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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
25/132

18 これからのこと




「……とにかく、こうして穏やかに過ごせるようになったのだから、良かったと思うの。もう誰も悲しまなくていい。あとは運命のままに。ゆっくりと、終わりを待てばいい」


「とても幸せなことだと思う。きっとこれが最善で、唯一のハッピーエンド」


「そう思わない、広瀬?」



 ……あの後しばらくの入院期間を経て、私は家に戻ってきた。


 今の言葉は、さっきまで読んでた本の感想。

 儚くて脆い、悲劇の物語らしい。全てが失われた世界で、最後に二人の人類が取り残されて…………どんなに足掻いても、やがて終わりが訪れる。全てが無になってしまうなら、結局報われない? 生きた理由は、生まれた意味は無いのかしら。…………いいえ、私はそうは思わない。


 きっと物語の二人は幸せだった。暗闇の中でも決して光を忘れずに、最後まで愛する人と共に生きることを選んだ。それがどんなに愚かな、次の悲劇を産む選択だったとしても。残酷な運命の中、抗うことの出来ない結末が待っているのだとしても。二人にはきっと、後悔はなかった。苦しみや絶望に負けないくらいの、きらきらとした幸福な瞬間が、確かにあった。この物語の最後に訪れる終わりは、決して悲しいものじゃない。


 だからこれは、ハッピーエンド。

 誰がなんと言おうと、私はそう主張する。


 以上。これで本日の読書は終わり。



「…………いいえ、まだ終わりではありません」


「………………どうしたの広瀬? なんだか様子が変……」



 いつもは「そうですね」なんて言って、適当に聞き流すのに。

 じっと私を見て…………もしかして、真剣なお話?



「時音様」



「ドナーが、見つかりました」



「先程、旦那様が病院から連絡を受け取ったそうです。1時間以内に手術を受けるかどうか、返事をしなければなりません」



「……旦那様は時音様の意思に委ねる、と」


「………………そう」



 普通のドナーを受け取るための登録は、解除してなかったのね。

 まさか、見つかるなんて。私結構、運がいいのかしら。

 …………こういう時は、本当は喜ぶべきなのだろうけど…………なんだか、申し訳ない気分。



「私、せっかく心臓を貰っても意味ないもの。他の人にあげる。だから返事は――」


「手術を受けてください」



「お願いします。うまくいけばあなたは確実に、今よりも長く生きられるんです」


「……でも、広瀬も知ってるでしょ。私はそう遠くない未来に、死んでしまうと決まっているの。だから、移植したって無駄で」


「無駄なんかじゃない」


「…………時音様が少しでも長く生きてくれるのなら。受け取った心臓は、決して無駄にはならない」



「私は自分が、他の人が助かる機会を奪ってまで…………誰かを犠牲にしてまで、生きてもいい存在だと思えない」


「生きてください。誰を犠牲にしてでも、私はあなたに生きて欲しい」


「………………」


「時音様!」




「……だって私、お父様の本当の娘でもなかった。雨音のことも、たくさん苦しめた。私は不完全な、欠陥品だった」



 私はどうして、生まれてきてしまったんだろう。こんな私が、どうして生きる価値などあるのだろう。私には、何もない。花園時音として過ごした日々は、全てが嘘で、まやかしだった。最後に残ったのは…………あまりにも残酷で、どうしようもない真実だけだった。



「…………それなのに、これ以上生きたいと願うことは。とても身勝手で、ひどいことだと思うの」


「……………………」



 …………広瀬、私、あなたにもたくさん迷惑をかけた。私はいつも、あなたに甘えてばかりだった。でも、それももうすぐおしまい。私の心臓はきっともう、長くは動いてくれない。私には、未来がないから…………これ以上、あなたの側にはいられない。



「…………分かりました」



 広瀬はお父様に電話をかけて、私の答えを伝えた。

 手術は受けない。私は、私の運命を受け入れる。

 それが最善で唯一の…………



「旦那様、時音様は手術を受ける、とのことです…………はい、後はお願い致します」


「そんな、広瀬、どうして……!」


「…………身勝手で、いいじゃないですか。私も同じです。………………おっと、文句があるのなら、後で聞きますよ」


「まずは早く元気になって。そしてまた、いつもの笑顔を見せてください。……あなたに涙は似合わない」



 広瀬は優しく笑うと、私の涙を拭った。

 …………だめね、私、やっぱりあなたに甘えてばかり。



「…………広瀬。私、病気なんかに負けない。手術だって、怖くない。運命も乗り越えて…………1分1秒でも、長生きしてみせる」


「はい、そうしてください。それでこそ時音様です」


「……だから、広瀬。ちゃんと私のこと、見守っててね。私のこと信じて…………側にいてね」


「もちろんです。見守っています。私が側にいます。あなたは決して、一人じゃない」


「…………ありがとう」




「さて、これからまた入院ですね。忙しくなります」


「ええ、そうね。雨音もがんばっているんだし……私もがんばらないと!」



 ……まずは、早く元気になって。そしてまた、いつものように。


 あなたの隣で、笑っていられますように。




♢♢♢♢♢




「…………暇だ」



 誰もいない屋上。通り抜ける風は、まだ少し冷たい。

 雨音は、そろそろ来るだろうか。

 …………しばらく待つと、階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきた。


 屋上には、俺と雨音だけ。いつもの二人、いつもの場所。



「おまたせ、七色」


「おう、お疲れ。追試どうだった?」


「……う〜ん、そこそこ?」


「不安だ…………」


「まあ、なんとかなるよ」


「だといいんだけど」




「……時音、これから手術だって」


「…………そっか。成功するといいな」


「……うん」


「心配するなよ、きっと大丈夫だよ」


「…………うん」




「……七色。手、繋いでもいい?」


「おう」


「…………まだ、ここで過ごすには少し肌寒いね」


「そうだな。もう少しすれば、春が来て暖かくなるんだけど」




「……桜」


「七色、言ってたよね。春には、ここから見えるって。楽しみだな」


「それから、海。私も今度こそは、水着忘れないようにしないと」


「あとは、それから…………七色は、どこへ行きたい?」




「…………雨音と一緒なら、どこだって構わないよ」


「それじゃ、回答になってないよ。もう、ちゃんと真剣に考えてよ」


「俺今、けっこう良いこと言ったと思うんだけど……」




「……雨音と行きたいところは、沢山あるからさ。たぶん、今年じゃ足りないや」


「じゃあ毎年、少しずつ色んな場所に行けばいいよ」




「名案でしょ?」


「ああ、そうだな。来年も、再来年も、まだまだ先は長いもんな」


「うん!」




「……ありがとう、七色」


「こちらこそ。ありがとう、雨音」




 ……残された時間は、あとどれくらいあるだろう。

 これから先の未来には、何が待っているのだろう。

 答えはない。正解なんてない。何もかも、分からないことだらけ。


 それでも、今を積み重ねて生きていく。


 君と共に。君と二人で。




 よくある物語の結末はこうだ。

 二人はいつまでも、幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。




 …………なんて。それもいいけど。

 それでは何か、物足りない気がする。

 やっぱりもう少し、具体的な方がいいんじゃないかな。

 たとえば、子供は何人……とか………………いや、待った。そういうのは流石にちょっと気が早すぎる、恥ずかしい。一旦落ち着こう。



 ……とにかく。結末なんて、先延ばしだ。

 そういうのは、これから考えていけばいい。

 大丈夫。時間はまだ、たくさんある。



 まずはとりあえず、目の前のことを。

 さっき怒られてしまったから、真剣に考えないとな。



 さて。



 次は君と、どこへ行こうか。





本編完結です。ありがとうございました!

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