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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
15/132

11 楽園の景色



 明るい光に包まれた、その場所では。

 子供たちが無邪気に遊ぶ声が聞こえていた。


 俺は八乙女薫に連れられて、施設の廊下を進んでいく。廊下に並んだ窓からちらりと部屋の中を覗くと、沢山並べられた机と椅子、それに黒板が置かれた見慣れた光景が見えた。



「……普通の、学校みたいなんですね」


「ここでは、外の子供たちと同じように教育を行っています。まずは、心身共に健康に育って貰わなくてはいけませんからね」



 八乙女によると、子供たちは普段はここで勉強をして、それ以外の時間は別の建物で過ごしているらしい。今日はここにいる子供たちにとっても休日のようで、学校の中には自分たち以外に人の気配はない。

 別の窓からは、校庭のようなつくりをした広い中庭が見える。そこでは小学生くらいの年の子供たちが、駆け回って楽しそうに遊んでいた。やはりどこにでもいる、普通の子供たちのようにしか見えない。



「この子たちは、教育や発達の研究にも役立つのですよ」


「役立つって…………」


「さあ、次に行きましょう」



 そう言って、八乙女は足を止めることなく施設の奥へと進んでいく。しばらくすると、ある扉の前にたどり着いた。八乙女は慣れた手つきで扉の横の機械にIDカードをかざし、セキュリティを解除する。その扉から先には、今までとはがらりと雰囲気の違う空間が広がっていた。



「ここにいるクローンたちは、主に要人や資産家からの依頼で製造されます」



 白い壁に、白い床。無機質で冷たい通路が、どこまでも長く続いているように感じる。もう、子供たちの声も聞こえない。二人分の足音だけが、ただ静かに響いている。



「用途は様々ですが、現在最も多いのが医療目的です。雨音も医療用クローンにカテゴライズされています」



 ある部屋の前にたどり着く。部屋はガラス張りになっていて、外側からも中の様子がよく分かる。この部屋は例えるなら、病院、だと思う。何人かの少年少女が、医師のような人物のもとで健康診断を受けているように見える。

 …………彼らも、雨音と同じということは。誰かに臓器を提供するために生まれてきたのだろうか。



「クローンの製造はまだコストが高い。一般的な治療に使われるまでには、時間を要するでしょう」


「……こんなことを、これから先も続けるんですか?」


「ええ、もちろん。クローンたちには、まだまだ改善の余地がある。現時点では発生段階でのトラブルや、臓器の機能不良が多いんです。使い物にならない個体も多く、無駄なコストがかかってしまう」



 無駄なコスト、か。使い物にならない個体はどうなるのだろう。…………あまり考えたくはない。


 この異質な空間にいると、なんだか息苦しく感じる。自分の意思に反して、思考がどんどん嫌な方向へと引きずられていく。そんな俺の様子なんてお構い無しに、八乙女は淡々と話し続けた。



「一応、客商売ですからね。しかも、契約には莫大な金額と権力が動いています。失敗は許されない。それ故に、万が一に備えて、クローンは通常複数体用意されます。状態の良い個体は、契約者様へ。残りは我々の研究のため、献上していただいています。そしてそれが、さらなる品質の向上へと結びついている」



「それって、どういうことですか。雨音も複数いたということですか?」


「はい、過去には。しかし、他は全てうまくいきませんでしたから。最終的に良好な状態で残ったのは、君の知っているあの個体だけです」



 そう言って、八乙女は優しく笑った。



「なかなか課題が多くて、大変なんです。後は、そうですね。育成に時間がかかるのも問題の一つです。現時点では、人の子を育てるのと同様に時間がかかりますから。もっと効率よく、臓器だけを製造できれば良いのですけれどね」



 俺たちは部屋の前を離れて、また別の場所へと向かった。次は、頑丈な金属の扉を開けた中へと入っていく。



「我々の研究チームで、実際に試してはみたんです。未分化細胞を利用し、臓器のみを形成する。理論上は可能でしたので、一応、形にはなりました」



 部屋の中には、沢山の棚がある。八乙女はその棚の一つから、大きな瓶を取り出した。瓶の中に浮かんでいるのは、ホルマリン漬けにされた………心臓?



「しかし、そうして出来上がったのはただの肉塊。心臓の形をした何か。鼓動を刻むような代物をつくることは不可能でした。もちろん、皮膚などの単純なパーツなら単体での製造は可能です。しかし、複雑な臓器となると、どうしても人の器がいる。……だから生まれたんです。このクローンたちは」



 近くの棚に保管されていたのは、全て同じような臓器標本だった。どれも不完全で、歪な肉片ばかりが並んでいた。それが、ある列からは欠損のない綺麗なものへと変化している。それらの瓶にはラベルが貼られており、日付と、()()の文字が書かれていた。…………ここからだ。この時から、人の器が、クローンがつくられたんだ。



「……こんなこと、許されるはずがない」


「いいえ、許されています。医学の発展のためには、このクローンたちは必要不可欠だ」



 八乙女は瓶を元の位置に戻すと、また部屋の奥へと進んでいく。

 今度は、沢山のファイルが並んだ場所に辿り着いた。



「これは、クローンたちの実験の記録です。移植だけではない、新薬の開発、臨床実験、生体実験、ありとあらゆる面でクローンたちは成果をあげています。私たちは既に、その恩恵を受けている。ついこの前発表された新薬、あれだってそうです。数多のクローンたちの犠牲によって生まれた」


「…………その薬の成果は、君も知っていますよね。随分と話題になりましたから。あの薬で、世界中で苦しむ何億という人の命が救われることになりました」



 ああ、知っている。一時期、ニュースで散々話題になっていた。その新薬は、致死率の高かった感染症の唯一の特効薬として、世界中の人を救ったんだ。



「……それでも、そうだとしても。あなたたちのやっていることは、人殺しだ」


「人ではありませんよ」



 八乙女は冷たく言い放つ。



「人殺しは、犯罪ですから。あれは、人ではありません」


「実験用のラットと同じようなものです。最初からそのために生まれてきた。人ではない動物、それがクローンです」



 ――その言葉に、俺はどうしようもない怒りが込み上げる。手が、震えている。落ち着け、冷静になれ。



「ええ、分かっていますとも。結局は、倫理的な問題になってしまうのです。だから我々は焦っている」



 八乙女は俺から目を逸らすこともなく、淡々と、感情のない声で話し続ける。



「もっと成果をあげなくては。人々の生活が、クローンたちの犠牲によって成り立つ。その状態を、世界のスタンダードにするんです。そうすれば、人類はもう戻れない」


「ラットが実験で殺されるように、牛や豚や鳥が肉に加工されるように」


「クローンも人類のシステムの一部へと、成り果てるのです」


「……そうすれば、楽になるでしょう?」



 言葉が出なかった。お前は、本気でそう思っているのか……?

 …………だとしたら、狂っている。こんな場所も、それが許されている現実も、お前も、何もかもが、狂っている。



「少し、ショックが大きすぎましたね。そろそろ戻りましょう」



 八乙女はそう言うと、俺に背を向けて歩き出した。



「…………けれど最後に、君に見せたい場所がある」




♢♢♢♢♢




「……ここは?」


「霊園、と言えばいいのでしょうか。クローンたちの魂が安らかに眠る場所です」



 施設を出たすぐ近くに、その場所は存在した。色とりどりの花々が植えられ、所々に慰霊碑のようなものが建っている。

 そこに流れる空気は、とても穏やかで。怖いだとか、悲しいだとか、そんな感情は浮かんでは来なかった。ただ鮮やかで美しい風景が、目の前に広がっている。



「……雨音が、楽園のような景色を見たことがあるって言っていました。きっと、ここのことなんですね」


「そうですね。ここは、とても美しい場所ですから」


「…………雨音はこの景色を見たこと、それが自分の罪だって。だから自分は一人になってしまったと、俺に教えてくれました」


「雨音に罪はありません」



 八乙女は、はっきりとそう言った。先程までとは、何故か少し雰囲気が違う気がする。



「雨音が一人になったのも、雨音が外へ逃げたこととは何も関係がありません。最初から、そうなる予定でした。ただ、他とは違い、経過観察が必要にはなりましたが」


「経過観察……?」


「雨音は一度逃げたことにより、心理的な観察実験の対象となりました。クローンが逃げ出したのは、過去にない異例の事態でしたから。心理的な調査を行うだけでも、貴重なデータとなるのです」



 ……この場所へ来ることは、逃げたことになるのか。クローンたちは、あの施設から外へ出ることを禁止されているようだ。だから、この場所は。死後に魂が辿り着く、()()と言われるのかもしれない。



「雨音が例外的に人と混じって生活を行っているのも、その延長です。お偉い様方はどうやら、クローンに人と同じような心があるのかどうかが知りたいようだ」


「……そんなの、同じに決まってる。どうしてそんなことが分からないんだ」


「そんな簡単なことすらも分からない人間がいるから、我々は記録に記すのです。雨音が何を思ったのか、雨音は最期になにを願うのかを」


「…………雨音は死なせない、俺が、なんとかしてみせる」


「せいぜい、足掻いてください。クローンと接触した人間もまた、観察対象です。君の行動も記録となって、人類の礎の一部となる。いつかは、世界を変えられる力になるかもしれない」


「……いつかじゃ、遅いですよ。それに俺は、好きになった人を守りたい、それだけなんです」


「…………君は面白い人ですね」



 八乙女は小さくひとつ手をたたくと、明るい声でにこやかに話し始めた。



「さて、見学ツアーはここでおしまいです。青葉さん、何か掴めましたか?」


「………………はい、一つだけ」



 一つだけ、気がついた綻びがある。まだ、確信までとはいかないけれど。彼女も知らない真実の一部が、見えた気がした。



「八乙女さん、雨音は――――」


「その答えは、私の口からはお答え出来ません。契約違反になってしまいますから」



 質問を遮られる。どうやらヒントはここまでのようだ。



「…………詳しくは、契約者様へどうぞ」



 まだ、俺にはやれることがある。希望の光は残されている。

 次は君のために、何ができるだろう。



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