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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
19/132

15 来年の桜を君と



 私は時々、夢を見る。


 友だちと遊ぶ夢。写真で見た海へ行く夢。

 そして忘れられない、あの懐かしい景色の夢。


 色とりどりの花々に囲まれたその場所は、まるで楽園のようで。

 そこに世界の全てがあるのだと思った。

 私はその景色を大好きな先生に伝えたくて、一番きれいな花を一輪だけ摘んで学校に走った。

 きっと先生はいつもみたいに笑ってくれる、そう思った。


 けれど先生は。その花を手に取って、悲しそうな顔をしたの。


 私は悪いことをしてしまったのだと思う。

 それから暗闇が迫って、ひとりぼっちのこわい夢に変わる。


 さむくて、かなしくて、さみしくて、私は息ができなくなる。


 そのまま深い闇の中に沈んでいく。私はきっと、このまま消えてなくなってしまう。

 手を伸ばしても、何もつかめない。誰にも届かない。



 けれどいつの間にか。遠くから、私の名前を呼ぶ声が聞こえて――――



 そして、あなたの優しい声で目が覚める。




♢♢♢♢♢




「雨音」


「……こんなとこにいたら、風邪ひくぞ」



 冬の空気は冷たく、灰色の雲はどこまでも遠くへ広がっている。

 いつもより早く終わった学校の、放課後の時間。屋上には空を見つめる雨音の姿があった。


 雨音は俺に気がつくと、ちらりとこちらの方を向いた。



「…………それは大変。体調は万全にしておかないと、だからね」


「……どうしてここにいたんだ?」


「なんとなく、予感がして」


「何の?」


「内緒」



 そう言って、雨音はまた遠くの空を見つめる。



「…………もうすぐ、なんだよな。手術」


「うん」


「時音さんは、どうしてるの」


「……まだ、手術は受けたくないって拒んでる。お父様は、無理矢理にでも時音に手術を受けさせるつもりでいるんだけど。………時音、ああ見えて頑固だから。まだどうなるか分からないや」


「…………そっか」


「ねえ、七色。見て。雪が降ってきた」



 手に冷たい粒が触れて、溶ける。

 …………初雪だ。あまり大きくないふわふわとした雪が、ゆっくりと空から地上へ落ちてくる。



「もう降るなんて、今年は早いな」


「そうだね。積もるかなぁ」


「なんか微妙そう。雨音は雪だるまとか作ったことある?」


「もちろん、ありますとも。施設に、中庭があったでしょ?そこで、大きなかまくらとかも作って遊んだよ」


「かまくらって……そんなに積もったことあったっけ」


「山の中だったから、たぶん、ここよりもたくさん雪が降るの」


「ふーん……」



 雨音は、雪を見つめて楽しそうにはしゃいでいる。

 俺は隣で、そんな雨音の様子をじっと眺めていた。

 …………雨音の指先にそっと触れると、少しだけひんやりとした体温が伝わってくる。



「………雨音。手、冷たくなってる」


「少し、冷えちゃったかなぁ。七色はあったかいね」



 雨音はそう言うと、俺の手を握り返した。

 繋いだ手のひらが、ぽかぽかと温かくなるのを感じる。

 俺は無意識に…………いや、意識的に。雨音の指に自分の指を絡めると……とりあえず、また雪を眺めた。



「……七色、ちょっと照れてる?」


「別に、照れてないし」


「慣れないことするから……」


「……いいだろ、たまには」



 雨音はこちらを見てくすくすと笑っている。

 俺はそんな雨音を見て……ふと思いついた言葉が、口からこぼれた。



「雨音、このままどこか遠くに逃げようか」



「……やっぱり、寒くない場所がいいよな。冬が短くて、夏は暑すぎなくて、海が綺麗なとこ」


「いっそ海外とかにさ、ぽーんと飛んじゃえば、案外なんとかなるかも。世界は広いんだ。どこへだって逃げられる。俺、英語だったらたぶん分かるし」


「無理だよ。私パスポート持ってないもん」


「…………じゃあ船で密航にしとこう」


「スリル満載のプランだねぇ」



 雨音は楽しそうに俺の話を聞いている。

 ……けれど一瞬。さみしそうな表情して、一言呟いた。



「……七色、まだ諦めてないんだ」


「当然だろ。俺、結構真剣に考えてるんだ」



 本当だよ、雨音。俺、まだお前のこと諦めたくない。

 お前が望むなら、どんなことだってするし、お前のためなら――



「…………ありがとう、七色。その気持ちだけで充分だよ」




「私、幸せだなぁ」



「本当なら、施設の外に出ることも、この学校に来ることもないまま終わるはずだった。でも今は外に出て、好きな人に出会って、こうして手を繋いで隣にいる。これって、奇跡だよ。もう他に何もいらないや」



 そう言って穏やかに笑う雨音を見ているのが苦しくて。

 俺は、雨音から目をそらした。



「ごめんね、七色。私は幸せなまま終わるけど、七色には、かなしい気持ちを残してしまうね」


「…………終わるとか、言うなよ」





「俺、雨音がいない未来なんて、想像したくない」



「……春には、ここから桜が見えるんだ。雨音、春は学校にいなかったから、まだ見てないだろ。すごく綺麗でさ。雨音にも見せてやりたいんだ。だから来年の春は、二人で桜を見よう」


「夏にはまた、一緒に海に行きたい。それから今度は、花火も見に行こう。文化祭のミスコンだって。雨音なら、次はきっと優勝できる。他には遊園地とかさ、まだ行ってない楽しい場所は沢山あるから」



「………………ごめんね。泣かないで、七色」



 雨音が、優しく俺に声をかける。

 情けないな俺、お前のために何もしてやれないどころか、お前の前で、涙を我慢することさえもできないなんて。



「……七色は優しくて、とてもいい人だから。七色の側にいてくれる人は、またすぐに見つかるよ」


「嫌だ、雨音じゃないと、意味がない。俺は雨音に、側にいて欲しいんだ」


「……もう、そんなに泣いてたら、かっこ悪いよ」


「かっこ悪くても、いいよもう。お前が引くくらい、泣きまくるからな、俺は」


「ええ……」


「…………やっぱり引かないで、泣き止むから、ごめん。………でもさ、もし雨音がいなくなったら。泣くのは俺だけじゃないよ。雨音と関わったみんなが泣いて、大変なことになる。雨音は分かってないかもしれないけど、お前って周りから、けっこう愛されてるんだからな。だから、ほんとにみんな泣くからな。それでもいいのかよ」


「うーん、それはよくないね」


「だろ」


「……でもみんな、そうして涙を流したその後は。ちゃんと未来に進んでいけるよ。私のことなんて、すぐに忘れちゃうんだから」



 そんなことを言いながら、雨音は寂しそうに笑う。



「忘れないよ、忘れるわけない」


「……私、前に七色に言ったよね。私のことは、早く忘れてねって」


「嫌だ、絶対に忘れない。もしみんながお前のこと忘れても、俺だけは忘れないから」


「…………うん。あれは嘘。私のこと、忘れないで」




「花園雨音という人間が、あなたのことを好きになった女の子が、ここにいたことを。あなたは覚えていて」




「私ね、花が好きなの」


「だから毎年春になったら、私のために花束を買ってね。どんな花でもいいけど、綺麗なのがいいな。そして、その日だけでいいから、私のことを思い出して。約束だよ」


「そんな約束、したくない」


「じゃあ、私の最後のわがまま。これが最後のお願い。……叶えてね、七色」




 抑えたはずの涙が、また溢れて止まらない。

 俺は雨音の手を、強く、強く握っていた。


 このままどこにも行かないで、ずっと側にいて、お前のことが好きだ、そんなことすらも言えないまま。



 冬休み前最後の日――――

 雨音が学校で過ごす、最後の一日が終わった。




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