ハロウィーンより愛を込めて /その2
「あまねっち、どうぞ召し上がれ〜!今日はわたしのおごりだよ〜」
「ありがとう、マキちゃん。いただきます」
放課後、マキちゃんと私は旧校舎の秘密の部屋で秘密の女子会をすることになった。マキちゃんが学校近くのケーキ屋さんでケーキを沢山買ってきてくれたので、部屋の中は豪華なスイーツバイキングみたいになっている。
この新作がおいしいとか、王道のいちごショートケーキが最高とか、そういう話を楽しくした後に、マキちゃんは私に恋愛話を持ちかけた。
「でさ、あまねっちは最近七色とはうまくいってるの?」
「何がうまく、なのかは分からないけど……うん。なかよくはできてると思う。たまに、喧嘩しちゃったりもするけど……」
私がそう答えると、マキちゃんは少し驚いた顔をした。
「喧嘩? めずらしいね。わたし、あまねっちが誰かと喧嘩してるイメージあんまりないや」
「そういえば、そうかもしれない。私、七色としか喧嘩したことない……」
「それだけ七色のこと、無意識に信頼してるのかもね〜。わたしはあまねっちが七色の前以外で感情爆発させてるとこ、見たことないもん。……きっと、あまねっちが普段人に見せないそういう部分を、七色は受け止めてくれてるんだね」
「……うん、そうだと思う。私、七色に甘えてばかり。このままじゃいけないと分かっているけれど、どうしたらいいのかわからなくて。……マキちゃんは、どうすればいいと思う?」
すがるような思いでマキちゃんに聞いてみると、マキちゃんは腕を組んで一生懸命に考えながら答えてくれた。
「う〜ん、そうだねぇ。そのままでいい部分もあるし、そのままじゃだめな部分もあるって感じかなぁ」
「だめな部分……マキちゃん、教えて欲しいの!私、何がだめでどうしたら……」
「どうしたら?」
「…………七色にもっと、好きって思ってもらえるような女の子になれるのかな」
「かわいいじゃない〜、そういう素直な部分はそのままでいて欲しい〜」
マキちゃんはニコニコしながら私の頭を撫でて、それからまたケーキを1口食べた。
「……心配しなくても、あいつはあまねっちのこと、好きで好きでたまらないと思うよ。だからあまねっちも、その気持ちに誠実に応えればいいだけだよ」
「誠実に……ねえマキちゃん、誠実ってどうしたら」
「もう、あまねっちったら、わたしになんでもかんでも聞きすぎ〜。わたしだって、必ずしも正解を知ってる訳じゃないんだよ〜?」
「ご、ごめんなさい。でも、こういう話ができるの、マキちゃんしかいなくて……つい、頼りたくなってしまって……」
「もう、あまねっちの人たらしめ〜。そういうとこだぞ〜」
マキちゃんは私のおでこに人差し指をつんと当てて、呆れたように笑う。
「……とりあえず、そうだなぁ。最低限、浮気はしないってことは大事かな」
「それは大丈夫だよ。私が好きなのは、七色だけ」
「その心を、行動で示す必要があるの〜。誰にでもやさしいのはあまねっちのいいところだけど、線引きは大事!たとえば、彼氏じゃない誰かにちゅーされそうになっても、許しちゃだめだよ。あまねっちだって、七色がもし他の女の子とちゅーしてたら嫌でしょ?」
そう言われて、一瞬想像してしまった。七色が別の女の人とキスをしている光景を……。考えただけで胸がぎゅっと苦しくなって、心がざらざらとささくれ立つ感覚がした。
「嫌!」
「うんうん。自分がされて嫌なことは相手にしない、これでだいたいOK〜」
マキちゃんはにこやかにそう言うと、一瞬顔を曇らせた。
「それから嫌なことは今みたいに、ちゃんと嫌って主張すること。……これは、わたしの方が苦手なんだけどね〜」
「マキちゃんも何か、悩んでいることがあるの?」
「あるある、いっぱいあるよ〜!今日だってあまねっちを誘ったのは、彼氏とのデートを断りづらくって無理やり予定を入れたかっただけ、だし……」
そう言って俯いたマキちゃんは、またケーキを1口食べるといつものような笑顔を作って話を続ける。
「ごめんね、これはあまねっちに聞かせる話じゃないね。今日はとことんあまねっちの恋愛相談にのるつもり!さあさあ、次の議題は〜?」
「……マキちゃん、話なら聞くよ?きっとマキちゃんは、私に話を聞いて欲しかったんだよ。予定を入れるだけなら、りょーちゃんたちと街のハロウィンに行ったり、学校のハロウィンパーティーに参加したりもできたもの。……だけどマキちゃんは、私を選んでくれたんだね」
マキちゃんは目をぱちくりさせて、困惑しているみたいだった。それでも私はマキちゃんの力になりたくて、言葉を続けた。
「私はマキちゃんみたいに、うまく相談にはのれないと思うけれど。きっと聞くことくらいは、できるから」
「はぁ…………なんかあまねっちがモテる理由、分かっちゃった気がするなぁ」
そう言ったきり、マキちゃんはしばらく黙り込んでしまった。それからお互いに1つ目のケーキを食べ終えると、マキちゃんはいつもより静かな声でゆっくりと話し始めた。
「……あまねっちのとこは、あいつヘタレだし、あまねっちのことすごく大事にしてしるし、大丈夫だと思うけどさ。私今、年上の彼氏と付き合ってて。……こういうイベント事の日とか、そうじゃなくても、事ある毎にそういうことを期待されてさ。わたしも彼氏のことは好きだけど、体の関係とか……そういうのばっかり求められてる気がして。でも、断って嫌われるのは、怖くて」
マキちゃんは微かに震える手をもう片方の手で抑えながら、絞り出すように声を出している。
「……わたし、誰かに愛されてないと不安なんだ。恋愛依存症ってやつ?誰かに好かれてない自分なんて、価値がないって思っちゃうの」
「だから、お菓子をばらまくみたいに、愛を振りまいて、振りまいて。誰よりも愛されて大事にされたいから、わたしは相手の望みを全部受け入れるのに、なんでかなぁ、結局全然うまくいかないの。で、いつも捨てられてまた新しい恋を探しての繰り返し」
「わたし、あまねっちが羨ましいよ。憎いくらい、羨ましい」
「……あーあ、どこかにわたしのことを大好きな人がいればいいのにね」
……マキちゃんが寂しくて泣いている小さな子供のように見えて、私はマキちゃんのことをぎゅっと抱き締めた。
「私はマキちゃんのこと、大好きだよ」
「…………ありがと。お世辞だとしても、うれしいよ」
そう小さく呟くと、マキちゃんは私の背中に腕を回してそっと抱き締め返してくれた。
そのまま何十秒かそうしていると、ふいにマキちゃんは顔を上げて、困ったような、照れくさそうな表情で笑った。
「それにわたしね、あまねっちと同じで進路まだ決まってないんだぁ」
「そうなの? マキちゃんは大学に行くって聞いていたけど」
「それは、親が勝手に決めた進路だから、わたしの意思なんてどこにもないの。だから何も決まってないのと一緒だよ〜」
「そっかぁ。私たち、どうしようねぇ」
「ほんと、どうしよう〜。わたしたち、問題児だよ〜」
そう言って2人でくすくすと笑い合う。
何も解決していない問題と、食べきれないほどのケーキ、全てが山積みで先は見えないけれど。
こうして過ごす何気ない時間が、今の私たちには必要で大切なのだと思った。
そう素直に口にすると、マキちゃんは
「それを女子会と呼ぶんだよ〜」
なんて言って、また小さく笑った。