雨音、自分探し /その1
ある日の放課後、教室に残って進路調査票とにらめっこしていると、笑夢ちゃんがやってきた。
笑夢ちゃんは未だ何も書かれていない真っ白な進路の紙を見て、にこやかに私に話しかける。
「進路ですか?そんなの、笑夢と結婚して朝日雨音になればいいのです!笑夢はイギリスの国籍も持っていますから、イギリスに行けば女の子同士でも結婚できますよ?」
「そうなの?」
「はい。こんな自由のない国さっさと抜け出して、雨音お姉ちゃんは笑夢と一緒にもっと広い世界を見るべきですっ!……とはいえ、今すぐにというのは無理ですから、目下の進路は決めないといけないですよね。うーん、雨音お姉ちゃんには無限の可能性がありますから、悩むのも当然です。参考になるかは分かりませんが、一応笑夢は、高校卒業後は海外の大学に行って経営を学ぶつもりです」
「そうなんだ、すごいね。笑夢ちゃんはてっきり、こっちでアイドル活動とかモデルのお仕事を続けるのかと思ってた」
「アイドルはやめました。モデルの仕事も、今はお休みしてます」
笑夢ちゃんはそう言って、少し寂しそうに微笑む。
「ああっ、雨音お姉ちゃん!心配はしないでください!笑夢は大丈夫です、これは自分でよく考えて決めたことですから。……笑夢は、ようやく気がついたのです。笑夢が愛しているのは、お金と美しい人だけだと」
そして笑夢ちゃんは開き直ったような明るい様子で、話を続けた。
「ですから、ファンの笑顔のためになんて頑張れるわけなかったんです!だって笑夢のファンって、ロリコンのキモいおっさんばっかりだし!お仕事頑張っても、笑夢の取り分は少ないし!褒めてくれるのだって、業界の偉そうな肥えたおっさんばかり!それなのにどうして今まで続けてたのか、自分でもわからないです。……きっと笑夢は、小さい頃から嫌なお仕事でも笑顔でがんばることに慣れすぎて、自分の心も見失っていたのです。なのでこれからは、好きなもののために生きていこうと思います」
「笑夢ちゃん……」
少し心配したけれど、笑夢ちゃんは大丈夫そう。きらきらとした笑顔で、これからのことについて語ってくれた。
「笑夢、これでも人を見る目はあると思うんですよね。なので、将来的には自分で芸能事務所を立ち上げて、私の選んだダイヤの原石たちを業界で活躍させて、ついでにお金持ちになりたいです!それにお洋服も好きだから、ファッションブランドを立ち上げるのにも興味があるし……色々とやりたいことが多くて、迷っちゃいます」
「やりたいこと、全部やってみればいいんだよ。笑夢ちゃんなら、きっとできるよ」
「ありがとうございます!……そうだ!雨音お姉ちゃんも、やりたいことをやってみればいいんですよ!体験することでしか気づけないこともありますし!もし何でも自由にできるとして、雨音お姉ちゃんは何をやってみたいですか?」
「……うーん、すぐには思いつかないなぁ」
ぼんやりと考えてみたけれど、いまいち何も浮かんでこない。たぶん私のやりたいことは、こうしてみんなと普通に生活することだから、既に叶ってしまっている。これ以上何をすればいいのか……何を望めばいいのか……いまいち、想像がつかない。
「笑夢ちゃん、私ね。今の生活にすごく満足していて、もうこれ以上望むことが何もないの。だからやりたいことも、将来のことも、何も思いつかないのかもしれない。誰かの役に立てたらいいなとは、思うんだけど……」
「それですよ!ちゃんとあるじゃないですか、雨音お姉ちゃんのやりたいこと!『誰かの役に立つ』ですよ!」
笑夢ちゃんにそう言われて、少しはっとした。そっか。私にもやりたいこと、ちゃんとあったんだ。けれど、そこから先がまた何も思い浮かばない。昔の私なら……医療用クローンとして、誰かの役に立つことができたけれど。今の私には、役に立つための存在意義が……何も無い。
「……役に立つって、どうしたらいいんだろう。ふわっとしすぎて……何をしたらいいかわからないや」
「笑夢に考えがあります、任せてください!一緒に片っ端からやってみましょうよ!笑夢はもう暇ですから、雨音お姉ちゃんにどこまでもお供しますよ!」
笑夢ちゃんは私の手を強く握って、眩しいくらいの笑顔で微笑んだ。笑夢ちゃんの明るさに勇気づけられて、もやもやとした不安な気持ちはいつの間にか薄れてきたみたい。心の中に、元気と頑張ろうという気持ちが湧いてきた。
「笑夢ちゃん……ありがとう」
「お礼を言うのは笑夢の方です。何故ならこれから笑夢は雨音お姉ちゃんを独り占め……♡もとい!雨音お姉ちゃんと素晴らしき青春の日々を謳歌できるのですから!ひとまず、雨音お姉ちゃんはこのQRコードからここに登録してみてください。そうそう、そんな感じです。では、明日の放課後から頑張っちゃいましょう!いざ、雨音お姉ちゃんのやりたいこと探し!」
「おー!」
♢♢♢♢♢
次の日。学校が終わった私と笑夢ちゃんは、近所のショッピングモールに足を運んだ。
「笑夢ちゃん。放課後になったけれど、ここで私たちはどうすればいいの?」
「今日はですね、この仕事をします!……着ぐるみの中の人!」
「着ぐるみの中の人……?」
笑夢ちゃんはショッピングモールの壁に貼られた、『わくわくどうぶつたいそう』のポスターを指差した。ポスターにはかわいいうさぎとくまさんの着ぐるみの写真が載っていて、みんなで楽しくおどろう!という文字と、子供向けの小さなイベントについての内容が書いてある。
「昨日登録したのは、1日だけの超短期バイトを紹介してくれるお仕事サイトなのです!色々と体験できてお小遣いも貰えて、まさに今の我々にもってこいなのですよ!つい最近まで、このサイトのイメージガールを笑夢がやっていました!」
「笑夢ちゃん、着ぐるみって、中に人がいるの……?」
「? そりゃあもう。中にこんなにかわいい女の子が入っているのは稀ですけどね。身体能力の高い雨音お姉ちゃんなら、着ぐるみを着て踊る体力はあるはずです!さあ、お仕事がんばりますよ!」
「……が、がんばります!」