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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
20/132

番外編 俺たちの戦いはこれからだ!その1

時間軸は巻き戻って、文化祭の時のお話。



「相沢くん、大丈夫? ぼーっとしちゃって」


「ご、ごめんなさい、先輩。ちゃんと仕事します……」


「いいんだよ、さっきまで実行委員も忙しかったもんね。存分にぼーっとしなさい。今はちょうど暇なんだし」



 文化祭2日目。俺はクラスの人に押し付けられた文化祭実行委員の仕事を終えたのちに、所属している図書委員会の出し物、「古本売り場」で先輩と店番をしていた。といっても、地味なこの店に立ち寄る客は元々少ない。先輩の言うとおり、先程から暇な時間が続いている。

 ……いっそのこと、忙しい方が余計なことを考えなくて済むのに。この時間帯は外のステージで色々なイベントが行われているようで、人は全てそっちの方へ流れている。元々少ない客足はぱったりと途絶えて、今この教室には俺と先輩の二人しかいない。

 ステージ……イベント……ああ、嫌だ。色々と、思い出したくない。



「それにしても、意外だったなぁ。相沢くんがああいう目立つとこで告白するタイプだったとは。みんなびっくりしてたよ?」


「うう、やめてください。あれは不可抗力で……」



 ……今日はそのことで、朝から色々な人に弄られた。普段影が薄くて目立たない俺も、昨日の出来事でよっぽど悪目立ちしてしまったらしく。道を歩けば知らない人から「よっ!告白乱入男!」と、通りすがりに声をかけられ、野次を飛ばされ……なんていうか、もうストレスでぐったりだ。


 本当は、告白なんてするつもりはなかったのに。……というか、もしするとしてもあんな場所ではしないし……そもそも、雨音さんのことが好きだなんて、自覚なかったし……あの時とっさにあんな行動に出た自分に、自分でも驚いて……それで勢いで告白しちゃって…………ああもう、ありえない。最悪だ、俺の馬鹿野郎。



「――それで、どうなの。あの後。雨音さんから返事は聞けたの?」



 先輩は興味津々な様子で、俺の触れては欲しくない話題に踏み込んでくる。他の話題に変えてくれないかなぁ。変えてくれなさそうだなぁ。先輩が影でドS女王ってあだ名付けられてるの、少し納得がいくような気がした。



「返事はその…………まだ聞けてなくて、はは……」



 あのステージでの騒ぎの中、雨音さんはいつの間にか姿を消してしまった。それはそうだ。あんなカオスな空間、俺も耐えられない。逃げ出すのは当然だと思う。

 ……それから、雨音さんにはまだ会っていない。だから返事も、当然聞けていない。……聞かなくても、駄目なのはなんとなく分かる。俺みたいなのに告白されて、雨音さん、嫌だったろうな。悪いことしたな。自己嫌悪、反省、後悔、その他色々、もやもや。



「……望みがないのは、最初から分かってたんです。だからもう、いいかなって」


「よくない、よくない。そういうのは、はっきりさせた方がいいよ。じゃないと君は、いつまでも前へ進めないわけだし」


「…………ですよね。俺、ちゃんと振られないと、いつまでもうじうじと気持ち悪いですよね……ごめんなさい……」


「ネガティブだなぁ」



 先輩が俺のこんな様子を見て、引いているのが伝わってくる。

 ほんと、ごめんなさい、視界に入るのも不快ですよね、消えてなくなりたい……。



「とにかく、君はこんなところにいるべきじゃない。さっさと雨音さんを探して、話をしてきなさい」


「でも店番が……」


「そんなものは私に任せていいから。ほら、行った行った」


「で、でも……」


「これは先輩命令です。ちゃんと蹴りをつけるまで、相沢くんは店番禁止です。長引くようなら、図書室も出入り禁止です。では、張り切って行ってらっしゃい」


「そんな…………!」



 先輩にそう言われ、俺は無理矢理教室を締め出された。

 先輩はほんとに俺のこと、視界に入れたくないんだろうなぁ。これからどうしよう。……雨音さんを、探すしかないのかな。

 ああ、でも、まだ話す勇気はないというか……やっぱり返事を聞くのは怖いというか…………



「………………あ」


「…………」



 教室を出ると目の前には、事の発端になったあの男がいた。

 金髪の、整った顔立ちの、スラッとした……何故か今日は警官のコスプレをしている男。

 ……こいつが急に雨音さんに告白なんてするから、こんなことに。


 目の前の男は俺のことを睨みつけてくると……それ以外は特に何も無く、俺の横を通り過ぎていった。


 ………………あいつも、雨音さんのこと探してるのかな。




♢♢♢♢♢




 とにかく、店番を禁止されてしまっては他にやることがないので、雨音さんを探すことにした。

 別に、返事を聞く時にあいつに先を越されたくないとか、そういうのじゃない。

 ……ちゃんと雨音さんに会って、迷惑かけたのを謝って、潔く振られるんだ、うん。


 だから、雨音さんを探しに行った先々であの男を見かけても別にイラつかないし、あの男に睨みつけられながら廊下をすれ違うのがこれで5回目だとしても、特に思うことは何もない。



「お前、いい加減雨音さんにつきまとうのやめろよ」



 すれ違いざまに、イラついた声で話しかけられた。



「……つきまとってないし、君には関係ない」



 俺が言葉を返すと、あいつは振り返ってまた俺のことを睨みつけた。



「お前のことはもう調べがついてるんだよ。2年D組、相沢昴!お前、たまーに休み時間に雨音さんと話したりして、ちゃっかり友人ポジションについてるんだってなぁ、ええ?」


「何なの、君、怖いよ」


「僕は1年B組の朝日圭だ。当然知ってるよなぁ?あぁ?」


「知らないし……何で取り調べ風なの……」



 目の前の警官コスプレ男こと朝日は、俺にぐいぐい近寄ると、俺の目に懐中電灯の光を直接当てて威圧的な態度で絡んできた。眩しい。なんだこいつ。



「正直に白状しろよ。お前、雨音さんのストーカーなんだろ?そんなことして許されると思ってんのか?あぁん?田舎のおふくろが泣いてるぞ?」


「ほんと何この人……」



 ……急にステージで告白なんかするから、まともな人ではないと思ったけど。これは本格的にやばい人だ。無理、逃げよう。



「あ!あそこに雨音さんが!」


「え、どこ」



 ごめんなさい、雨音さん(架空)。たとえ架空のイマジナリー雨音さんでも、囮にしてしまったことに罪悪感を覚える。それでも関わりたくない、この人とは。とにかく、逃げなくては。

 俺は指を指した方向とは反対に、全力で走り出した。



「てめー嘘つくんじゃねーよ!」



 しまった、一瞬でバレた。あいつは走って俺のことを追いかけてくる。



「何でついてくるんだよ!」


「お前がもし先に雨音さんを見つけたらムカつくからに決まってんだろ!おい!撒こうとすんな!」


「しつこいな!大体、君がいたら捜索の邪魔なんだよ!ほら!」



 行く先を、女子の壁に阻まれる。女子たちは、きゃー朝日くんだー、なんて言ってあいつと……俺を巻き込む形で取り囲んだ。



「………………」



 俺はなんとかこの女子の人混みから抜け出せそうだな。

 とにかく、ここであいつを撒いて俺が先に雨音さんを見つけるんだ。あいつは人だかりの中心にいて、抜け出せそうにない。

 今がチャンス、さっさと距離を取って……



「みんなごめんね、僕ちょっと忙しくて……道を開けてほしいな、うん、ありがとう!また後で!」


「ね、猫かぶりが激しい!」



 あまりの女子への態度の違いに、思わず声を上げてしまった。居場所がバレた。また奴が追いかけてきた。女子たちはあいつが通りやすいように、あいつの前だけ律儀に道をあけている。

 女子の人混みを抜け出す頃には、俺はもみくちゃになってへとへとで、あいつは道を開けてもらったおかげか、涼しい顔をして歩いて俺に追いついた。そのまま腕を捕まれ、何故かおもちゃの手錠をかけられる。



「16時48分、容疑者確保」


「何なのほんと……雨音さんは見つからないし、変な人には絡まれるし…………」


「変な人なんていたか?」


「自覚がないの厄介すぎる」



 ……そして俺は変な男に連行され、仕方なく雨音さんを一緒に探すことになった。警官コスプレの変な男と、手錠をかけられてそいつに無残にも付き従う俺。心なしか周囲の目線が痛い。

 通りすがりの女子たちは朝日を見ると、黄色い声を上げて色めきたつ。



「…………君、あんなにモテるんなら、わざわざ雨音さんに拘らなくてもいいじゃないか」


「うるさいな、僕は本気なんだよ。本気で雨音さんが好きだ。今は雨音さん以外に興味はない」



 はっきりと、朝日はそう答えた。

 告白の時もそうだったけど……どうしてこいつは、そうやって堂々としてられるんだ。



「…………お前だって本気なんだろ?僕の告白邪魔しやがって」


「お、俺は……別に……」


「あーあ。お前に邪魔されなけりゃ、僕は今頃雨音さんとイチャイチャしてたはずなのに」


「どこからそんな自信が…………君だって雨音さんに逃げられたくせに」


「あぁ?」


「本当のことでしょ?」



 ……そうだ、いくら堂々としてたって。

 こいつも、雨音さんに選ばれてはいない。


 俺たちの間に、張り詰めた空気が流れる。


 これは勝負で、戦いで、戦争だ。

 こいつにだけは、雨音さんを渡したくない。


 こんな変人に、優しくて可憐な雨音さんを渡すわけには…………

 そんなことを考えていると、ふと、一人の少女の姿が目に留まった。



「……あれ、もしかして雨音さんなんじゃ」


「は?どこ?」


「あの屋台のとこ。ポニーテールでメガネの。いつもと雰囲気違うから分かりにくいけど……」


「違うな。あれは雨音さんではない」


「ええ、絶対に雨音さんだって」


「馬鹿野郎、よく見ろ。……雨音さんが僕以外の男と二人で文化祭を回るはずがない。よって、あれは雨音さんではない。以上」



 視界に写ったその少女は。確かに、知らない男と二人で親しげに歩いていた。

 …………でも、あれは雨音さんだよ。いくら認めたくなくても、それは変わらない。



「現実見なよ。あれは雨音さんで、あの隣は」


「いいから次行くぞ」



 ……俺は朝日に連れられて、その場を離れた。

 その後も、一応()()()()を探してはみたけれど、当然見つかるはずもなく。


 後夜祭が始まる頃には、俺は仮釈放されて自由になった。



 最初から、無理だと分かってはいたけれど。

 それでも、生まれたばかりの恋心を殺すのは、どうしようもなく苦しくて。……現実を受け止めるには、俺にはまだもう少し、時間が必要みたいだった。




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