表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花は君のために  作者: 須田昆武
本編
17/132

13 最初の出会い



 ……妻の紫音は、時音と同じように心臓の病を患っていた。


 いよいよ心臓の移植手術が必要な状態となった紫音は、ドナーを待ちながら、同時に僅かな希望にも賭けることにした。


 それが、クローンによる臓器移植だった。


 クローン人間を製造するという話は、聞かされていなかった。あくまでも心臓のみを複製し、移植を行う計画だと説明されていた。


 結局は、ドナーもクローン心臓も間に合うことはなかった。最初に時音の存在を知ったのは、紫音が亡くなってからのことだ。




♢♢♢♢♢




「――以上で、全ての契約は解除となります。製造途中のクローン心臓に関しては、医学の発展のため、こちらで引き続き研究を行います。ご協力の程、感謝致します」



 とある山奥にある研究施設の一室。目の前の男は、私に深々と頭を下げている。


 ……もう、全てどうでもいい。間に合わなかったものに価値はない。


 この男に話すことも何も無かった。

 そのまま部屋を出ようとすると、目の前の男は私を見据え、静かに語りかけてきた。



「ここから先は、君と僕の個人的なお話をさせてください」


「君に一つ、お願いがあるのです」



 その男の名は、八乙女薫という。私の古い友人で……まだ一般化されていないクローン技術を利用した治療法を、私に提案してきた人物であった。


 八乙女に連れられ、施設の奥へとたどり着くと――

 そこで目にしたのは、思いもよらない光景だった。



「…………どういうことだ」


「この子は間に合わなかった心臓、いえ、それにすらなれなかった欠陥品です。……紫音によく似ているでしょう?」



 目の前のガラス張りの部屋の中に、ある子供の姿が見える。

 病室のような場所で様々な計器に繋がれベッドに横たわる、虚ろな目をした子供のその痛々しい姿は……死の淵にいた頃の紫音と、重なって見えた。



「他の個体は、僕の元での保護が可能です。しかしこの子は決して使い物にならず、ここでの保護は難しい。このまま、ただ死を待つしかありません。君にこの子を、預けたいのです」


「何故だ、どうしてこんなことを……!」


「…………すみません、君を騙すつもりはなかった。臓器を確実に作り上げるには、どうしても人の器ごと用意する必要があったのです。我々は僅かな望みにかけるため、全力を尽くした。……その結果、生まれてしまったのがこの子です」



 私は八乙女に掴みかかったが、手は震えて力など入らなかった。八乙女は目を伏せたまま、言葉を続ける。



「正直に言うと、この子の姿を見るのは僕も心が痛い。……救われぬ運命なら。せめて最期は君の元で穏やかに過ごして欲しいと、そう思いました」


「無理だ、こんなもの、私には…………何故だ、何故、黙っていてくれなかった、こんな残酷なこと……!」


「……本当にすみません。この子の処遇に関しては、まだ少し猶予があります。少し落ち着いたら、返事を下さい。…………いくら悩んだところで。きっと君は、断れないのでしょうけど」



 八乙女はそう言い残すと、その場を立ち去った。

 私には彼が何を考えているのか、全く理解できなかった。

 ただ、彼の方は私を理解していたようだ。


 私は紫音のことを見捨てることはできない、と。



♢♢♢♢♢



「あなたは、わたしのおとうさまなの?」


「ああ、そうだ」


「わたしは、ときねっていうの?」


「……ああ、そうだよ。時音」



 ……保護した子供は、時音と名付けた。昔、紫音と、もし子供が生まれたらどうしようかと、色々と候補を考えた際に書き記していた名前の一つだ。


 紫音はもういない。残されたのは、私と……行き場のない幼い子供の、時音。


 私はこの子を守り、育てていくと誓った。


 時音は心臓の病を抱えながらも、私の元に来てからは大きく体調を崩すこともなく、すくすくと育ってくれた。


 幼い頃の時音は人に慣れておらず、本当の親子のようになるまでには少し時間がかかったが……時音と過ごした日々は、とても幸福で、かけがえのないもので……いつの間にか、紫音を失った孤独と絶望は、時音の存在によって薄れていた。私はこの幸せな毎日が、いつまでも続くことを願った。


 だから、私はある予防線を貼ることにした。またあの悲劇を繰り返さないために。



「八乙女、君の元には、紫音の他の個体がいると言ったな」


「はい、一人だけ。他は、全てうまくいきませんでしたから。その子は今も、元気にしていますよ」


「……再契約を、しておきたいんだ」


「………………何故?」


「もう、紫音を……いや、時音を失うのには耐えられない。心臓が弱っているのなら、丈夫なものと取り替えればいい。予備があるのなら、それを時音に渡したい」


「………………」


「今度は、確実に間に合うんだ。……頼む。時音を助けてくれ」


「…………少し、考えさせてください」




 その後しばらくして、現存する紫音のクローンを、時音の万が一に備えて確保しておく仮契約を結ぶことが決まった。

 手術は普通の患者のように、ある一定の条件を満たさない限りは行わない。けれどもし、その時が来たら。……時音はそのクローンから心臓を手に入れる。


 他の個体のことなど、気にしている余裕はなかった。

 時音さえ生きていればそれで構わないと、私は焦っていたのだ。


 時音の状態は、年を重ねるごとに悪くなっていった。

 ある時発作で倒れ、学校に通うことも難しくなり……ついには、心臓の移植が必要と診断されるまでに至った。


 けれど、私は絶望してはいなかった。時音にはまだ希望が残されている。そのように、手配していたのだから。


 今度こそ、大切な者を救うことができる。これが最善の選択なのだと、私は信じて疑わなかった。

 ……あの時までは。



 あの時……契約を正式に結ぶため、八乙女と再び顔を合わせた今年の春に。私は……いや、時音は見つけてしまったんだ。…………あのクローンのことを。




♢♢♢♢♢




「広瀬、隠れんぼでもしましょうか」


「嫌ですよ。病院でふざけないでください」


「だってお父様、全然戻ってこないんだもの。私飽きちゃった」



 今年の春の……その時のことは記憶している。時音様が旦那様に連れられ、総合病院で検査を受けに行った日のことだ。


 時音様の検査はすぐに終わったものの、旦那様はある医師と別室で話し込んでいて、なかなか戻ってくる気配がなかった。


 時音様はその日はやけに調子が良くて、いつになく変なことを言う日だった。



「ねえ広瀬。やっぱり、鬼ごっこにしましょう。走るつもりはないわよ?私は向こうの方へゆっくり逃げるから。広瀬はあっちの角を曲がって一周してから私の方に来て」


「何故そんなことを……」


「いいから、お願い」



 そう言うと、時音様は物陰へと歩いて行ってしまった。

 私が時音様の指示通り行動すると……人影が逃げるように時音様のいる方へと駆けていくのが見えた。



「つかまえた。あなた、どうして隠れて私のことを見ていたの?」



 時音様と合流すると、時音様の腕の中には、怯えた様子の一人の少女が捕えられていた。



「なんだか、私にそっくりな気がする。ね、広瀬もそう思うでしょ?」


「確かに、似ているような気はしますが……」


「もしかして私たち、生き別れの姉妹だったりして。私、妹がいたらいいなってずっと思ってたの。…………ねえ、あなたのお名前は?」


「わ、私は……」


「時音、勝手にいなくなるのはやめなさい」


「お父様」



 用事を終えたらしき旦那様が、時音様の元へと向かってくる。旦那様は、時音様ともう一人の少女の姿を見て……その場に立ちすくんだ。



「ねえ、見て。この子、私に似ていると思わない?」



 それが、私達と雨音様の出会いだった。

 ――その時からきっと。旦那様と時音様の、何もかもが狂い始めたのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマや感想、評価等お待ちしております!

すだこんぶの作品一覧
小説家になろう 勝手にランキング
cont_access.php?citi_cont_id=646544098&s ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ