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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
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1 夕暮れとふたり



 よくある物語の始まりはこうだ。



 俺の名前は青葉七色(あおばなないろ)。つまらない毎日をただなんとなく惰性で過ごしている、ごくごく普通の高校2年生だ。そんなある日、美少女の転校生がやってきて、何故だか分からないが俺につきまとい始める。そのうち、幼馴染だとか妹だとか生徒会長だとかが次々に出てきて、俺の平穏で平凡な日常はあっという間にハーレムな日常に……。

 なんてそうそう、よくある話。



 しかし残念なことに、俺には仲の良い異性の幼馴染はいないし、妹もいない。さらに生徒会長は男だし、父親の再婚で新たに家族が増える予定もない。正真正銘の平穏で、平凡な毎日だ。


 だから教室の一番後ろ、俺の席の隣に不自然に増えた机、朝から何やら騒がしいクラスメイトは気にしてはいけない。間違っても、今日来る転校生がもしかしたら美少女かもしれないだとか、考えてはいけないのである。そんな淡い期待を抱いたところで、俺の平穏で平凡な毎日はそう簡単に崩れたりはしない。どうせ転校生は冴えない男だ。これからも、何事もなくつまらない日々がただひたすらに続いていくに違いない。



 と、いうことで。

 ごくごく普通の高校生改めちょっと不良な俺……青葉七色は、それでも己の淡い期待と妄想を少しでも持続させるため、朝から屋上でサボることを決めて教室を去るのであった。


 朝からサボるなら、何故わざわざ学校に来たかって? ……だって、通学路でぶつかるかもしれないじゃん。食パンくわえた謎の美少女と。曲がり角で。



 物語の始まりはきっといつだって、突然なのだ。




♢♢♢♢♢




「ねえ、もしかして、あなたが青葉くん?」



 目の前には、俺を覗き込む少女。夕暮れ。

 ちょっと仮眠するはずだったのに、こんな時間になるなんて。昨日徹夜したせいだろうか。いや、それよりも。この少女は一体……?



「青葉くん……だよね? ちょっと金髪で、ちょっと目つきの悪い、青葉くん。クラスの人に聞いたの。私の隣の席の人は、きっと屋上にいるよって」



隣、隣……?俺の席の隣は柔道部の山田と、それから……今日来る転校生。



「そうか、君が……」



 寝起きで掠れた情けない声しか出ない。

 目の前には長い黒髪の、よく見るとかわいい転校生。



「目が覚めたかな? はじめまして、青葉くん。私は、花園雨音(はなぞのあまね)です。これからよろしくね」



 そう言って、彼女は俺に手を差し伸べた。




♢♢♢♢♢




「今朝、家の人と約束したの。まずは隣の席の人に話しかけて、名前を聞いてくるって」



 彼女の手を取る……のは恥ずかしかったので、自力で起き上がった。変な場所で寝たせいだ、背中が痛い。



「きっと私、心配されてるのね」



 先ほど差し伸べたまま、行き場を失った手をグーパーさせながら、転校生こと花園雨音は喋り続ける。

……あれは、手を握り返してやるべきだったのだろうか。いやでも、それはちょっと。照れる。



「これでも私、結構うまくやれるのよ。前の学校でも、友達は多かったし。こうして青葉くんがいる場所も聞けたわけだし」



 彼女はそう言うと真剣な表情で俺に近づき、そして再び手を差し出した。



「青葉…………七色と書いて、レインボーくん?」


「いや、普通になないろ……だから」


 

 観念してその手を握り返すと、花園雨音は満足そうに微笑んだ。夕焼けが、やけに赤くて眩しい。

 それからええと。ああ、やっぱりちょっと、恥ずかしい。



 

♢♢♢♢♢




「雨音、学校はどうだった? 怖くは……なかった?」


「うん、大丈夫。楽しかった。時音との約束も、ちゃんと守れたよ」



 月明かりに照らされた部屋の窓辺で、私たちは二人だけの秘密の話をしている。

目の前にいる私によく似た女の子の名前は、花園時音(はなぞのときね)。私よりも明るい色でふわふわと癖のついた髪が、くすくすと笑う声に合わせて小さく揺れる。



「そう。お隣の人は、どんな人だった? 仲良くなれたかしら」


「ええと。お隣の人は教室にいなくてね。退屈なときはよく、屋上にいるんだって。だから私、会いに行ったの。目つきは少し悪くて、髪も少し金色に染めてて…………名前は、青葉七色っていうの」


「あら。それはきっと、不良というものよ。悪い人かもしれない」


「そうかなぁ。悪い人ではないと思うけど」



 夕暮れの一時を思い返す。屋上にいた青葉くんは無愛想だったけど、私のあいさつにちゃんと答えてくれた。なら、悪い人ではないのかな。



「思ったよりも、怖くはなかったし。きっといい人よ。それに、思ったよりも普通の名前だったし」



  そう素直に話すと、時音は少し困ったような顔をした。



「……ええと、七色は変わった名前だと、私は思うわ」



 ああ、しまった。また()()ている。直さないと、学ばないと。



「時音がそう言うのなら、きっとそうなのね。ごめんなさい」



 すこし落ち込んでいたら、時音は優しく私の頭をなでてくれた。時音はいつも私のことを心配して、いつも一番に私のことを分かってくれる。



「変わっているけれど、とても素敵な名前ね」



 その言葉に、私は救われたような気がした。うん、私も同じ。そう思ったの。




♢♢♢♢♢




「時音、体によくないからもう寝ないと」



 まだ話し足りなさそうな時音をベッドに寝かせて、額におやすみのキスをする。時音は名残惜しそうに、ゆっくりと瞼を閉じた。



「明日も学校のお話、聞かせてね」



 そうぽつりと呟いた時音は、しばらくすると静かに寝息を立て始めた。私はその様子を静かに見守っている。



「……もちろん聞かせるわ。私の物語は、時音、あなたの物語だもの」



 確かめるように、導かれるように。

 ゆっくりと時音の胸に耳を当てる。

 心地よい心臓の音が、とくん、とくんと聞こえてくる。



「大丈夫。時音の病気は、ちゃんと良くなるからね」



 時音と過ごす時間はいつもあっという間。

 こんなふうに、いつまでも一緒にいられたらいいのだけれど。


 残された時間は、あとどれくらいあるだろう。




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