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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
18/132

14 僅かな希望



 ……あのクローンを目撃したすぐ後、私は再度、八乙女と話し合うことになった。



「そうか、あれが……」


「はい。時音さんの予備の心臓、紫音を元にしたもう一人のクローンです。……すみません。あれの姿は君にも、時音さんにも見せるつもりはありませんでした。こちらのミスです」



 八乙女は珍しく苦々しい表情を浮かべ、すぐにそれを誤魔化すように微笑んだ。



「あの子は、自分が心臓を渡す相手に興味を持っていました。時音さんの姿を一目見たいと懇願され、連れてきてはいたのですが……僕の判断が甘かった」


「……彼女は、自分の心臓を時音に提供することを知っているのか?」


「はい。もちろんです。そして、そのことを受け入れています」



 八乙女は感情のない声で、淡々と話を続ける。



「クローンには死への恐怖も、抵抗もありません。そうなるように作られています。なので、君があの子のことを気に病む必要はない」


「…………」



♢♢♢♢♢



 あの出来事から数日後。私はある決断を下した。

 諸々の手続きのため例の施設を訪れると、目の前にはあの男が立ち塞がっていた。



「……手術が行われるまでの間、あの子を引き取るだなんて。どうしてそんなことを勝手に決めてしまったんですか!」



 八乙女の声が、静かな通路に響き渡る。

 彼がここまで怒りの感情を表に出した姿は、今まで見たことがない。



「…………お前とは別の研究チームの提案を、承諾しただけだ。彼女は私の元でおよそ1年間、社会生活への適合度を測る実験に参加する。同時に、移植予定者……つまり時音との接触による心理観察も行われるそうだ」


「僕は反対です。確かに、それはいつかはやらなければならない実験だ。しかし、あの子じゃなくていい。今やる必要はない。あの子は役目を果たし、心臓を提供する。それで充分じゃないですか。手術はすぐにでも出来る。どうして引き伸ばすようなことを――」


「考える時間が欲しいんだ。……私がやろうとしていることが正しいのか、しっかりと判断したい」



 八乙女は背を向けると、一瞥をくれることもなく言葉を吐き捨てた。



「今更正しさを求めようだなんて、どうかしている」


「……ああ、そうだな」




♢♢♢♢♢




「やっぱりそうだったのね。お父様ったら、私に双子の妹がいることをずっと隠してたなんて。ひどい人ね」


「………………」


「でも、とても嬉しい。私に姉妹がいたなんて、夢みたい」



 ……時音には全てを隠し、例のクローンを一時的に引き取ることにした。

 私にも、あのクローンにも……そして時音にも、まだ猶予がある。最終的な決定を下すのは、まだ先でいい。

 …………あの時の私は、そんな甘い考えでいたんだ。



「ねえ、あの子はなんて名前なの?」


「あの子の名前は、雨音だ。仲良くしてやってくれ」


「ええ、もちろん!」



 ……そうして、今に至る。これが雨音と時音の全てで…………優柔不断で愚かな私の、過ちの全てだ。




♢♢♢♢♢




「……あなたは、迷っていたんですか? 雨音を犠牲にして、時音さんを救うべきなのかを、雨音に出会ってからずっと」



 花園嶺は俯きながら話を続けた。その姿は最初の尊大で高慢な印象からは程遠く、弱々しく、小さく見えた。



「紫音の形見だと思ったんだ。時音も、そして雨音も。私は手術を簡単に割り切ることが出来なくなった。……雨音とも、もしかしたら家族のようになれるかもしれないと、私は愚かにもそう思ってしまった」


「……しかし、雨音は最初から割り切っていたようだ。自分は道具で、私はただの所有者、オーナーでしかないと。雨音から父と呼ばれたことは一度もなかった」


「そして、私の意思が固まったのはつい最近のことだ。9月の半ば、時音は発作で倒れ一時心停止の状態にまで陥った」



 9月の半ば……ちょうど、文化祭が終わった頃だ。

 時音さんが入院していたのは、その発作のせいで……雨音が学校に来ていなかったのも、時音さんの万が一に備えて、だったのかもしれない。



「私は手術を引き伸ばしたことを激しく後悔した。そして、あの時のように失う恐怖を思い出したんだ。……私にとって、時音は何よりも大切な娘だ。時音を見殺しにすることは出来ない。私は、本来の予定通り手術を行うことに決定した」


「……雨音のことは、見殺しにするって言うんですか」


「ああ、そうだ。あれは道具なのだと、私も割り切ることにした。雨音は心臓の提供を拒んではいない。あれには、生きる意思など元から無い。医療用クローンは、そう作られているんだ」


「ふざけるな!!」


 

 怒りの声が反響し、部屋に響く。

 あなたは結局、雨音のことを何も分かっていなかった。

 時音さんのことしか……いや、自分のことしか考えていない、最低な人間だ。



「雨音が提供を拒まないのは、そう作られたからじゃない。時音さんのことを、大切に思ってるからだ」


「あなたのことを、父と呼ばなかったのだって。あなたがもし、雨音を見捨てても……あなたが後で苦しむことがないように、きっと、わざとそう言って突き放したんだ」


「めったに家族の話をしない雨音が1度だけ、他愛もない会話の中で、あなたの話をしたことがあった。今朝は久しぶりにお父様と食事をして、とか、そんな小さな出来事をすごく嬉しそうに話してて。雨音は幸せな家庭にいるんだなって、俺はずっとそう思ってたのに」


「それなのに、道具だ、なんて。確かに短い期間だったかもしれない。それでも、あなたは雨音の家族だったんでしょ?」



 目の前の男に、縋り付くように懇願する。

 今ならまだ間に合う。あなたなら、止められるかもしれないんだ。



「雨音を助けてください。お願いだから、見捨てないで」



「あいつは俺に、生きたいって言ったんだ……!」






「…………雨音が、そう言ったのか」



 俯いたまま、小さく頷く。

 そうだ、それが雨音の意思で……雨音が道具なんかじゃない証拠だ。



「…………そうか。どうやら私は、また間違いを重ねてしまったようだな」



 花園嶺は俺の肩にそっと手を置いて、そう呟いた。

 俺の言葉は、雨音の言葉は、この人に届いただろうか。


 雨音の命は、これで助かるだろうか。


 …………次の言葉を静かに待つ。

 どうか、雨音を助けると、その一言を――――――



「……今更、もう後には戻れない。雨音から摘出される予定の臓器は、心臓だけではない。あらゆる臓器が、世界中の適合する患者へと移植される。臓器を受け取る予定の患者たちも既に決まっている」


「こうなってしまっては、私でも手術を止めることは出来ない。多くの人間が、雨音によって救われることを待ち望んでいる。患者自身も、そしてその家族も」



 …………嫌だ、それじゃ、雨音は――――――――――?




「……私は、どうすれば良かったのだろう」


「僅かな希望に手を伸ばそうとしたこと、それらが全て過ちだと言うのなら」


「………………最初から諦めていれば、救われたのだろうか」




 そんな後悔の言葉なんて、聞きたくない。

 必要ない。


 また、何も見えなくなる。


 雨音を救うために残された手段は、俺にできることは……




 もうどこにもないことを、俺は受け入れなければならなかった。



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