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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
22/132

番外編 俺たちの戦いはこれからだ!その3

8話の後。



「……やっぱりあいつ、やばい奴だったな」


「うん、後はあの怖い人が対処してくれるとは思うんだけど……」



 青葉七色を巻き込んで、雨音さんの家に向かったのは失敗だった。


 あいつは話してみたら、案外悪い奴ではなさそうで。雨音さんのことを呼び捨てにしているのには正直イラッときたけれど。そんなに警戒する必要はないかな、根は気弱そうだし……なんて思ってしまった。それが甘かった。油断していた。


 あいつは雨音さんの家について、親御さんらしき人に無視されて……その後、なんというか、人が変わったように取り乱して……?とにかく、怖かった。あれが激情型ってやつなのかな。


 騒ぎに気がついて、すぐに執事さんが来てくれたからよかったけど。俺たちでは手に負えないし、あいつの友達だと思われるのも嫌だし……とにかく、俺たちは雨音さんに会うこともできずに逃げてきてしまった。



「………………」



 あいつ、やばい奴だったけど。雨音さんのこと、何か知っているみたいだった。

 ……雨音さんは、たぶん何かを隠してる。それが何かは俺には分からない。雨音さんは分かりやすそうに見えるけど、以外と人に本心を見せたがらなくて。いつも楽しそうなんだけど……時々、なんというか、さみしそうな顔をして笑うんだ。


 …………俺は雨音さんの友達でしかないから、雨音さんの事情に踏み込むことはできない。雨音さんのこと、分かってあげられない。支えることができない。力に、なれない。

 それがもどかしくて、少し、苦しい。



「……俺たちにできることって、何もないのかな」


「………………」



 何もない、というのが答えなのかもしれない。

 でも、それでも俺たちは。

 どこかにある、あるいは、どこにも存在しない別の答えを、僅かな希望を探し求めて。

 たとえ苦しくても、足掻いて、もがいて、前へ進むしかない。




♢♢♢♢♢




 あれからしばらくして、雨音さんは学校に戻ってきた。

 ……通りすがりに、少しだけ雨音さんのいる教室を覗いてみる。


 特に変わった様子は見られないけれど、何か違和感というか、不安というか。

 やっぱりどこか、いつもの雨音さんではない気がした。


 ……返事とは関係なく、少しだけ話がしたくて。

 放課後、あまり生徒の残っていない校舎で俺は、まだどこかに残っているらしい雨音さんを探していた。


 こういうのって案外、普通に教室にいたりして。

 そう思って、A組の教室へ向かう途中で……また、目の前にあの男が現れた。



「…………何か用?」


「……お前、今は行かない方がいいぞ」



 どうやら朝日は、俺がこの先に行くのを阻止したいみたいだ。なるほど、この先に雨音さんがいるんだね。



「お前にそういう趣味があるなら、止めはしないけど。一応、忠告はしたからな」


「?」



 そう言って、朝日は道を開けて去っていく。なんか、やけに大人しいというか、しおらしいというか……珍しいこともあるもんだなって、俺はのんきに考えながらそのまま教室へと向かった。


 着いた先には、やっぱり雨音さんと……それから、青葉七色がいた。



「……ああ、そういうことか」



 状況を把握して、とっさに身を隠す。

 夕日に照らされた教室には、抱きしめ合う二人のシルエット。


 あいつが雨音さんのことを呼び捨てにしてたのは、つまりはそういう意味。文化祭の時に雨音さんの隣にいたのも、あいつだったという訳だ。



 ……何よりも辛かったのは。

 雨音さんの涙を受け止めてあげられるのが、自分ではなかったということだった。




♢♢♢♢♢




「……久しぶり、昴くん。今日は元気?」


「うん。そういう雨音さんは、あまり元気ないね?」



 ある秋の日の昼休み。人通りの少ない校舎の外のベンチで昼食を食べていると、通りすがりの雨音さんに声をかけられた。



「そんなことないよ。私は元気だけが取り柄なんだから」


「……ちゃんと寝て、ちゃんと食べないと体に良くないよ?」


「…………あはは、やっぱりバレちゃうかぁ。いつもは私がそうやって注意してるのに、これじゃだめだね」



 雨音さんはそう言って、少し困ったように笑った。


 ……さっき袋から出したばかりの菓子パンを半分にちぎって、その片方を雨音さんに差し出す。



「はい、これ。食欲なくても、これくらいなら食べれる?」


「…………ありがとう」



 雨音さんはそれを受け取ると、俺の隣に座ってもそもそとゆっくり食べ始めた。


 しばらく、無言の時間が続く。


 ああ、飲み物ないから食べにくかったかな。悪いことしたな。なんて思っていると、雨音さんは俺のことをじっと見て、話しかけてきた。



「パン、ありがとう。ごちそうさまでした。…………色々と、心配をかけてしまってごめんなさい。それから、あの時のこと。ほったらかしにするのは、よくないと思って……」





「昴くん、あなたはいつも優しくて、素敵な人。私、あなたとお友達になれて本当に良かったと思ってる。あのね、昴くん、私……」



「返事はまだ、いらないや」



 ……雨音さんは俺が告白したことは忘れているか、なかったことにしているんじゃないかと思ってた。

 けれど、ちゃんと向き合ってくれていたみたいで。

 …………その上で紡がれた言葉を、俺は最後まで聞く勇気がなかった。



「……ごめんね。俺、雨音さんのこと困らせちゃったね。…………他に好きな人がいるんでしょ?」



 雨音さんは少し俯いて、小さく頷く。


 ……最初から、無理だとはなんとなく分かってた。現実も痛いほど見せつけられた。それでもまだ、君のことが好きだった。いっそのこと、君のことを嫌いになれたら楽なのに。

 …………俺は本当に、どうしようもなく馬鹿で駄目な人間だ。

 顔を赤らめて、分かりやすくぎこちない様子になった雨音さんを見て、やっぱりかわいいな、なんて思ってしまう。



「……雨音さんにそんな風に想ってもらえる人が羨ましいよ」



 あいつ、たぶんやばい奴だからやめといた方がいいよ、とか、色々と思うことはあるけれど。一応、雨音さんが選んだ人だから、余計なことは言わないことにした。



 後は、雨音さんが幸せに過ごしてくれることを願って。

 ……これで、この恋はおしまい。






「まあ、それとは別に」




「俺は雨音さんに助けて貰ったから。何かあったら、今度は俺が雨音さんを助けたい。…………何か言えない事情があるなら、無理には聞かないけど。苦しい時は、そばにいるから……だから、一人になろうとしないで。雨音さんが一人でさみしそうにしていると、俺も苦しいんだ」



 最近の雨音さんは、やっぱり様子がおかしい。

 人との関わりを自分から絶とうとしているような、けれど、どこか苦しそうでさみしそうな、不安定な状態なのが遠くからでも見ていて分かる。

 ……あいつは、何をやっているんだろう。こういう時こそ、雨音さんのそばにいてあげるべきなんじゃないの?

 …………俺じゃ、意味がないんだよ。悔しいけど。



「……俺は何もできないし、雨音さんのこと、本当は何も分かってない。君の友人失格だ。きっと俺では、君の助けになんかなれない。そんなこと、分かってる。……だけど、最後まで君のそばにいさせて」


「俺、雨音さんのことが大好きなんだ」




「って、あれ。俺、なんか変に深刻になっちゃったね。別に深い意味はなくて……とにかく、雨音さんには毎日元気に過ごして欲しいというか、その」



「……ありがとう、昴くん」



 雨音さんはふわりと優しく笑った。

 無理をしている時とは違う、自然な笑顔に少しほっとする。



「じゃあ、私が元気になるまで。……もう少しだけ、ここにいさせてね」



 雨音さんはそう言って、俺の肩に少しもたれかかってきて……しばらくすると、すやすやと眠りはじめてしまった。


 えっ、ここで昼寝?

 そんなにリラックスされると、困るというか。

 ………………俺、完全に男として見られてないなぁ。


 ……でもまあ、いいか。今の雨音さんに必要なのは、たぶん栄養と睡眠だ。これで雨音さんが少しでも元気になってくれるなら、俺はそれで構わないや。



 それから、俺もつられていつの間にか眠ってしまって。

 目が覚めると5時間目が終わる頃で、二人で焦ってそれぞれの教室に戻った。

 別れ際、「また明日」と声をかけると、雨音さんからも同じ言葉が返ってきた。


 ……いや、また明日って。俺、何を図々しく言っちゃってるんだろ。恥ずかしい。そんな、明日も雨音さんと過ごしたいみたいな……事実だけど、変な風に思われたら困る。だって俺、雨音さんの友達でしかないのに…………ああ、もう。


 俺、馬鹿だな。やめとけばいいのに。

 まだこの恋を、おしまいにはできそうにない。




♢♢♢♢♢




「で。雨音さんに彼氏がいると分かって事実上振られてしまったので、出入り禁止は解除して欲しいと」


「…………そういうことです」



 とにかく、事実は事実なので、出禁解除の交渉のため図書室にやってきた。先輩は貸出カウンター内の一番豪華な椅子、通称「女王席」に足を組んで座っている。ちなみに俺は床に正座。あれ、いつの間に。どうしてこんな図に。体が勝手に……?



「……雨音さんもひどい人だね。それなら、最初からはっきりそう言えばいいのに」


「あはは…………」




「………………でも俺、諦めてはいないですよ」


「まだ、チャンスはあると思って。俺、これでも雨音さんとは仲がいいんです。……雨音さんがあいつと別れた時が狙い目かなって」


「…………相沢くん、なんかたくましくなったね?」


「そうですか?」



 先輩とそんなやりとりをしていると。

 いきなり図書室の扉が勢いよく開いて、誰かが入ってきた。



「僕だって、諦めてないからな!!!!」


「うわっ!何でここに!」


「図書室ではお静かに」


「ごめんなさい!」



 あれ、何で俺が謝ってるんだろ。お前も謝っておけよ、朝日。この先輩怒ると怖いんだぞ!


 あいつはぶつぶつと何かを言いながら、こちらに近づいて来る。来ないで欲しい。



「…………あんな奴、完全に僕の下位互換だろ。僕がそんなのに負けるはずがない。あんなの絶対におかしい。きっと雨音さんは弱みを握られてあいつに脅されてるんだ、そうに違いない。あいつは悪逆非道の変態野郎できっと今頃雨音さんのことを……あ゛ー!!無理!!!!絶対に許せない!!!!!」


「どうしちゃったのこの子?」


「こいつはこれが通常運転なんで。ほっといても大丈夫です」


「そう……?出禁にしてもいい……?」


「いいと思いますよ、先輩」


「おい、聞いてるのか相沢昴!」



 朝日はカウンター内に入ってくると、俺に向かって指をさした。



「これは宣戦布告だ。僕は、あいつに負けない。……そしてお前にも、負けるつもりはないから」


「…………望むところだ。俺だって負けないよ、朝日」



 俺たちは互いを睨みつけた。

 俺たちの戦いは、まだ始まったばかり。

 朝日圭、俺、お前には絶対に負けたくない。


 ……そして、何よりも。

 あいつにだけは……青葉七色にだけは。絶対に、何があっても、もう二度と、負けたくない!!



「……まずは、あいつを雨音さんから引き剥がす作戦を考えないとだな」


「でもそんなことしたら、雨音さんに嫌われちゃうんじゃない?」


「馬鹿野郎、バレないようにやるに決まってんだろ」


「なるほど。それじゃ、こんなのは……」



 ……あいつと雨音さんを別れさせるまでは、朝日とは一旦休戦だ。こうして、雨音さん略奪同盟がここに結成されることになった。


 二人でしゃがみこんでその場で作戦を練っていると、先輩は何か紙のようなものを俺たちの目の前に落とした。あっ、「図書室出禁リスト」だ。四枚目……?よく見ると、新たに朝日圭の名前が書き加えられている。



「はい、では続きは外で。出入り禁止の二人は速やかに退出してね」


「えっ、俺は解除じゃないんですか!?」


「まだ蹴りがついてないので駄目です」


「そんな!」



 ……そして、奥から屈強な男子生徒が数人やってくると、俺たちはあっという間に図書室からつまみ出されてしまった。


 えっ、今の人たち何?先輩の舎弟……?犬………………?

 こわっ…………。




♢♢♢♢♢




「……まだやってる。いいな、楽しそうで」



 廊下からは、さっき追い出した騒がしい二人の声がまだ聞こえてくる。

 一人は女子に人気のイケメンくん。もう一人は私のかわいい後輩、相沢くん。


 ……あんなに生き生きとした彼は初めて見た。

 それに、あんなにかっこよくて有名な子と、堂々と張り合うなんて。

 みんな君のこと、一目置いてるんだよ?

 あいつは度胸がある、大した奴だって。もちろん、いい意味でね。


 少し前までは静かで大人しくて、ネガティブで、普段は何を考えてるのか分からないミステリアスな子だったのに。


 ちゃんと年相応な所とか、意外な一面があって。

 …………うん、悪くない。そういうのも、いいと思う。


 彼をあんな風に変えた女の子。

 ……変えたというよりは、元々がああいう性格だったりして。

 とにかく、あんなに相沢くんを本気にさせた女の子のこと。

 私も気になってきちゃった。



「雨音さん、かぁ」



 私なんて、先輩としか呼ばれたことないのに。



「……なんか妬けちゃうなぁ」



 かわいい後輩の恋路を素直に応援できるほど、私はかわいくないの。こうして君を追い出して、背中を押すことしかできないや。


 がんばれ、後輩。

 こんな所に閉じこもって、うじうじしてたらもったいない。

 もしも逃げ帰って来たら、ただじゃおかないから。

 自信を持って。君は本当に素敵な人だって、私は知ってる。



 命短し恋せよ少年。君たちの戦いはこれからだ!

 …………なんてね。




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