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花は君のために  作者: 須田昆武
Season2~ラブコメ編
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収穫祭 /その4



「薫と私はね、同じ孤児院で育ったの」



 八乙女薫と高木紫音と出会い、しばらくの月日が流れた。

 ある日の放課後、いつもと同じように演劇部の部室で稽古をしていると、会話の話題はいつの間にか八乙女と紫音の生い立ちについての話になっていた。



「赤ちゃんの時に同じ日に孤児院に預けられて一緒に育ったから、血は繋がってないけど兄妹みたいなものよ」


「僕も紫音も、親の顔は知らなくて。僕は別に、それで良かったんですけど……」


 八乙女は困ったような表情を浮かべて笑った。紫音は八乙女に代わって話を続ける。



「数年前に、薫の親族だって言う人たちが現れてね。詳しいことはよく分からないけど、薫に親の遺産の相続が行くから引き取るって。それで薫は、連れていかれちゃった」



 紫音は八乙女を見て、少し悲しそうな表現を浮かべた。今度は八乙女が話を続ける。



「……そこでの生活は、酷いものでしたよ。孤児院にいた方がよっぽど幸せだった。けれど幸いにも、あの人たちの目当てはお金だって分かりきっていましたから。進学が決まってすぐ、僕は遺産を置いて逃げました。こうして晴れて、僕は自由の身になったのです」


「…………」


 俺は八乙女の話を聞いて、言葉を失った。彼が境遇に恵まれていないことは何となく分かってはいたが、それは俺の予想を遥かに上回るものだった。



「もともと、()()()()()()()のが僕の当たり前ですから。今の方が身軽で生きやすい。僕にはたった一人の本物の家族、紫音がいますからね。それだけで、充分です」



 八乙女はそんな己の不幸を、なんでもない事のように笑い飛ばした。



「紫音も紫音で、僕がいない間大変だったでしょう?」


「私は……薫がいなくなって悲しかったし、そのひどい親族さん達のせいで連絡も取れなくてずっと寂しかった。私は本当に、ひとりぼっちになってしまったんだなって。でも、薫はたくましいから何があっても大丈夫、いつかまた会えるって、私信じてたから。遠くにいる薫を心配させないように、私なりに一生懸命頑張ろうと思ったの」


「それで紫音は、自分の夢を叶えたんですから。紫音の方がよっぽど、たくましいですよ」


「夢……?」



 俺は思わず聞き返した。すると二人は顔を見合わせて微笑み、紫音は大きな声で答える。



「私の夢はね、舞台でお芝居をすること!」



 紫音は手に持っていた台本を高く掲げ、満面の笑みを見せた。



「まだ、夢の途中だけどね。私は高校に進学しないで、孤児院を出てすぐ劇団に入ったの。早く一人前になりたくて。……でも、全然だめ!まだ大きな役も貰えていない、見習いみたいなものだから。一人暮らしも大変だし、とてもお芝居だけでは食べていけないの。だから、毎日他の仕事も掛け持ちして大忙し!」



 身振り手振りを交えコロコロと表情を変えながら、紫音は楽しそうに話す。



「私はね…………いつか、舞台の真ん中で主役を演じて、沢山の人の心に残る演技がしたい」



 その瞳はきらきらと輝いていて、演劇に対する純粋で真っ直ぐな想いが宿っているように思えた。

 


「お芝居って、凄いのよ!舞台の上なら、私は何にでもなれる。どの時代でも、どの場所にでも行けるの。一度きりの人生を、私の人生だけで終わらせるのは勿体ないじゃない。私は沢山の物語を舞台の上で仲間たちと創り上げて、沢山の登場人物たちの人生を生きてみたい。それってきっと、楽しいことよ!」


「紫音は昔から、演劇が大好きでしたもんね」



 八乙女はそんな紫音の様子を見て、少し呆れたように笑う。

 


「だって孤児院にいた時の娯楽って、年に一度劇団がボランティアで来てくれる演劇の公演くらいだったじゃない。私は舞台を初めて見た時から、演劇の虜なの。もう演劇のない人生なんて、考えられない!」


「夢中になるのはいいですけど、最近は休みもなく仕事と演劇ばかりじゃないですか。無理はしないでくださいよ、体を壊したら元も子もないです」


「でも、もっと頑張らないと。これじゃ私は、いつまでたっても一人前になれない。それに私、元気なのが唯一の取り柄だから。これくらいの忙しさ、何ともないわ」


「そんなこと言って。嶺も紫音にお説教してくださいよ、ねえ嶺……あれ、どうしたんですか?」



 俺の顔を覗き込むようにして二人がこちらを見る。俺は二人の視線が気になって、慌てて顔を逸らした。



「…………いや、お前たちは苦労しながらも立派に、前向きに生きているんだなと感心しただけだ。俺はお前たちよりも年上なのに、まだまだ未熟で情けない」


「あれ?嶺って年上なんですか?」


「ネクタイの色が違うだろ。俺はお前の一つ上の学年だ」


「…………じゃあ一応、敬った方がいいですか?……嶺先輩?」


「今更いい、気色が悪い。お前が不躾な奴だということはもう理解している」


「嶺は心が広いですねー。僕のことも、()()じゃなくて薫でいいですよ」


「私も!紫音って呼んでね」


「………………」



 二人は無邪気に笑った。俺は何とも言えない気持ちになり、ため息をついた。

―――この二人と話していると、調子が狂う……。



「八乙女、高木…………これで勘弁してくれ」


「照れなくてもいいのにね」


「嶺は恥ずかしがり屋なんですよ」



♢♢♢♢♢



「――この写真は、私が高校卒業の時に撮ったものだな。この日は紫音もどこからか制服を手に入れて、在校生に紛れて堂々と校内を出歩いていた」


 

 花園嶺は懐から写真を取り出し思い出話を語ると、懐かしそうに目を細めた。



「ねえ、お父様はいつお母様のことを好きになったの?」



 雨音は興味津々といった様子で、身を乗り出して花園嶺に質問する。……流れに乗って俺も、気になることを聞いてみた。



「八乙女さんとはその……やっぱり紫音さんを巡ってライバル関係みたいな感じだったんですか?」



「…………紫音と恋仲になったのは、八乙女が研究のため日本を離れ海外に旅立ってからだ。私も、八乙女は紫音に特別な感情を抱いていると知ってはいたのだが……あいつは私と紫音を心から祝福する、とそう言ってくれたよ」



♢♢♢♢♢



 遠い日の記憶、八乙女が旅立つ日の空港での会話がぼんやりと蘇る。



『紫音のこと、よろしくお願いします』


『……お前は、いいのか?何故、紫音を置いていく。お前は紫音のことを、誰よりも――』


『はい、愛しています。だからこそ、僕にはやらなければならないことがある』


『……僕はね、嶺。君のことも紫音のことも、同じくらい大好きなんですよ。なので、もし君たちがうまくいくのなら、僕は心から二人を祝福します。もちろん、紫音を泣かせたら許しませんけどね』


『……紫音のことは、俺が必ず幸せにする!』


『…………嶺がいい人で、本当に良かった。これで僕は、何の心残りもなく前に進むことができる。……再生医療は、あと一歩のところまで来ているんです。紫音のことは、必ず救ってみせる。だからどうか、お元気で』


『ああ。紫音にも、伝えておく』



♢♢♢♢♢



「――その頃には、紫音に心臓の病気があり、徐々に状態が悪くなっていることが分かっていた。紫音は舞台を去らなければいけなくなり、一時期はとても落ち込んでいたが…………最期まで前向きで、明るい人だった」



 花園嶺は庭に広がった畑を見て、柔らかく笑った。

 


「この家に来てからは、あまり手入れされていなかったこの庭を、家庭菜園にすると言い出してな。任せてみたら、壮大な畑が出来上がった。この芋も、紫音が好きだった品種だ。ちょうど焼けたようだな。温かいうちに食べるといい」



 俺と雨音に焼きたてのじゃがいもが手渡され、雨音はそのまま熱々の芋にかじりついた。



「うん、おいしい。私もこのお芋、好きだな」


「あ、俺は何か調味料貰ってもいいですか?」



 花園嶺はテーブルに乗せられていた調味料を何種類か手に取ると、少し悩みそのうちの二つを俺に向けて差し出した。



「おすすめは、バターと塩の両方だ」


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