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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
13/132

番外編 それぞれの出会い

6話と8話に出てきた奴らの話。



 空は青くて、風は心地よい。だからこそ俺は。

 こんな素晴らしい日に、死にたいと思ったんだ。



『Another side 相沢昴の場合』




♢♢♢♢♢




「……誰かいるの?」



 学校の屋上を囲むフェンスに足をかけて、地面を見下ろす。

 あともう少しの勇気で楽になれる、そんな時。

 背後から声をかけられた。聞いたことのない、知らない人の声。誰だろう。誰でもいいか。



「そんな場所登ったら、危ないよ!」


「…………放っておいて下さい」


「待って!」



 体を捕まれて、フェンスから引き剥がされそうになる。



「降りて、危ないよ。落ちたら死んじゃう」


「俺は死にたいんだ!離してくれ!」


「いや」


「邪魔をするな!」


「いやよ、絶対離さない」


「なん、なんだよ、あんたは!」



 振り向くとそこには、やっぱり見たことのない知らない人がいた。

 同じ学校の制服を着た、長い黒髪の少女。

 その目には……涙?



「…………どうして、泣いてるんだ」


「……わからない」


「でも、あなただって泣いてる」


「え……?」



 自分の頬が涙で濡れていることに気がつく。

 あれ、俺、どうして。



「死にたいなんて、言わないで。ここから落ちたら、きっと痛くて苦しいよ」


「…………今よりも?」


「うん」


「……何も、知らないくせに」


「うん。何も知らない。だから、話して」



「私は、花園雨音。あなたの名前を教えて」




♢♢♢♢♢




「……昴くん。どうして、死にたいなんて思ったの?」


「………………」



 花園雨音という少女は、とても頑固だった。

 俺の話をちゃんと聞くまで帰らないと言い、かれこれ一時間。

 このやりとりも、もう何度目か。いい加減、うんざりしているはずだ。それでも彼女は、この場から離れようとしない。


 ……こんな見ず知らずの女の子に迷惑かけて、俺、何やってるんだろ。つくづく自分が情けなくて嫌になる。早く終わりにしたい。もうしんどいんだよ、何もかも。



「………………昔から、死にたいと思って生きてきた。今に始まったことじゃない」


「それは、どうしてなの?」


「…………」


「………………親父はクズでどうしようもない奴で、母親も、ろくでもない人間だった。姉も出ていって、家族はバラバラで。学校でもいいことなんてない。俺はいつもボロボロだった。昔から今まで、ずっとそう。小さい頃から、早く死にたかった」


「………………」


「……それでも俺、なんとか生きてたんだ」



 花園雨音は静かに話を聞いている。

 励まそうとか、元気づけようとか、そんな様子はなくて。

 俺を否定することもなく、ただ隣にいて話を聞いていた。



「……くだらない、ことかもしれないけど」


「…………飼っていた犬が、死んじゃって」


「苦しい時、いつも側にいてくれたのがあいつで」


「……もう、これ以上は無理だと思った」


「………………それだけ」



 本当に、それだけのことだった。なのに全てに耐えられなくなった。そして、気がついたらここにいた。自分でもどうしてか分からないけれど、飛べば楽になれるって、そう思ったんだ。



「あなたは今きっと、さみしいのね」


「さみしい……?」


「…………違かったら、ごめんね。私、あなたのこと完全にはわかってあげられない。犬も飼ったことないし、あなたの家族のこともよくわからない」



 ……それは、当然のことだと思う。君は見ず知らずの人だし、こんなつまらない話を聞いたって困るだけだ。そんなの、分かってる。分かってたのに。駄目だな。どうして俺はこんな話をしてしまったんだろう。



「でもね。少しだけ、あなたの気持ちがわかる気がする」



 彼女は立ち上がると、空に両手を広げた。



「今日はこんなに晴れていて、空は青くて、風は気持ちいい」



「……私も、死ぬ時はこんな素敵な日がいいと思う」



「でも、まだその時じゃない。あなたも、私も」



「…………ねえ、昴くん。私と友達になりましょう」



「私たち、きっと気が合うよ」



 彼女はそう言うと、笑って俺に手を差し伸べた。



「その代わり、約束。もう死のうとはしないで」


「…………ね?」



 俺がその手を取ることが出来ずにいると、彼女は無理やり俺の手を掴んで、そして半ば強制的に指切りをした。

 ……頑固で強引なそういうところ、よくないと思う。


 けれど、あの時。見ず知らずの俺を引き止めて、涙を流して、側にいてくれた君に。俺は確かに救われたんだ。




♢♢♢♢♢




 それから。俺のことを心配してか、雨音さんは俺を見かける度にあいさつとか、今日は元気?とか、色々と声をかけてくれた。


 少しずつ、仲良くなって。俺たちはお互いに悩みを相談し合える友人になった。そういえば雨音さん、最近変な視線を感じる、とか言ってたな。大丈夫かな。


 さらに時は流れてテスト期間前日。

 (本人は自覚してないみたいだけど)雨音さんは勉強が苦手なので、テスト前に一緒に勉強して過ごした。


 あっ、これ明日提出のノート。間違えて雨音さんのが手元にある。返さないと。

 雨音さんとはさっき別れたばかり。今から追いかければ、まだ間に合うだろうか。




♢♢♢♢♢




 欲しいものは、何でも手に入れてきた。

 努力しなくても、向こうからやって来るんだ。

 だから追いかける恋も、たまには悪くない。



『Another side 朝日圭の場合』




♢♢♢♢♢




 最近話題の人気読者モデル、朝日圭とはこの僕のこと。

 母はイギリス人で、いわゆるハーフってやつだ。

 スタイルもルックスも抜群で、当然女の子にはモテるし、不自由はしたことがない。


 道を歩けば、声をかけられたり、黄色い悲鳴が上がったり、写真を撮られたり。盗撮はやめて欲しいけどさ。

 ……とにかく、人生は概ね順調で絶好調。ほら、今日もまた。通学途中の道で、可憐な少女が近寄ってきた。



「おはよう、今日は早いんだね?……あれ?」



 少女は僕の顔を覗き込むと、顔を少し赤らめる。



「ごめんなさい、人違いでした……」



 そう言って、走り去って行った。何だ今の。

 ……ああ、そうか。僕に話しかけるきっかけが欲しくて変な嘘をついたんだな。じゃなけりゃ、僕みたいな金髪で目立つ人間を誰かと見間違えるはずはない。


 そういえば、あの人は見たことがある。一つ上の学年の、ちょっと話題の転校生だったような。



「年上か…………アリだな」



 そろそろ同級生の女の子たちが僕を巡っていざこざを繰り広げているのに、うんざりしていたんだ。ここらで年上の彼女をつくるのもいいかもしれない。


 そうと決まれば後は簡単。チャンスもすぐにやってきた。授業と授業の合間の休み時間、例のあの人が教師に押し付けられた資料の山を抱えて、ふらふらと歩いているのを見つけた。



「先輩、何かお手伝いしましょうか」


「えっと、あなたは今朝の……」


「僕は朝日圭って言います」


「私は――」


「花園雨音さん、ですよね」


「どうして私の名前……」


「んー、内緒です」



 ターゲットのことは朝のうちに簡単に調べておいた。この時間に資料室へ向かうのも把握していたから、今僕はここにいる。今日の先輩は日直で、さっきの科目は地理。地理の先生はいつも日直をこき使って、大して使わない資料を運ばせるんだ。



「半分持ちますから、貸してください。これ、資料室に運べばいいんですよね?」


「うん、ありがとう。じゃあそこまでお願いするね」



 そして二人は誰もいない資料室という名の密室へ。ちょろいちょろい。後は成り行きでどうとでもなる。


 僕と雨音さんは、運んだ荷物を資料室の指定された場所に片付けた。そして、その作業が終わった頃合に。僕は真剣な表情で彼女を見つめながら、爽やかに話しかけるんだ。



「先輩は今、付き合ってる人とかいるんですか?」


「?」



 雨音さんはきょとんとした顔でこちらを見つめ返す。あなたに彼氏がいないのは調査済みだけれど。一応、必要な流れなんで。



「いないよ?」


「そうですか、よかった」



 そう言葉を返しながら、僕は雨音さんに近づいた。雨音さんが逃げられないように壁に手をついて、行く手を阻む。いわゆる壁ドンってやつ?女子に人気の憧れのシチュエーションらしい。後は一言。



「僕、先輩のこと狙っちゃおうかな」



 耳元で囁く。これくらいで、充分だろう。大概の女子はこんな感じのくだらない茶番でコロッと落ちる。雨音さん、あなたもそうでしょう?さて、あなたはどんな可愛い表情を見せてくれるのか……



「……………………ばん!」


「え?」


「ふっ、油断したな」



 目の前には不敵な笑みを浮かべた少女。手を銃に見立てて、僕の心臓を撃ち抜く動作をした。



「狙われているのは、分かっていたさ。これも作戦のうち。悪く思うな。これがお前の運命だ…………って、あれ、違う?」


「すみません、全然意味が分からないです」


「ええっ、昨日のドラマのテキサス警察24時なんだけど、見てない?」


「………………」


「……わー。私今日、間違えてばっかり。恥ずかしい…………」



 雨音さんはそう言って顔を赤くする。なんだそれ。その可愛い表情、間違ってはいないけど違う。僕の想定したシナリオじゃない。そんなマイナーなドラマ、間に挟むわけないだろ。意味が分からない、調子が狂う。あなたの用意した茶番劇なんて、僕くらいにしか通用しないと思いますよ。



「…………………………ぐはっ……まさか、この僕がやられるとはね。さすがテキサス警察と言ったところか」


「!」


「だが、忘れるな。この街はすでに組織の手の中にある。世界の滅亡はもう、誰にも、止められな…………い……………………」


「止めてみせるさ。この街は……テキサスはおれたちが守るんだ」


「「走れ、テキサス警察!叫べ、テキサス警察!悪を砕き、街に平和を取り戻すために!」」


「「テキサスに栄光あれ!!!!!!」」



 そして、資料室は静寂に包まれる。数秒後、雨音さんは楽しそうに鼻歌を歌い始めた。あっ、それはテキサス警察のエンディングテーマ。ダサかっこいいと僕の中で話題のやつ。



「…………なかなか通じゃないですか、先輩」


「えへへ。あなたも、演技上手ね」


「……まあ、一応僕、俳優目指してたりするんで。当然」


「素敵な夢!私、ファンになっちゃおうかな」



 雨音さんはにこにこと子供のように笑っている。お世辞じゃなくて、本心で言っているんだなとなんとなく分かる。

 ……あなたは、僕の夢をくだらないって言ったり、影で笑ったりはしない人みたいだ。僕はきっと、こんな人を探していた。



「…………いいですよ。僕、夢は絶対に叶えるんで。ファン1号として、ずっと応援してください」


「うん、応援する」



 そんなやりとりをして、熱い握手を交わす。

 おかしいな、最後はもっと女の子がときめくような展開にするはずだったのに。でも、いいか。たまにはこんな始まり方も悪くない、そんな気がするんだ。



♢♢♢♢♢




 それから。後輩という立場上、あまり雨音さんと接触する機会のない僕は、ありとあらゆる方法を駆使して雨音さんの情報を集めた。そして分かったことが数点。

 雨音さんの詳しい過去について知る人物はいないこと。雨音さんは時々、町外れの病院に行っているということ。それから、僕程ではないけど、雨音さんはモテるということ。


 ……まあ、どんなにライバルが多かろうと。僕は負けないけどね。


 最近はもっと彼女のことを知るために、雨音さんの行動観察を日課にしている。僕が直接話しかけると他の女の子が嫉妬してしまうから、バレないようにこっそりと見守るのがポイントだ。


 ……雨音さんは今日も一人で帰るのか。不審者に襲われないか心配だ。これからは帰りも見守ることにしよう。なんたって、大切な僕のファン1号だ。警護くらいはしてあげようじゃないか。




♢♢♢♢♢



「……どうやら君も、不審者のようですね」


「!?」


「すみませんね、背後から急に。私、花園家の使用人の広瀬と申します」



 雨音さんの家の近くで、僕がいつものように雨音さんを見守っていると、知らない男の人に声をかけられた。僕程ではないけど、そこそこかっこよくてスタイルも良い。花園家の使用人?それが何だ。雨音さんの警護は僕一人で充分ですけど。



「最近は雨音様のストーカーが多くて、対処するこちらも大変なんですよ。先日も、雨音様のノートを届けに来たと言う不審な男がいまして。警告はして来たのですが――」



 ……なるほど。話によると、雨音さんは不特定多数の男に追いかけ回されて困っているみたいだ。世の中、迷惑な人間が大勢いたものだな。情報提供に感謝する、使用人。

 これは早急に牽制する必要が出てきた。たとえば、そうだな。目立つところで告白するのはアリかもしれない。雨音さんが僕のものと分かれば、みんなさすがに諦めるだろう。なんたって、この僕が相手だからな。


 ……そんなことを考えていると。使用人は僕のことをじろじろと見て、感情のない笑みを浮かべた。



「――――そういえば。君はここ最近、毎日来ていますよね」



 しまった。バレていたのか。



「そろそろ警察を呼ぼうと思うのですが、いかがでしょう」


「…………出直してきます」


「もう二度と来ないでください」



 ……きっぱりと言われても、それは無理な話だ。これからも雨音さんの警護は必要だし、そのうちご両親に挨拶しに来ることにもなるだろう。第二の実家になる可能性は高い。



「……また来ます!」


「次来たら!通報しますから!」



 今日のところは退散するけど。明日も明後日も、仕事が入ってない日はなるべく雨音さんの近くにいようとそう決めた。誰であろうと、もう僕を止めることは出来ない。こうやって誰かを追いかける恋は初めてだ。


 ……今まで、沢山の女の子に好かれてきた。

 僕はそれに流されるだけで、誰かを本気で好きになったことはなかった。けれど今ははっきりと言える。僕は花園雨音のことが好きなのだと。あの人の全てが知りたい、あの人の全てが欲しい。

 こんな風に制御できない感情が僕にあったなんて、知らなかった。


 ああ、なんて素晴らしい!僕は今、本当に恋をしている!



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