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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
16/132

12 対立



「あなたがまた、お見舞いに来てくれるなんて思わなかった」



 その少女は病室の窓辺のベッドに横たわり、外を眺めていた。



「……すみません、時音さん」


「いいのよ。一人でいるよりも、気が晴れる」



 時音さんは、きっと俺のことが嫌いだと思う。俺はいつも、時音さんを傷つけてしまう方法ばかりを選んでしまっている。



「広瀬から聞きました。これからお父様に会いにいくのでしょう?」


「……はい。その前に、時音さんの話を聞こうと思って」


「私のお話なんて、聞いても面白くないわよ?」



 ――確信が、欲しかった。

 雨音を救うためのヒントを、俺はもう掴んでいる。けれど、まだ足りない。推測を確信へと変える何かが必要だった。

 …………残りのピースは、きっとあなたが持っている。あなたの記憶の中に、本当の真実がある。



 張り詰めた空気が、病室の中を漂う。それはきっと、俺が緊張しているから。恐れているから。時音さんも、何となくその空気を感じ取っているようだった。

 それから時音さんは俺の目をじっと見つめると……ふわりと優しく笑った。



「でも、そうね。これがあなたに必要なことなら、喜んで」



「少しだけ、思い出話をしてあげましょう」



♢♢♢♢♢



「――こんな、たわいもないお話で良かったかしら」


「…………はい、ありがとうございます」



 時音さんが話してくれたのは、彼女が小さい頃の話だった。

 何でもない日常の、何でもない些細な幸せの記憶。父と、彼女と、それから屋敷の人々との、出会いと何気ない日々の物語。そんな温かな話を、彼女はとても楽しそうに教えてくれた。



 ……それで、充分だった。

 その話を聞いて、俺は自分がどんなに酷い人間であるかを思い知った。俺は彼女の全てを壊して、その命を奪ってまでも雨音を助けたいと、そう思ってしまったんだ。

 雨音を救う方法は存在する。けれどそのためには。あなたに残酷な真実を突きつけなければならない。あなたを犠牲にしなければならない。


 俺はあなたを、救うことができない。



 ……心が痛い。どうしようもなく、苦しい。

 それでも俺は。雨音のことを、救いたいんだ。



 時音さんは両手で俺の手のひらを包み込むと、ゆっくりと、優しく語りかけた。



「私には難しいことも、あなたが何を考えているかも分からない。けれど、どんなことがあっても。私に悪いなんて思わないで。あなたは雨音のことだけを考えていればいい」


「………………はい」


「雨音のこと、お願いね」


「……はい」



 いっそのこと俺を酷い人だと責めてくれたら、少しは救われるのに。やっぱり俺は、あなたに嫌われている。


 そんなことを考えてしまう、どうしようもない俺にほほえむあなたは。強くて、優しくて、妹想いの…………どうしようもなく完璧な人間だ。




♢♢♢♢♢




「旦那様は、とても忙しい方です。用件は手短に。それから、失礼のないように」


「……ありがとうございます、広瀬さん」



 広瀬さんに協力してもらって、時音さんの父親であり……クローンの製造を依頼した契約者でもある、花園嶺に会う機会を貰った。広瀬さんが、俺から前もって聞いていた「八乙女薫」の名前を出したことで、なんとか交渉になったみたいだった。


 雨音には、俺と入れ替わる形で時音さんのお見舞いに行ってもらっている。


 まだ、雨音には知って欲しくないことがあった。それに、花園嶺から真実を聞き出す中で、雨音を傷つけてしまう可能性もあった。だから雨音は、ここから出来るだけ遠ざけておくことにした。



 屋敷の客間には俺と広瀬さんだけがいて、二人で主人の到着を待っている。

 ……この人は、何か気づいているのだろうか。花園嶺に会う前に、それだけは確認しておかないと。



「――――広瀬さんは、時音さんの子供の頃を知っていますか?」


「……私がこの屋敷に来たのは、3年前のことです。昔のことは、知りません」


「そう……ですよね」


「それが、どうかしたのですか」



 広瀬さんは何も知らない。時音さんの話の通り、みたいだ。



「………広瀬さんだけじゃない、他の使用人の人たちもみんな後から来た。だから、本当のことはあの人しか知らない。……そもそも最初から、違ったのかもしれない」


「一体どういう――」


「来客とは、その少年のことか」



 扉が開いて、一人の男が入ってくる。

 眉間に皺を寄せたその男……花園嶺は、俺を鋭く睨みつけた。




♢♢♢♢♢




「お前が雨音のことに関して動き回っているのは知っている。時音の手術を妨害するのが目的のようだな」


「いいえ。俺は、真実が知りたいだけです」



 客間のソファーに座り、向かい合うようにして花園嶺と顔を合わせる。広瀬さんは俺の近くの壁際に立って、その様子を静かに眺めている。

 ……空気は重く、古い時計の針の音が静かに響き渡っていた。



 それからしばらくした後に。先に口を開いたのは、花園嶺の方だった。



「くだらない。お前に話す事など何も――」




「雨音は、誰のクローンですか?」




 花園嶺の表情を見る。特に変わった様子は見られない。




「……それは、もうとっくに知っているのだろう。雨音は、時音の複製だ。そんなことのために」


「誤魔化さないでください。それでは、辻褄が合わない」



 俺は、あの時の"学校"での八乙女薫の言葉を思い起こした。彼は淡々と、隠す素振りもなくただ事実を口にしていた。それが重要とも思わせないほど、簡単に、淡々と。



「クローンの生育には()()()()()()。それこそ、人の子を育てるのと同じくらいの時間が」


「……あなたがどのタイミングで時音さんのクローン製造を依頼したのかは知りませんけど。雨音が時音さんを元にしたクローンだった場合、どうしても本体との時差が生じるはずなんです。親子や、年の離れた姉妹のように」


「今の技術では双子のような、本体と全く同じ年代のクローンを用意することは不可能だ」



 それが意味することは、つまり。



「…………雨音は……時音さんは。一体誰の複製なんですか?」



「ちょっと、待ってください」



 背後から聞こえた声が、俺の言葉を遮った。

 広瀬さんあなたも。この真実と向き合う必要がある。



「君は、何が言いたいのですか。それではまるで」



「時音さんは、雨音と同じクローンです。……そうとしか、考えられない」



 ……これが、施設で得たクローンの情報と、時音さんの話から導き出した結論だった。


 時音さんは子供の頃、病院のような場所で孤独に過ごしていた。そしてその後、花園嶺という父と、初めて()()()()のだ。あまりにも不自然な自身の幼少期と、親子の記憶。時音さんはそれが不自然だということにすら、気がついていなかった。


 時音さんはおそらく、あの施設で雨音と同時期に作られた誰かのクローンだ。雨音が良好な状態で残った個体なら……時音さんは心臓の機能不良を起こした、使い物にならない個体だ。それがどういう訳か、花園嶺の本当の娘として育てられている。


 ……本来なら、雨音と同じになるはずだったのに。



「広瀬さん。あなたは心のどこかで、雨音は犠牲になっても仕方ないと思っていたでしょう? 雨音は時音さんのクローンで、そのために生まれてきた存在なのだから」


「違う、私は」


「でも、そうじゃなかったら? 時音さんが本体で、雨音がクローン。その前提がそもそもの間違いなら。雨音が時音さんのために犠牲になる理由なんて、最初からどこにもなかった。……間違ってたんだよ、何もかも」



 そうだ。どうして雨音だけが、こんなに苦しまなければならない。どうして雨音が人ではない存在などと、言われなければならなかったんだ。本当は、同じなのに。違いなんて、何もないのに。何もかも、全部、狂っている、間違っている!



「クローンだとか、人間だとか、そんなのはどうでもいい。身勝手なエゴで、犠牲になる命や救われる命が選ばれていいはずがないんだ。命を操る権利なんて、誰にもない!」


「では、君は何をしているのでしょうね? 自分の矛盾に、気がついていないのですか?」



 広瀬さんの冷たい声が、突き刺さる。



「雨音様を救いたいのでしょう? 誰を犠牲にしてでも。君も、随分と身勝手だ」



 ……そんなこと、分かってる。気がついてる。



「私は時音様に生きて欲しい、それだけなんですよ」



 ああ、知っている。あなたは俺と同じ立場だ。お互いにその苦しさも、苛立ちも、理解している。

 ……だからこそ俺たちは、決して分かり合えない。



「いい加減によさないか。お前達が揉めたところで何の意味もない」



 花園嶺は、深くため息をついてそう呟いた。

 その他人事のような態度に、益々苛立ちが募る。



「……そもそもはあなたが」


「ああ、認めよう。全てが、間違いであったことを」


 

 彼は取り繕うことをやめたのか、まるで懺悔をするかのようにゆっくりと言葉を紡いでいく。



「時音も、雨音も。私が製造を依頼した。どちらも、私の亡くなった妻、花園紫音(はなぞのしおん)のクローンだ」


「これは私の招いた結果であり、過ちだ。いつの間にか、全てが狂ってしまった」


「…………少しだけ、時間をくれないか」



 そう言って、花園嶺はソファーに深く座り込んだ。

 部屋には、重く冷たい沈黙がゆっくりと流れている。



 それから、花園嶺は。

 自身の過去とその過ちを、静かに語り始めた。


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