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花は君のために  作者: 須田昆武
Season2~ラブコメ編
30/132

バレンタイン当日編 /その1




「ごめんなさい、広瀬。今年はバレンタイン、用意できなかったの」


「分かっていますよ。なので、今年は私からです」



 2月14日、バレンタインデー。この日も時音様は病院にいて、外に出ることはできない。時音様は、今年は雨音様と一緒にチョコを作るのだと前々から楽しみにしていたようですが……

 この日までに退院することは、叶わず。月末には、家に戻れる予定ではあるものの、バレンタインデーは来年までお預けという形になってしまった。

 そういう訳で。少しだけ元気のない時音様のため、何かできないかと試行錯誤した結果……今年は、私から贈り物をすることにした。


 なかなか決まらずに悩んだ挙句。昨日偶然入った雑貨店で、やっとの思いで見つけたのが、この繊細なガラス細工のオルゴール。時音様はこういうものが、好きそうな……気がする。



「チョコを持ち込むと、怒られてしまうので。……気に入って頂けるといいのですが」


「……とても綺麗。ありがとう、広瀬」



 そう言って、時音様はふわりと優しく笑う。

 とりあえず、喜んで頂けたみたいだ。少し安心しました。



「そうだ、ホワイトデーは私からお返ししないとね。何がいい?」


「……何でもいいですよ」


「うーん、それじゃ私、すごく悩んでしまうわ」


「たくさん悩んで決めてください」


「…………広瀬、もしかして私のこと試してる?」


「さあ、どうでしょう」



 お返しは別に期待していません。……それにたぶん私は、時音様からなら何を貰ってもうれしいですよ。




「それと、旦那様から預かっているものがありまして」


「…………」


「まだ、怒っているんですか?」


「ええ、そうよ。私まだ、お父様のこと許してないわ。……お父様が雨音にちゃんと謝って仲良くなるまで、お父様とは口を利かないって決めたんだから」



 あの一件以来、時音様は旦那様と少しぎくしゃくしているようで。まあ、仕方ないですね。旦那様が全て悪いですから。

 時音様が口を利かない作戦も、旦那様には随分と効いていて。見ていて本当に愉快です。


 ……雨音様と旦那様は、思ったよりも上手くやっているといいますか。一応、家族らしくなってきたような気がします。



「お二人とも不器用ですが。少しずつ、お互いに歩み寄ろうとしているみたいですよ。雨音様は、今日は朝一番に旦那様にチョコのカップケーキを渡したりもして」


「……私はまだ、雨音から貰ってないのに。お父様ったらずるい」


「………………」



 おっと。時音様、雨音様とのバレンタインに対する執着心が、旦那様への激しい嫉妬へ……実は私も今朝、雨音様からカップケーキを貰っていることは黙っておきましょう。



「それにしても、雨音、大丈夫かしら。ほら、雨音ってよく変な人に付きまとわれるじゃない」


「ああ、そうですね」


「今日はバレンタインで、みんな浮かれてるから。変なトラブルに巻き込まれないといいんだけど……」




♢♢♢♢♢




「…………随分お疲れだね?」


「昴くん……私、バレンタインがこんなに過酷だとは思わなかった……」



 お昼休み、いつもの場所に疲れきった様子の雨音さんがやってきた。バレンタインデーって、やっぱり女子には大変なイベントなのかな……?



「朝から、色々な人に声をかけられて、追いかけ回されて……きっとチョコが目当てなんだろうけど、知らない人たちに渡していたら全部無くなってしまうから、ずっと走って逃げてて……今日は私、サバンナでライオンに狙われたシマウマの気持ち」


「かわいそうに」



 ああ、そっか。雨音さんモテるから、その分チョコをねだられたりするのか。シマウマの気持ちは分からないけれど、なんとなく壮絶さが伝わってくる。弱肉強食……だもんなぁ……。



「みんなそんなにチョコが食べたいなら、自分で用意すればいいのに」


「きっとみんな、雨音さんが作ったチョコだから欲しいんだよ」


「うーん、そういうものなのかなぁ。昴くんも欲しい?」




「………………欲しい…………です」


「ふふ、よかった。昴くんの分はちゃんと用意してありますとも。はいこちら、今日のお弁当と、バレンタイン特製デザートのチョコカップケーキになります」



 雨音さんはそう言うと、俺にお弁当と可愛らしいラッピングが施された、チョコのカップケーキを手渡した。

 ……俺なんかにこんなものを恵んでくれるなんて、雨音さん優しいな。あと、雨音さんはあれから本当に、毎日お弁当を作ってきてくれるようになって……とても申し訳ない。



「……ありがとう。ごめんね、色々と気を遣わせちゃって」


「? そんな、謝らないで。これは私が好きでやってることなんだから」



 優しさが身に染みる。俺、このまま甘やかされ続けたら駄目人間になってしまいそう。あ、でも俺は元から駄目な奴だから、大して変わらないのかな…………まあいいや。



「えっと、それじゃ、いただきます。……あれ、今日はちょっと味付け変えた?」


「あ、やっぱり気がつく? そうなの。昨日、加奈さんっていうメイドさんに新しいレシピを教わって……お口に合うかしら?」


「うん、おいしい」


「えへへ、よかった」


「その加奈さんって人、初めて聞く名前だけど、新キャラ?」



 雨音さんは最近、よく家の人の話をしてくれる。双子のお姉さんとか、お父様とか……あと、使用人の人たちとか。特に双子のお姉さんの存在は、俺にとって衝撃の新事実だった。……やっぱり、似てるのかな。雨音さんみたいな人が二人いるって、どんな感じなんだろう、うーん……。

 あ、今日の本題はそっちじゃなくて。加奈さんって人のことだった。



「えっと、加奈さんは、私は昨日初めて会って。前までお屋敷にいた人みたいなんだけど、私の方が後から来たから知らなくて……とにかく、何でもできて何でも知ってる、すごいお姉さんなの!」



 雨音さんは、その加奈さんというスーパーメイドさんのことを、ものすごい勢いでベタ褒めし始めた。いつも雨音さんが愚痴をこぼす、執事の広瀬さんとは大違い……雨音さん、加奈さんのことよっぽど気に入ったんだなぁ。



「特に恋愛には詳しいみたいで、昨日も難しいことを色々と教えてもらって……たとえば、恋のドキドキは脳のなんちゃらとかんちゃらの関係で色々あってとにかくバレンタインのチョコレートがおいしい」


「さては9割方理解してないね?」


「………そんなこと……ないもん」


「……………………」



 …………?

 雨音さんは急に黙って、大人しくなってしまった。

 あれ、なんだろうこの空気。き、気まずい。

 な、なんで急に……?俺、何か変なこと言った?

 どうしよう。この空気、誰か助けて、誰か……!



「あ、そういえば。今日はあいつ、来てないんだね。いつもはうるさく割り込んでくるのに」


「うーん……七色は、朝にチョコ渡さなかったから拗ねちゃったみたいで……持ってきてはいるんだけど、まだ渡す勇気がなくて……んー……」


「…………」


「とにかく私は、腹をくくらなきゃいけないみたいです」


「……そっか」



 その場の空気はなんとかなったけど、やっぱりあいつのことを話題に出すのはやめておけばよかった。

 今のってつまり、本命は照れて渡せない……ってことだよね。……雨音さん、やっぱりあいつのことが好きなんだなぁ。


 なんか……嫌だな。むかつく。俺、あいつのこと嫌い。大嫌いだ。雨音さん、そのままあいつにチョコを渡せなければいいのに。

 …………そんな風に、勝手に嫉妬してしまう自分も嫌だ。俺、ただの雨音さんの友達でしかないのに。最悪。自己嫌悪。俺、ほんとにどうしようもない人間だ。



「やっぱり、あれかな。白い着物と、日本刀。用意しないとだよね。服の方は体育の柔道着とかでもいいのかなぁ。あと、殿役って必要?いらない?昴くんはどう思う?」



 …………?

 あれ、いつの間にか、バレンタインから別の話題になってたみたいだ。白い着物?日本刀?殿……?



「え、あっ、今もしかして、切腹の話してる?」


「そう、それ。時代劇でよくあるやつ。でもあれ、痛そうで嫌だなぁ」


「あれは切腹の後に、後ろの介錯の人がすぐ首を落とすから痛くないらしいけど……」


「そうなの? じゃあ、本当は後ろの人だけでいいんじゃない? 切腹って必要なの?」


「それは……やっぱり、自分で覚悟を示すところに意味があって……え、ほんとにこれ、何の話?」


「覚悟かぁ……」




「ありがとう、昴くん。私、また少し賢くなった気がする」


「うーん……どういたしまして?」



 何かに納得した様子の雨音さん。俺、お役に立てたのだろうか。でも何で切腹?どういう流れでそうなったの?わ、わからない。


 そういえば、今はバレンタインデーでもあるけど、普通にテスト期間でもあるんだよなぁ。雨音さん、バレンタインデーよりもそっちの方が大変そうな気がするけど、大丈夫なのかな。雨音さんの賢さはいまいち、というか。かなり信用できないというか。

 今度赤点取ったら、留年だったような気が。



「ふ、不安だ……」


「?」



 雨音さんって、無事に3年生になれるの……?




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