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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
3/132

2 恋は溶けたアイスのようで



「おとなり、いいかしら」


「……どうぞ」



 転校生、花園雨音がやって来て早2週間。すっかり学校に馴染んだ彼女は、何不自由無く過ごしているようだった。

 そんなある日の4限、数学の時間。なんとなくそんな気分だったので屋上でサボっていた俺のもとへ、彼女はふらっと現れた。

 ちなみに俺が彼女とまともに会話するのは、あの日から約2週間ぶりである。



「…………」


「…………」


「……………………」



 いや、まともに会話できていない。全然ダメだ。ダメだこれ。何故ここへ来たんだ花園雨音。屋上で男女が二人、無言で並んで座っている様子はシュール過ぎて無理だ。せめて、会話を。何か続けなければ。



「………………花園さんはさ、こんなとこでサボってて大丈夫なの」


「雨音でいいよ、七色」


「!?」



 一瞬の思考停止、フリーズ。再開。

 七色なんて。急にそんな、名前で? 前回は、そんな感じじゃなかっただろう。ここ2週間の間に、親密度が上がるそういう類のイベントなどあっただろうか。いや、ない。たぶんない。



「今日はまだ何も、面白いことがなくて。授業も退屈で。七色が教室から出ていくのを見て、私もついて行こうと思ったの」



 それはつまり。どういうことだろう。退屈だから、俺をからかいに遊びに来たということだろうか。



「…………ああ、そう。後で怒られても、俺は知らないからな」


「ええー。その時は、七色も道連れにする」


「……俺は道連れにはなりません。実は俺、優等生だし」


「嘘だー」


「ほんとほんと」



 …………うん。だいぶ会話になってきた。

 自分で言うのはあれだが、俺はかなり成績優秀だ。だから、教師たちもこういったサボりを大目に見てくれている。しかし、転校生がいきなりサボるのはまずい気がする。立場的に。あと、目立つし。



「雨音は普通に授業に出といた方がいい。こんなとこにいるよりもさ」


「今、名前呼んでくれたね」


「…………話をそらさないで貰えませんか」



 今のはさりげなく言ったつもりだったんだ。気づかれないように。やめてくれ、ほんと。

 スルーして見守る優しさはないのか。花園雨音はおもしろそうなものを見るように、にやにや笑っている。



「なんだよ、見るなよ。授業戻れよ」


「授業はいいの。私に勉強は必要ないもの」



 そうきっぱりと雨音は言い切った。



「……そっか。さすが、花園家のお嬢様は言うことが違う」


「あら、バレちゃった?」



 転校生は町外れの大きな屋敷に住んでいるお嬢様らしい、という噂を以前聞いたことがあった。なにやら本当かもしれない。

 きっと彼女には、わざわざ退屈な授業に出て勉強しなくても良い、それなりの理由や実力があるのだろう。



「私、本当はとっても高貴なお姫様なんだけど、今は正体を隠して普通の高校生をやってるの……………………なんちゃって」


「なんちゃって………って」



 そんな適当な冗談を言われても。俺はツッコミなんて出来ないからこれ以上会話が続かないぞ。ほら、ちょっと恥ずかしい空気になってきた。どうする。どうしよう。



「えーと、今のは無しで…………そういえば七色は、お家が病院なんでしょ?七色は、将来お医者さんになるの?」


「………………どこでそれを……………まあ、一応」



 急に、あまり触れられたくない話題になってしまった。

 将来の話とか、家の話とか。正直今は、考えたくない。



「私の知り合いの先生は、お医者さんなるのにすごく勉強したって言ってた。七色は、大丈夫なの?」


「……さあ。どうだろ」



 本当は、別に医者になりたい訳でもない。

 ただ、そういう家系で、そういう環境だからとりあえず目指しているだけだ。他にやりたいこともないし、医者になるのが嫌な訳でもない。でも、これでいいのか悪いのか。


 俺の人生には、目標がない。自分の意志がない。


 このままでは空っぽで何もない、つまらない毎日が続くような気がして。それが嫌で。でも、変えられない。どうすればいいのか分からない。正解がない。

 だから素直に疑問に思う。

 他の人が何を思って、どういうふうに考えて、自分の人生を生きているのか。



「……雨音のその、知り合いの人はさ。何のために、どうして医者になりたいと思ったんだ?」


「…………」



 雨音は真剣な顔で、考え込む。答えづらいことを聞いてしまっただろうか。



「いや、あの。ごめん。知ってたらでいいんだけど」


「命を救うために」


 

 雨音の凛とした声が、耳に真っ直ぐ残る。



「一人でも多くの命を救って、みんなが幸せに暮らせるようにって」



 帰ってきたのは、あまりにも美しい100点満点の答えだった。その人の言葉はちゃんと本心なのだろうか。ありえない、俺だったら。でも、もし。その言葉が本当なら。



「そんなよくできた素晴らしい人間、存在するんだな」


「うん。とても素敵な人。私も、先生みたいな人になれたらいいのだけれど」



 私には無理だなぁ、と雨音は少し切なそうに笑った。


 その後は、たわいもない話をして、空の雲を眺めて。

 何でもない時間があっという間に過ぎた。




◇◇◇◇◇




「……勉強は必要ないんじゃなかったの?」


「えへへ…………」



 それから数週間後。テスト週間も終わり、世の高校生たちが夏休みに突入している頃。選ばれし者たちはとある教室に集められていた。いわゆる補修というもののために。



「まさか、こんなに低い点を取るとは思わなくて……」



 補習に呼び出されたのがよっぽどショックなのだろうか。いつもよりだいぶ元気がない。



「私にも勉強は、必要だったみたい……」



 そう言う雨音の深刻な表情がおかしくて、笑ってしまう。



「そ、そんなに笑わないでよ」


「ごめんごめん」



 どうせならテストの点数も笑ってやろうと思い、雨音が手に持っている補習宣告及び点数通知書を盗み見る。端から順に、5点、10点、7点、14点、3点……………笑えない。



「これはまずくないか」


「勝手に見ないでよ!」



 ちょっと本気めに怒られてしまった。いやでも。

 さすがにあの点数はひどい。留年にリーチかかってるタイプだ。



「ここにいるってことは、七色も補修なんでしょ。この前はテストなんて余裕とか、言ってたくせに」


「テストは余裕だったよ」


「じゃあ何で」


「サボりすぎて、出席日数が……ちょっと…………」



 そうだ。本当はこんなことになるはずじゃなかった。

 いつもなら、呼び出されないギリギリのラインを計算して欠席しているのだから。

 ただ、俺がサボって屋上に行くと30%くらいの確率で雨音がついてくるので、ちょっと調子に乗ってサボりすぎた。そしたらこの有り様だ。でもそれは言えない。内緒。

 雨音は、かわいそうなものを見る目でこっちを見てくる。



「七色は、お馬鹿さんね」


「お前に言われたくない……」


「ほら、補修始めるぞー。お馬鹿どもは大人しく席につけー」



 そうこうしているうちに、補習担当の教師が現れた。

 ここから1週間はみっちりサボれない。夏休みまで、あと少し。




◇◇◇◇◇




「お疲れさま」



 補習の最終日を迎えた帰り道。雨音と偶然帰る方向が一緒だったので、偶然一緒に帰る。あと、ついでにアイスも奢る。



「いいの? ……ありがとう!」



 よし。これでアイスがなくなるまで、時間稼ぎ。

 近くのベンチにいつもの屋上みたいに。二人で並んで座る。



「これで俺たちもやっと夏休みだな」


「うん。でも、夏休みって長くて。何をしていいか分からない」


「そうか? 一瞬だろ。一瞬」



 ただでさえ短い夏休みが、補習でさらに短くなっているというのに。夏休みが長いとは考えたこともなかった。

 特に何かやることがある訳ではないんだけどな。それでも短い。

 ふと見ると、雨音は俺………の後ろの花火大会のポスターをじっと見つめていた。彼女はこういうものに、興味があるだろうか。



「そういえば、今年は時音と花火を見にいく約束をしたの」


「……時音? 誰それ」


「私の双子のお姉さん。仲がいいのよ」


「へえ、双子だったんだ。初めて聞いた」


「初めて言ったもの」



 雨音はあまり自分のことを話さない。だから、家族の話を聞けたのは意外だった。花火は双子の姉と見にいくのか。そうか。

 …………アイスはもうなくなってしまった。



「今日は行かなきゃいけない場所があるの。だから、もう帰らないと」



 じゃあね、と雨音は立ち去ろうとして、それから振り返って一言。



「七色としばらく会えないのは、ちょっとさみしい」



 そう、呟いた。

 …………俺はこの言葉に、なんて返せばいいだろう。うまくまとまらない。



「……別に、夏休みでも…………会おうと思えば、いくらでも」


「ほんと? うれしい!」



 少し食い気味に雨音が返す。ので、普通にびっくりした。気がつけば今度の日曜日にとか、勝手に話が進んでいる。

 これは、もしかして。少しくらいは期待してもいいのかな。



「ちょっと待って、あのさ……俺、雨音に言っておきたいことがあるんだけど」


「なあに?」


「………………」



 深呼吸して、落ち着いてから。それから。それから。

 よし、今なら言える。ごめん、ありがとう待ってくれて。



「好きです、付き合ってください」



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