バレンタイン当日編 /その3
放課後の教室。もう随分遅い時間帯。
雨音が俺の元へやってきた。たぶん、チョコを渡しに。
「…………」
「………………」
「チョコをくれ!!!」
「は、はい!」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして……」
雨音から、ラッピングされた小さな小箱を受け取る。
……? 何か違和感……?
「…………」
「………………」
「…………今開けてもいい?」
「……ど、どうぞ」
「あれ?」
「ど、どうかしたの!?」
「いや……カップケーキじゃないんだなと思って」
みんなは雨音から、カップケーキを貰ってたのに。
箱の中身は普通の、種類は分からないけどなんか丸っこい、美味しそうなチョコセットだ。
「それは、その……材料が余って……」
あっ、やっぱりそういう!?俺には余り物で充分みたいな、そういうやつ!?
と、友チョコ以下は……さすがに俺もヘコむ……!
「……ごめんなさい、違うの。それはちゃんと、七色のために――」
「あーーまーーねーーさん!」
えっ、今雨音が何か言ってたのに。突然の大声に遮られた。
この声の主は――
「何だ、カズ。お前か」
「あ、一真くん」
俺の幼なじみの鈴木一真だ。ん?でも何で今、雨音を呼んだの?
「お取り込み中のとこ悪いな二人とも。雨音さん、ちょっといいかな。例の件、覚えていてくれただろうか」
「ああ、うん。大丈夫だよ。一真くんと約束してたものはばっちりだよ」
「え、ちょっと待って。お前たち……もしかして、友達なの?」
確かに一真と雨音はクラスメイトだし、知り合いだとは思うけど。何か約束を取り付けている程の仲なの?友達なの?いつの間に?どういうこと?
「ああ、友達だよ。当たり前だろ。七色の人間関係に大親友の俺が入り込まない訳ないじゃん。そんなことより、雨音さん。予約してたチョコ、受け取ってもいいかな。俺、あと1つで賭けの勝敗が決まるんだ。雨音さんのチョコに俺の命運が……5000円がかかってる」
「ちょっと待ってね、確か一真くんの分はここに……あ…………」
雨音は、自分の鞄をガサガサと漁ってカズが予約していたというチョコを探す。あれ、でも見つからないみたいだ。
「ごめんなさい、全部なくなっちゃった」
「そんな!!!」
雨音のことだから、配る数間違えたんだろうな。
でも、カズはモテるから……別に雨音から貰わなくてもいいだろ。
「うわー!どうしよう、俺、今から他にチョコくれる人探すのかー!やべーな、タイムリミットが近い!」
「ごめんね……」
「いや、いいんだよ雨音さん。これは、この事態を予測できなかった俺の戦略ミスなんだから。うわー、やべー、どうしよー」
カズはそう言いながら、俺が手に持っている雨音のチョコをじろじろ見ている。うわ、何か嫌な予感がする。
「……お、俺のはやらないからな」
「あ? いや、お前が貰ったチョコを奪ったりはしねーよ。そんなこと、俺がする訳ないじゃん」
だよな。いくらチョコが欲しくても、そこまでする人間は普通いないよな。それに、カズは俺の幼なじみで大親友なんだし。
「カズがそんなことするわけ……」
「ないと思ったかーーー!!甘いぞ七色!!!雨音さんのチョコは俺がいただいたーーーー!!!!!」
「お、お前!!」
油断した、雨音のチョコが、盗られてしまった!
ふざけんな!!!おい一真!!!!!
「悪いな、雨音さん!俺は今、絶対に負けられない戦いをしてるんだ。後でちゃんとお礼はするから、許してくれ!それから七色!!恨むんなら反射神経の鈍い自分を恨みな!!!あばよ!!!!」
一真はダッシュで逃げていった。足がはやい……。
「…………行っちゃったね」
「最悪だ……」
「ごめんね、七色のチョコ無くなっちゃった……」
「………………」
無、か。はは、まあ。
人生そういうこともあるよな……つらい……。
「俺が悪いんだよ……俺がぐずでのろまでとろくさくて駄目な人間だから……」
「そ、そんなに落ち込まないで。元々は、七色に早くチョコを渡せなかった、私が原因なんだし……」
「いいんだよ。俺が雨音からチョコを貰おうだなんてのが、そもそも高望みで不相応だったんだ。いい加減俺も身の程を弁えて慎ましく生きるよ……」
「七色…………」
もう、俺はだめだ。雨音からチョコすらも貰えない、俺に価値なんてない。無だよ、無。
「……こ、これで元気出して?ね?」
「………………」
雨音に、急にほっぺにキスをされた。
こんなことで元気が…………出た。うん、すごい出た。
なんか、生きる気力が湧いてきた。別にチョコとかどうでもいいか。でもさ……
「前は口にしてくれたじゃん……」
「え、いつ?」
「文化祭の前の日……」
「あ、あれは!その!私、混乱してたから、事故というか!わざとではないというか!」
「ふーん……」
珍しく赤くなって取り乱す雨音。なんかこの感じ、凄く懐かしいな。やっぱさっきのチョコ、本命ってことでいいのかな。
「……なあ、雨音」
「何でしょう」
「これが、何度目かの正直だ」
お互いに何故か正座をして向かい合う。まあ一応、真面目な話だからな。
ここからはもう今更なので、恥ずかしいとかそういうのはない。いやでも、ちょっとまだ照れるな。うん。
深呼吸して、後は一言。
「俺は雨音のことが好きです。付き合って下さい」
「……返事は?」
「………………はい」
「そういうことで、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いいたします……」
お互いに深々と、一礼。
こうして、青葉七色と花園雨音の交際がスタートした。
あ、やばい。めちゃくちゃ嬉しい。
「……でも私、お付き合いってよく分からない。今までの私たちと、何が違うのかしら」
「それは、俺もよく分からないけど……」
俺も付き合うとか……そういうのは初めてだから、詳しいことはちょっとよく分からない。でも確実に今までと違うのは……
「まあ、その。カップルらしく、デートしたり……イチャイチャ……したり…………」
そういうことも……まあ、あるよな。つ、付き合ってるんだし。当然。いずれな。そのうち。うん。
雨音の方を見ると……ん?様子が……?
「どうした、雨音?え、顔赤くない?大丈夫か?」
「……大丈夫じゃない。イチャイチャは、だめ……あんな…………あんなの……!」
雨音は少し小さく震えている。え、何、どういうこと?
心配になって、雨音の肩に手を触れたら……えっ……顔を殴られた……!
「七色の変態!!!!」
「えっ……痛っ……!なんで今俺殴られたの?何もしてないじゃん!」
「ごめんなさい!でも……でも…………!」
何故か、涙目になっている雨音。いや、泣きたいのは俺の方……。
「まだ覚悟は…………無理だから!」
そう言って、雨音は走り去ってしまった。あ、足がはやい……。
♢♢♢♢♢
「七色、昨日は悪かったな。今日は俺の奢りだ。遠慮せずに食え」
「…………」
「でもな、あれも俺の考えあってのことなんだ。俺はお前に、チョコだけで満足してしまうような小さな男になって欲しくなかった。男なら、なんかこう、バレンタインにちなんだプレイとか。そういう高みを目指すべきだと思うんだ」
「…………」
大親友会議inいつもの喫茶店。
七色、ちょっと機嫌悪いな。どうしたんだこいつ。
大親友の鈴木一真様でも分からないことは存在するってことか。
まあいい。こいつの機嫌なんてすぐ直る。
「七色殿、七色殿。てか、実際あれだろ?あの後いいことあっただろ?」
「…………まあ、おかげさまで」
「おおっ」
「雨音と正式に付き合うことになりました!」
「おおっ!良かったな七色。お前この前まで、ただの勘違い彼氏面野郎だったもんな!だいぶ面白かったぞ!で?」
「?」
「え、それだけ?」
「それだけって何だよ。ここまでの道のり、すげー長かったんだからな」
「………………」
「……あと俺、雨音にまた『無理』って言われたんだけど……どういう意味?俺、やっぱりちょっと生理的に無理な要素があるってこと?」
「はー、つまんね。解散解散」
大してエロい話でもないし。普通に興味ない。
「え、ちょ、聞けよ一真!」
「やーだね。勝手にやってろ」
あ~、俺はこれからつまらんノロケ話を聞かされる恋愛相談役か~。
めんどくせ~~~~~〜〜!




