表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花は君のために  作者: 須田昆武
本編
12/132

10 学校へ




「あまねっち、大丈夫?長いこと休んでたから、うちら心配してたんだよ?」


「……ごめんね。少しだけ、体調を崩していたの」



 しばらくして、雨音は学校に戻って来た。

 またいつも通りの元気な姿を見れたことに、ひとまず安心する。


 時折、迷惑野郎どもの相沢と朝日が、雨音の様子を伺うようにちらちらと教室を覗いているのが見えた。あいつらも一応、お前のこと心配してたんだぞ。別にお前が知る必要はないけどさ。


 ……雨音とは、今日はまだ何も話していない。

 一日はあっという間に過ぎて、放課後。夕暮れの教室には、俺と雨音だけが残っている。

 特に約束をしていた訳ではないけれど、俺たちはお互いに様子を伺って、誰もいなくなるこの時間をずっと待っていた。


 ちらりと雨音の方を見る。雨音はぼうっと遠くの空を眺めている。



「雨音……お前、大丈夫なの?なんか無理してるだろ」


「………………」


「そんなこと、ないよ」



 少し遅れて、元気の無い返事が帰ってきた。



「……この前はごめん。お前の話ちゃんと聞けなくて。俺、雨音のこと信じるよ。だからもう、何も隠さなくていい」


「…………」



 雨音は少し俯くと、ぽつりぽつりと話し始めた。



「……あのね、七色」


「時音にね。心臓、いらないって言われちゃった」


「……ひどいよ。どうして時音に私のこと、言ってしまったの?」


「もう少しで、時音は元気になれたのに」



 雨音は静かに怒っていた。


 時音さんには、悪いことをしたと思う。けれど、それ以外の方法が思いつかなかった。あの人なら、きっと雨音を止めてくれると思ったんだ。



「……俺は、雨音がいなくなるのは嫌だ。雨音が時音さんに生きて欲しいと思うように、俺もお前に生きて欲しかったんだ」


「時音は、そのせいで死んでしまうかもしれないのに!」


「お前が代わりに死ぬ必要は無いだろ!」



 視線と視線がぶつかる。

 雨音、どうしてお前は時音さんに、自分の役割にそんなにこだわるんだよ。俺には分からない。どうして、雨音が死ななければならない。どうして雨音は、自分が生きることを簡単に諦めてしまうんだ。雨音が時音さんのクローンだから?そんなの、おかしい。そんなの、間違ってる。



「雨音、お前は怖くないの?死ぬのは、嫌じゃないのかよ」


「……時音のためなら、嫌だと思わない。それに私、こわいって気持ち、よくわからないの。私は私じゃない誰かになるだけで、消えてなくなる訳じゃない。……だから心配しなくていいって、先生が言ってたから」


「その先生って誰?前に、雨音が話したことがある、医者のこと?」


「うん。先生はお医者さんの先生で、私が前いた学校の先生」



 ……雨音はおそらく。間違った感情と、間違った生命観を植え付けられている。その()()という場所で。



「…………雨音が前いた所って、たぶん、学校じゃないよ」


「私は学校だと思ってた、ずっと。みんなで一緒に生活して、みんなで一緒にお勉強して、みんなで一緒に遊ぶの。それが私たちの学校だった」


「……雨音、だけじゃないんだ」


「うん。私みたいなのは、いっぱいいるよ?」


「………………」



 予想はしていた。けれど、愕然とする。

 クローン人間が雨音だけではなく、学校と呼べる程たくさん存在する。その事実に、俺はどうしようもない恐怖と嫌悪感を感じた。


 雨音はまた遠くの空を見て、話し始める。



「友達もいてね、結構楽しかったの。でも、同い年の子たちはみんないなくなった。私だけが、取り残された。私が昔、とても悪いことをしたから」


「……悪いことって?」


「一度だけ、学校の外に出たの。本当は外には出られないはずなのに、その日は何故か扉が開いていて――――私はそこで、楽園のような景色を見たの」


「………………それだけ?」


「うん。それだけのことを、私は今でも後悔してる」



 雨音はぽつりぽつりと、言葉を落とす。



「……私は、悪いことをしたから罰を受けた。私だけが何にもなれなくて、ひとりぼっちになってしまった」


「友達に会えないのはね、さみしくて、かなしいの」



 そう言って、雨音は俺に笑顔を見せた。



「だから、私の行き先が…………手術が決まった時は、本当にうれしかった。これで私の罪は許されたって」


「……心臓は時音へ。他は全て、必要な人のもとへ。それでも残ったものは、楽園へ」


「…………残った心はきっと楽園に集まるの。私はそこで、みんなに会える」


「もう、さみしくなくなるの」


「……………」


「……七色?」




「好きだよ、雨音」




 俺は、雨音のことを強く抱きしめた。

 雨音は死を望んでいる。苦しい。嫌だ。お前がいなくなってしまったら、俺はさみしい。きっとずっと、お前のために何も出来なかったことを後悔し続ける。



「…………お願いだから、俺のこと、好きって言って」


「時音さんや、今言ったみんなよりも、俺のことが好きだって」


「俺を、選んでよ。生きたいって、そう望んでくれよ」



 雨音が生きたいと望むなら。そう願うなら。

 俺はどんなことをしてでも雨音を助けたい。

 雨音の温かい体温が伝わってくる。雨音はまだ、生きている。

 失いたくない。どうしたら救える、どうすれば――



「…………好きよ、七色。でも、もう何も変えられない。最初から決まっていたから」


「手術にはたくさんの人が関わってる。私にも、七色にも、止めることはできないの」


「……時音が私の心臓を拒むなら。私は別の人に心臓をあげるだけ。時音ほどではないけど、適合する人は他にもたくさんいる」


「私が死ぬのは変わらない。だから、せめて。私は時音に生きて欲しいの」



 雨音が淡々と述べる事実を、俺は受け入れたくなかった。受け入れる訳にはいかなかった。



「まだ、やれることはあるかもしれない。俺、諦めたくない」


「…………」



 雨音はまた俯いて、少し震えた声で言葉を紡ぐ。



「手術は2ヶ月後。私は冬休みのうちに事故にあって、そのままいなくなることになってる」


「私は時音に生きて欲しい、みんなに会いたい」



「…………あなたと生きたい」




「助けて、七色」




「私もう、どうしたらいいかわからない」




 ……それがお前の本心なんだな。

 俺に何ができるかなんて分からない。俺ひとりでは無力で、何かを変える力なんてきっとない。けれど、まだ、希望はあるはずだ。

 少しでいい。何かきっかけを。この暗闇から抜け出すヒントを、掴まなければ。考えろ。行動しろ。俺には、それしかできない。


 まだ間に合う。まだ終わってない。俺が雨音を救うんだ。




♢♢♢♢♢




 秋の日のうららかな午後。町外れには、あまり目立たない小さな診療所がある。雨音に教えて貰ったその場所に、俺はひとりで訪れていた。


 診療所の扉は閉まっている。それを知った上で、その扉を叩く。中にはまだ、あの人がいる。


 程なくして、一人の男が出てきた。若く見えるが、俺の父親と同じくらいの歳。俺はこの人を何度か見たことがある。



「……ごめんなさい、今日は午後からお休みなんです。休日診療を行っている病院を紹介しますので」


「あなたのことを、知っています」


「あなたは医師であり、再生医療の研究者で――」


「雨音の先生、ですよね?」



 八乙女薫(やおとめかおる)、それがこの人物の名前。

 俺が雨音の名前を出しても、動揺する表情すら見せない。

 いつも優しそうな笑顔で、笑っている。

 おぼろげだが記憶にある。この人は、昔からそういう人だった。




♢♢♢♢♢




「君のことは、何度か見かけたことがあります。確か、青葉先生の所の息子さんでしたよね。大きくなりましたね。そうだ、お茶でも入れましょう。少々お待ちを」



 室内に通されて、客人のようにもてなされる。

 俺は、殴り込みに来たくらいの気持ちでここにいるんだけど。

 少し、調子が狂う。



「……安心して下さい。君のお父さんはこの件には何も関わりがありませんよ。あれは、医療に携わる者のほんの一部だけが知っていることです」


「………………」


「あれ?知りたい情報ではありませんでしたか?雨音のことについては、もう知っているのですよね?」


「…………はい……隠したりは、しないんですね」


「君には何を誤魔化しても無駄でしょう。聡明な君なら、きっと真実に辿り着く。今日は、何か目的があってここに来たのでは?」



 全てを見透かされているようで、気味が悪い。

 俺がこれから戦わなければならないのは、きっとこの人だ。

 俺もこの人には、何を誤魔化しても無駄だろう。だから、言葉はシンプルでいい。



「……俺、雨音を救いたいんです。そのために、俺は何が出来るのかを知りたい」


「それは、難しいですね。君は無力で、何かを変える力はない。君に出来ることなど――――」



「――ああ、そうか。だから僕なのか」



「すみませんが、僕と関わってもろくなことがありませんよ。君はこんなことに巻き込まれない方がいい」


「……もう、遅いですよ」



 もう充分、巻き込まれている。雨音に出会って、こんな事態に直面するなんて思ってもいなかった。けれど、後悔はない。

 雨音に出会って、好きになって、俺は幸せだから。

 今はできることをやること……あなたを探ることが、きっと雨音を救うことに繋がると信じている。止まることはしない。少しでもいい、前に進むと決めた。あなたが何を言おうと、もう遅い。



「…………それもそうですね」


「分かりました。君が知りたいことを、全て教えましょう」


「ついて来て下さい」



 八乙女薫はそう言うと、机から車のキーとIDカードのようなものを取り出した。彼の後に続いて、診療所の外へと出る。


 促されるままに車へ乗り込むと、居心地の悪い、無言のドライブがスタートした。何も無い山道の奥へと、車が進んでいく。


 ひょっとしたら、俺はこのまま誰もいない山奥で殺されてしまうのではないかと、少し不安になってきた頃。車は、不自然に道が開けた広い場所へとたどり着いた。すぐ先に、白くて無機質な建物が見える。



「ここから先は雨音のいた学校…………クローンたちが生まれ、生活し、そして死にゆく場所です」


「何も知らないままの方が良かったと後悔するかもしれない。それでも君は足掻くのでしょう?」


「…………覚悟は出来ていますね」


「はい」



 ……怖い。けれど、覚悟は出来ている。

 この先に、雨音の真実がある。雨音を救う手がかりがあると、そう信じている。

 だから目は逸らさない。学校と言われるその場所で何が起こっているのか、しっかりとこの目で見るんだ。



 たとえそれが、どんなに残酷な真実だとしても。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでくださってありがとうございます。
ブクマや感想、評価等お待ちしております!

すだこんぶの作品一覧
小説家になろう 勝手にランキング
cont_access.php?citi_cont_id=646544098&s ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ