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花は君のために  作者: 須田昆武
Season2~ラブコメ編
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卒業/その4


「雨音さん、僕はあなたに恋をしていました。これからもずっと、貴方のことが大好きです」



 目の前の圭くんは、微笑みながら私にそう言った。潤んだ瞳はそのまま大粒の涙を流し、消え入るような、縋るような声で続きの言葉を絞り出した。



「だからあいつと一緒になっても、僕のこと忘れないで」



 声を押し殺して静かにぽろぽろと泣く圭くんの姿に、胸がぎゅっと締めつけられる。力なく放り出された圭くんの手を私は両手で包んだ。



「圭くん、泣かないで。ありがとう、忘れないよ。私は圭くんの1番のファンだもの。これからもずっと応援してる」



 圭くんは頷いて、私の手を優しく握り返す。その様子を見て、近くでじっと静かに待っていた笑夢ちゃんが突然大声をあげた。



「ちょっと、お兄ちゃん!邪魔!終わったならさっさと退けなさい!笑夢のプロポーズがつっかえてるでしょうが!」


 

 笑夢ちゃんが圭くんを無理やり引き剥がそうとすると、圭くんは負けじと私の手をぎゅっと強く握って笑夢ちゃんに対抗した。



「嫌だ……!雨音さんはお前にやるもんか!」


「雨音お姉ちゃん!私とお兄ちゃん、どっちを選ぶの!!当然、笑夢よね!?」



 笑夢ちゃんにぐいぐいと詰め寄られ、その勢いに圧倒される。けれど、私の気持ちはもうずっと前に決まっていて、返せる言葉はこれしかない。



「……ごめんね。私はどちらも選べないよ。私には誰よりも特別で、大切な人がいるから」



 笑夢ちゃんは一瞬体をこわばらせると、ふらふらとよろめいて何歩か後ろに下がった。笑夢ちゃんが倒れないようにと慌てて手を伸ばしたけれど、その手は優しく押し戻される。



「…………大丈夫、一人でも立てます。笑夢は泣きません、笑夢は強い女ですから。……いつか笑夢を振ったことを後悔するくらい、素敵で、魅力的で、立派な大人になりますから。雨音お姉ちゃん、その時までしばしのお別れです」



 声を震わせて、涙をこらえながらも浮かべた笑夢ちゃんの笑顔は、きらきらと輝いていて美しかった。



「ほら、お兄ちゃん!雨音お姉ちゃんに道を空けるわよ!!」


 

 二人は桜の花びらで絨毯のようになった道の両脇に立って、私を見送ってくれた。道の途中で一度振り返ると、圭くんと笑夢ちゃんは手を振って大きな声で叫ぶ。



「雨音さん、どうかお元気で!」


「雨音お姉ちゃん!笑夢たちと仲良くしてくれて、ありがとう!」



 私も、二人へのせいいっぱいの感謝の気持ちを込めて、ありがとうと大きく手を振った。




♢♢♢♢♢




「ごめんね、遅くなっちゃった」



 卒業式の後、屋上で小一時間くらい待っているとようやく雨音がやってきた。遅い……と怒りたいところではあるが、まあこれくらいはかかるだろうと予測はしていた。

 というか、雨音がここに来るまでの道のりはこの場所から観察できたので、その様子を見ていたら時間が過ぎるのはあっという間だった。



「……上から全部見てたけど、雨音、ありとあらゆる人に呼び止められてたな」


「私、みんなにすごく愛されていたみたい」



 そりゃそうだ。だいぶ前からそう。今更自覚したのか。少々呆れたが、雨音らしいといえば雨音らしい。



「……やきもち焼いた?」


「まあ、少しは」



 正直、雨音が色々な奴らから告白されているのを見るのは気分の良いものではない。ひやひやするし、気安く雨音に触るなと思うし、やっぱり未だに不安にもなるし。

 雨音が俺のところに来ると分かってはいても、どうも落ち着かなかった。


 雨音は申し訳なさそうな、けれども少し照れくさそうな表情を浮かべて俺の隣に並んだ。


 フェンス越しに澄んだ空と、いつもと変わらない街並みと、そこに彩りを添える桜の木々が見える。なんてことないとある春の日の、特筆することもないただの風景。

 けど、俺たちにとってここから見える景色は、いつも変わらず特別だった。

 


「ここに来られるのも、もう最後だね」


「…………」



 雨音の言葉に、返す言葉が思い浮かばない。昔は雨音と屋上で会う以外に関わる方法なんてなくて、失恋したらもう二度とここには立ち入らないと、そう思っていた。

 それがめでたく卒業の日にまで、二人でこうしてここで会う仲になっているとは、人生どう転ぶか分からないものである。


 そう、人生想定通りとはいかない場合もあるのだ。それを良くも悪くも思い出して、少しばかり具合が悪くなる。



「七色、どうしたの?もしかして緊張してる?」


「え、いや、そういう訳じゃないけど!」



 雨音はちゃんと鋭いから、俺の様子がおかしいことを察しているみたいだ。どうしよう……と考えていられる時間はもう残されていない。散々シミュレーションしたつもりだったけど、いざ雨音を前にするとボロが出る。……取り繕うのが、難しくなる。



「…………雨音に、何て伝えたらいいか悩んでた。俺の気持ちはもう決まってるけど、雨音はどう考えてるか分からないし、急に、自信がなくなったというか……ごめん、まだうまくまとまらない」



 思えば、最近は忙しくしすぎて雨音とちゃんとコミュニケーションを取れていなかった。俺だけ気持ちが空回りしてるとか、そういう事態になっている恐れもあって、この先をどう進めていいかが分からない。

 雨音には伝えなきゃいけないことがあるのに。俺はいつも肝心な時に、その勇気があと一歩足りない。



「じゃあ先に、私から言うね」



 雨音は、俺の正面に立ってまっすぐに俺を見つめる。きらきらと輝くその瞳に、引き込まれるような感覚がした。



「私はこれからも、七色と一緒だよ」



「会えない間、何度も考えたの。七色には、長い人生を共に歩んでくれるもっとふさわしい人がいるんじゃないか、とか。私って七色を悩ませたり、困らせてばかりで、本当は七色のそばにいる資格なんてないんじゃないか、とか。苦しいことが起こる前に、楽しい思い出でいっぱいなうちに、七色の元を離れたほうが辛くないんじゃないか……とか」


「一人で考えれば考えるほど不安でいっぱいになって、暗くなるようなことばかり頭に浮かんでた」




「でもね、七色に会うとそんな不安なんて全部忘れてしまうの。七色のことが大好きって気持ちで溢れて、私の幸せはあなたと共にあるって、とても単純なことを思い出せる」


「あなたのことが大好きで、大切なの。私にたくさんの幸せをくれる七色を、私も幸せにしたい。他の誰にもこの役割は譲りたくない。渡さない」



 雨音は俺に抱きついて、それから少し背伸びをして肩に顔をうずめた。耳元に、雨音の小さく震えた声が聞こえてくる。



「私、これからも七色とずっと一緒だよ。この先にどんな困難があっても、あなたと共にいることを決して諦めない」


「……七色も、同じ気持ちだったらうれしいな」



 俺は雨音の身体をぎゅっと抱き締め返した。雨音の言葉に、涙が出そうになるのを必死にこらえる。


 俺たちは理解している。これから待ち受ける運命も、苦しみも。この先は、きっと幸せなことばかりではないだろう。だからこそ、俺の心はとっくに決まっていた。

 


「俺も同じ気持ちだよ。俺も、雨音との未来を絶対に諦めない」


「……言いたいこと全部先に言われちゃった気がするけど、改めて言わせて」



 雨音と向き合って、息を整える。少しの緊張と慣れない動作にもたつきながらも、跪いて、用意した指輪

を差し出した。

 ロマンチックとは程遠い、拙いプロポーズかもしれない。けど、これが俺の精一杯だ。雨音に伝えたいことは、この言葉に全て詰まっている。



「雨音のことを、愛しています。俺と結婚してください」


「…………」



 その後はしばらく沈黙が続いた。

 予想外に、ぽかんとして固まったまま動かなくなった雨音に、俺は焦って説明を付け足す。



「えと、現実的にはもう少し先の話になると思うし、それこそ、ちゃんとした見通しはまだ立ってないんだけど……俺も雨音とずっと一緒にいたいと思ってる。雨音のこと、必ず幸せにする。だから、どうか受け取ってください」



 雨音はようやく事態を把握したのか、頬を染め、目を潤ませて泣きそうな表情を見せた。



「…………本当に、私でいいの?」


「雨音がいいんだ。他に代わりなんていない」



 雨音はゆっくりと左手を俺の前に差し出した。

 その薬指に、俺は指輪をはめる。


 雨音は左手を空にかざして、きらきらと輝く銀の指輪をぼんやりと不思議そうに見つめた。



「私、プロポーズって初めてでまだよく分からなくて……私ってもう、青葉雨音……?」


「今すぐにではないけど、そのうちには……あ、苗字は別に、どっちのでもいいし」


「じゃあ、花園七色? ふふっ、ちょっと変な感じ」


「別に普通だろ、たぶん」



 雨音はくすくす笑って俺に甘えるようにもたれかかった。俺はひとまずプロポーズが成功したことにほっと胸を撫で下ろし、遅れてやってきた多幸感に包まれながら、ふわふわと浮ついた気持ちで雨音と手を繋ぐ。



「結婚って……どうしようねぇ、何から考えていいかわからない。幸せすぎて、頭が回らないや」


「一先ず、雨音の家族に挨拶と、今後の計画を立てるのと……やばい、考えることが多すぎる」


「一緒に考えていこう。私たち二人のことだから、これから二人でいっぱい考えよう」


「それもそうだな」


「…………」



 雨音はにこにこ笑いながらじっと俺を見つめて、静かに目を閉じた。

 俺は雨音の頬に手を添えて、その唇にそっとキスをする。

 


「えへへ、どうしてちゅーしたいってわかったの?」


「……なんとなく」



 気恥ずかしさを誤魔化しながら、俺は雨音の手を取って歩き出した。

 雨音は俺に寄り添って、にこにこと幸せそうに笑っている。


 俺たちはこうして、短くも長い高校生活を平穏に終え、この屋上からふたり笑顔で立ち去った。



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