どうしよう……!
今年1年、もしかしてずっとこんな感じ……?
まさかな、まさか。
たぶん大丈夫だよな、そうだよな、雨音。
ははは……
だ、大丈夫かなぁ……?




